130_小旅行の終着と堂々たる都
それからの道中は、至って順調なものであった。
危ないところを助けてくれたその礼にと、食事を振る舞ってくれた商人集団であったが……結果としてその後はリカルド一行と足並みを揃えることとなった。
街から街へ、集落から集落へと移動をする際。大抵の場合において、規模は大きいに越したことはない。人数が増えれば単純に人手も……『戦力』も増えるからだ。五人の群れと十人の群れ、普通に考えれば後者の方が手強く映るだろう。
とはいえ……単純に『戦力』を多く揃えようとするならば、それ相応の出費も覚悟しなければならない。報酬として支払わねばならない賃金はもとより、水も食料も荷物も、それぞれの分増やさなければならない。
嵩んでいった荷物を運ぶために馬車も馬も増え、規模を増した隊列を守るために護衛が増え、それでも黒字を増やそうとすれば積み荷が増え……大抵はこの悪循環に陥るであろう。
安全のためとはいえ護衛をぽんぽん雇っていけば、極端に言うと利益が薄くなる。
安全は欲しい。しかし護衛に掛ける金は増やしたくない。ならばどうすればいいか。……簡単だ。群れればいい。
商隊ひとつよりも、ふたつ。何も雇う必要はないのだ。目的地が同じであれば、単純に他商隊についていくだけでも安全度は跳ね上がる。
また後をつけられる側にとっても、同様に襲われる可能性は少なくなるのだ。悪い話ではない。
先を急ぐ等の理由が無ければ、他の隊列にくっついていった方が得策。ましてや日夜平和維持に励む兵隊さんであれば、その安心感も桁違いだろう。
なんでも……同業者かと思って近付いたが、その正体は悪知恵を働かせた賊の類いだった……などというケースもあるんだとか。
リカルド達にとっても、悪い話ではなかった。
いや率直に言おう、助かっていた。
なにせ、馬車一台のみの極小編成。その馬車さえもやんごとなき積み荷(可愛らしい少女達)や本来の積み荷(別拠点への輸送物資)で一杯なのだ。それらの他に積み込める物資は限られており、贅沢品や嗜好品や食材等の持ち込みは諦めざるを得なかった。
護衛の三人に至っては……固パンと薫製肉が一欠片といったメニューが徹頭徹尾続くことさえ覚悟していたのだ。
そこへ来ての、商人達。
食料品を取り扱う彼らは安全を買う代わりにと、数度に及んで食料や資材の供出を申し出てくれた。
ならばこそと白黒の少女二人は尚のこと張り切った。道すがら度々近場の魔物を狩りに行っては喜色満面顔で持って帰り、『おいしいごはんのお礼に』と商人一行へ献上し続けた。
結果として。
ろくに資材を持ち込めず苦行が続くと覚悟していた兵士達は(行軍中にしては)上質な食事と快適な寝床を得。
商人一行は積み荷の食料の一部と引き換えに道中の安全、更には魔物の素材をも手に入れることが出来る。
双方に利のある、非常に有意義な取引が成立したのだった。
補給面での憂いも無くなり、警戒担当もより一層仕事に励むようになってから……合わせて六つの休憩小屋と四つの集落を経た、とある日。
「りかるの、りかるの」
「ん? どうした、ノート。敵か?」
「や……やー、ちがう」
じゃあなんだ、と密かに眉を潜める一方で……ああそうかと合点がいく。進行方向、緩やかに上っていく坂道の先。この丘を越えれば、もう見える筈だ。
道中、魔物や襲撃者を警戒していたときと同様、蛇革に包まれた剣を肌身離さず抱き抱えていたノート。その類稀なる感知能力は、あの丘を越えるまでもなく見えたのだろう。
それもそうか。なにせあの都は色々と規格外だ。初めて見る密度に戸惑ったとしても無理は無い。
「お姫は初めてですっけ? 『リーベルタ』は」
「ん、んい……? りー、てる……ぱ?」
「『リーベルタ』。白王アルフィオが治める……この国の首都だ」
「『再起』とか『再誕』とか『再生』とか、そういう縁起が良い名前らしいぜ」
「? ??? ……んい、わかった」
(((絶対わかってない顔だ……)))
