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129_少女と少女の後片付け



 「ぜんぶ、やっつてた。よゆう」

 「まァ……ざっとこんなもんだの」



 あの後。

 ニドとノートが馬車を蹴り砕かんばかりの勢いで飛び出した後。

 幸いにして馬車の被害は軽微、御者台の座面の一部が割れた程度で済んだ。また二頭の馬もメアの沈静魔法によっていち早く平静を取り戻し、追跡の開始まではさほど時間を要さなかった。


 しかしながら、馬車を曳く馬ではどれ程急かしても全力疾走の馬には及ばず………全力疾走するノートとニドは更にふたまわり以上は素早い。

 リカルドとメアを乗せた馬車と護衛の一騎が到着したときには……全てが終わった後だった。




 「感謝する。……何とお礼を言えば良いか」

 「いえ! 大事無くて何よりっす!」


 被害に逢った六名のうち、果たして無傷の者は一人も居なかった。六名が六名とも大なり小なり怪我を負っており、腕の肉を籠手ごと抉られた者さえも居た。

 しかしながら彼らは先行して到着した兵士――ノートとニドの監視のため走らされた二名――彼らの携えていた医療器具と霊薬ポーションにより、完治……とまでは行かずとも後遺症の残らぬ程度には、受けた傷を癒すことが出来た。




 「りかるの! りかるの!」

 「(ようや)っと到着か。待たせるの」

 「悪かったな。…………ありがとう」

 「んい!」「呵々(かか)


 先行していた彼らから遅れること暫し。

 怪我人の応急手当が一通り済んだところで、ようやくリカルドは合流を果たした。

 可愛らしい最高戦力ふたりの無事を確認し、救助対象の安全を確認し、部下がきちんと救護義務を果たしているのを確認し………満足げに一つ頷く。

 馬車を止め飛び降り、座り込み治療を受ける六名の元へと歩を進める。二人の少女はその背後にひょこひょこと続く。



 「失礼。……この度はお見舞い申し上げる。湖南砦所属の輸送中隊長、リカルドと申します」

 「子連れの兄さん………兵隊さんだったのか。……助かったよ。ありがとう」

 「いえ……礼なら、どうかこの子達に」


 青年兵ではない、れっきとした大人。ちゃんと責任者然とした男の登場に、安堵の表情を見せる男。リカルドに指し示されるがままに二人の少女に視線を合わせ……膝を折り、目線の高さを合わせる。


 「ありがとう。……お嬢ちゃんらが来てくれて、助かった。強いんだな」

 「あ、あいが……………んひひ! どうい、たましゅて!」


 満面の笑みで応えるノートと、その背後で満更でもなさそうな笑みを浮かべるニド。強くも愛らしい二人の少女に……その場の一同は皆一様に、和やかな表情を浮かべたのだった。




………………………




 「ノートお前………『八十』って言ったよな?」

 「んい……んい………? やうす、『はち』、あーで、『じゅう』。ねす……『はちじゅう』。んい」

 「……………あぁ……」


 周囲に散らばる魔狼狗(ハウンド)の遺骸――鋭利な斬撃で急所を断たれたものと、的確に頭部を叩き潰されたもの――それら合計『十八』の痕跡を確認した一同は………逞しくも牙や爪の採集を始めた。

 襲われたとはいえ、結果としては十八体もの魔物を狩ったのだ。牙も爪も毛皮も、売却すればそのまま収入となる。先を急ぐのでなければ拾わない手はない。



 男達は食料の買い付けにアイナリーを訪れた商人一行だったらしく、売却のアテがあるのか中々に積極的だった。

 『対価は支払うので魔狼狗(ハウンド)の遺骸を譲ってほしい』と持ち掛けてきた彼らに対し、『別に報酬が欲しかった訳でもないので、持っていって構わない』と返したノート(の意を翻訳して伝えたリカルド)。商人はいたく感動した模様で、ならばせめてもと昼食を用意してくれることとなった。


 商人一行、彼らは全員(少なからず傷痕は残ってしまうだろうが)何事もなく回復したのだが、彼らの馬車を曳く馬はそうはいかなかった。

 命に別状は無いものの、真っ先に狙われた一頭が深手を負っており……まだ少し足を引きずるように、動きにぎこちなさが残る。

 彼の回復を待つ意味もあり、また時間帯も丁度良いだろうとのことで……先日仕入れたばかりの食材を一部解放し、屋外にしては豪華な食事を仕立ててくれることとなったのだ。




 商人一行がてきぱきと器具を広げ、調理を進める傍ら。『きになる』と訴えていたノートとニド、そして護衛の兵士二名が森から戻って来た。


 「隊長。……お姫が何か嗅ぎ取ったみたいす」

 「……何?」


 今しがた四名が踏み込んでいた区域は、地図上で見ると一目瞭然……森があからさまに『出っ張っている』部分となる。

 このあたりは草原を侵食するかのように森が広がっており、それに伴って街道もまた森を迂回するように……大きくぐるりと湾曲している。

 単純に考えれば、この飛び出ている森を突っ切ることで――迂回している街道を直進することで――時間を大幅に短縮することが可能だろう。事実『Bダッシュ』を行うつもりの者は、皆先を急ぐが為に突破を敢行する者も多く、そのため森の中にはそんな彼らが作ったと思しき獣道も存在している。


 そんな、『獣道』。立ち塞がる木々や低木こそ除けられているものの、舗装もされていない狭い道で………ある魔力を関知したという。



 先程疾走しているさ中……全方位能動探知を放った際に感じ取った、不審な魔力の残滓。

 たった今、再度確認のために赴き……そして確信した、不審な魔力。


 草原地帯にまで、八十………もとい十八の魔狼狗(ハウンド)が進出していた原因であろう、その魔力。




 「まものよけ(・・・・・)の、くすり。………とても、こい、やつ。つよいやつ」

 「ちっと自分らに使う~みたいなモンじゃなくて、本当タレ流すみたいな勢いで辺りにぶち撒けてたみたいっすよ。まぁオレらにゃサッパリわかんなかったんすけど」

 「まったく………誰なんでしょうねー、んな贅沢かつハタ迷惑な使い方出来る上に馬車かっ飛ばせる高給取りって」



 『魔物除けの薬』――感覚の鋭敏な魔物に対し、彼らが嫌悪感を感じる波長の魔力をあえて漂わせ、それによって襲撃を防ぐための――霊薬(ポーション)の一種である。

 その効能ゆえに対象となる魔物はある程度限られており、基本として魔物の種別ごとに『魔物除け』は存在する。

 通常は数滴、自身の装備に振り掛けたりして用いる霊薬(ポーション)であり、地面や周囲の草木からこんなに濃い残滓が嗅ぎ取れることは、普通では有り得ない。



 魔狼狗(ハウンド)用の魔物除けを周囲への影響を一切考慮せずにぶち撒け、そこまでして馬車をかっ飛ばし進む必要がある………迷惑を省みない自己中心的な高給取り達といえば。



 「……気のせい、では無いだろうな」

 「この辺よく通るヒトじゃーないっすよねー」

 「どこの城勤め騎士サマっすかねー」


 彼らの脳裏に、とある威圧的な騎士の一団が思い浮かぶ。

 つい最近遭遇する機会のあった、白い鎧の自意識過剰で自己中心的な一団。勇者殿の連行が火急の用件だというのは理解できるが、だからといって他者の迷惑を省みぬ言動は、断じて誉められたものでは無い。

 むしろ……本来騎士が執るべきとは真逆の行い。これはさすがに上申すべきだろうと、中隊長は決意を新たにする。……そのためにも。



 「兵隊さんお待たせしました! 用意できましたよ!」

 「んい――!! ごはん!! におい!!」


 ………そのためにも、先ずは腹ごしらえ。

 せっかくの厚意である。ご相伴に(あずか)ろうではないか。



 草原の真っ只中、屋外とは思えぬ……総勢十三名の賑やかな昼食が、幕を開けた。

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