(ニドちゃんおっぱいでっけ……)
歩を進め、やがて丘の天辺へ辿り着き………そしてその向こう側が、一行の視界に入る。
ドゥーレ・ステレア湖から流れ出た大河と、北方の大山脈から涌き出た大河。二筋の巨大な流れの合流地点に、その都は存在していた。
鋭角に合わさる流れの繋ぎ目、そこはさながら湖とも呼べる程の幅を擁し……中央にはひときわ目立つ大きな島、そしてその周囲には大小様々な小島が飛び石のように配され、幾条もの橋で繋がれている。
合流地点よりやや上流では、二本の河を縫い合わせるように大小様々な水路が張り巡らされ……そこかしこで巨大な水車がのんびりと回り、小舟が縦横に行き交っている。
そしてそれらの水際、交ざり合う二つの大河の両外側。そこには川幅よりも何倍も広く、石色の凹凸………建物の群れが拡がっていた。
巨大な二条の流水による天然の守りと、その水運によって北の山々より運び込まれた石材による堅牢な街並み。
そこへと続く道を守る幾つかの関所は各々が砦と見まごう程の重厚な佇まいを見せ、攻め込もうとする気力を粉微塵に擂り潰す。
河と石の都。
リーベルタ王国の堂々たる『王都』。
この大陸で一、二を争う大都市。
難攻不落、不屈の都が……そこにあった。
総勢十三人となった一団は誰一人として欠けること無く……非常にあっさりと、目的地に到着したのだった。
………………………
………………………………………
「…………なん、ですって?」
眩いばかりの白に覆われた、荘厳な空間。
頭上より投げ付けられた言葉に、思わずといった様相でヴァルターは返す。
目線こそ合わなかったものの……彼の傍らで同様に傅く少女も、今の自分と同じ表情を浮かべているのが解った。
―――理解が出来ない。
言語は問題ない。声が聞き取れないわけでもない。見知らぬ単語が羅列されているわけでもない。
だが…………理解が、出来ない。
「……三度は言わぬぞ。…………ヴァルター・アーラース。……其方は……自らが破壊した山岳街道の補繕に赴け。……監督役を同行させるが……補繕奉仕は其方一人の役割である」
山岳街道の破壊痕を――岩肌を抉り消し飛ばした巨大なクレーターを――補修し、修繕し、街道として再整備せよ。
――他者の力を借りず……一人で。
「………ネリー・ロア・ブラウエル。……其方は出現した『神話級』脅威に関して……手懸かりとなる文献を漁れ。……当然……監視の下で、な」
出現した脅威……フレースヴェルグに関する情報収集。書庫の文献を掘り起こし、手懸かりを探し出せ。
――王城区から……この島から、出ること無く。
「……本来であれば。……其方達は………我が国に弓引いた……『罪人』である。……しかしながら今までの功績………ならびに我が愛娘の心労を鑑み……………挽回の機会を……与えるものである。………以後、身の程を弁えぬ言動を取れば…………言うまでも無いであろう」
これは『罰則』である。
本来であれば資格剥奪の上で鉄格子の中。著しく国に害を与えた反逆者ともなれば、極刑さえも有り得るのだ。
この程度の償いで済むだけ、有り難いと思え。
………掻い摘んで説明すれば、そういうことらしかった。
――方や。
四六時中監視された上で、一人っきりで終わりの見えない土木作業。
――方や。
なかば軟禁された上で、存在するのかさえも疑わしい文献漁り。
「此の度は……我がリーベルタの危機と言えよう。………両名とも……相応しい成果を上げる迄は………償いは終わらぬ。心しておけ」
――終わるまでは、終わらせない。
理不尽極まりない王命に……しかしながら『勇者の剣』を取り上げられ、周囲を槍斧と鎧で固めた兵士達に幾重にも囲まれたとあっては。
自らの必死の弁解さえも聞き入れられず、それどころか『反省の色無し』と立場を悪くする一方とあっては。
「…………謹んで…………拝命、致します」
王命に異を唱えるなど、出来よう筈も無かった。




