127_少女と少女の本領発揮
翌日。
昨晩自らが主犯となった事件などまるで無かったとばかりに、ノートはばっちりと惰眠を貪っていた。
保護者兼監督役でもある中隊長リカルドが、早くから部下達の様子見に行ってしまったのが痛かった。もはや彼女の惰眠を咎める者も、彼女の眠りを妨げようとする者も、この女子部屋には存在していなかったのだ。
黒蛇の少女は舌なめずりをしながら白い少女のあどけない寝顔を堪能し、宵闇色の髪を持つ少女(?)はそんなニドに軽く引きながらも……しかしながら主の健やかなる眠りを妨げるなど有ってはならないと、その能力を遺憾なく発揮していた。
幸せそうな寝顔を見せるノートは、メアの能力によって尚幸せな夢を見せられ続けたことで………延々と幸せな微睡みに浸かっていたのだった。
若干寝不足気味の男性利用客達が、朝食の時間に彼女らと遭遇せずに済んだのは………ある意味幸いだったのかもしれない。
…………………………
部下達の朝の日課……野営の撤収と食事の完了を見届け、出立の準備を整えながらも少女達の自然な起床を待っていたリカルドがついに痺れを切らしノートを叩き起こしに突入して、暫くの後。
一行は前日に引き続き、森の際の街道を南西方向へと進んでいった。
『アルバの休憩小屋』のひとつ隣、王都側に位置する通称『ビルの休憩小屋』までは、比較的近いと言える位置関係にある。
加えて、そのまた向こう隣となる通称『ガルシアの休憩小屋』までの距離も同様にやや近しく、そのためこの街道を使い慣れた者達・旅慣れた者達は『ビルの休憩小屋』をすっ飛ばし、一日で『ガルシアの休憩小屋』を目指す者も少なくない。
通称『Bダッシュ』とも呼ばれるこの行程をこなすためであろう。王都方面へ向かう者達はずいぶんと早くに出立し、またずいぶんと先に進んでしまったようで、現在リカルド中隊(三名)……もといリカルド小隊と愉快な積み荷達の周囲には、他の旅人の姿は見られなかった。
「お姫ちゃんお姫ちゃん。メシ美味かったか?」
「んい……やうす。うまかった。おにく」
「お姫はお肉好きだなぁ。たんと食えよ、大きくなれよ」
「馬ッ鹿ウィルお前、お姫は小っちゃく可憐なのが良いんじゃねえか!」
「そりゃオメーの趣味だろが!」
「ウルセェお姫は現状最高なんだよ!」
「もう少っと括れた方がエロいじゃねぇか!」
「五月蝿いぞお前ら!! 前を見ろ!!」
馬車の前方を二騎並んで歩を進めながら、隊長に叱責を受け首を竦める二名の兵士。その様子を遠巻きに眺めながら「ニドちゃんのおっぱいの方がエロいだろ……」と小さく独りごちる、後方警戒担当の一騎。
そんな賑やかかつ健全な男子兵士達に護られながら、可愛らしい三人を載せた馬車は順調に進んでいく。
出立した当初こそ大人しく幌の中に座っていたものの……二日目ともなるとさすがに飽きたのだろう、お姫ことノートは今や隊長の隣、御者台の端っこにお行儀良く腰掛けていた。
そんな彼女の従者であるメアは幌の中からご機嫌な主の背中をぼんやりと眺めながら、自らにとって初めてとなる馬車の旅を―――どこかへ売られに連れて行かれるのではない、居心地の良い荷台での感触を―――どこか感慨深く堪能していた。
悪巧みに余念がないニドは荷台の後部に腰掛け、流れ去っていく景色をぼーっと眺める…………フリをしながらちゃっかりと前屈み気味に腰掛けており、それは丁度馬車の後方から追従してくる一騎に対してある部分を強調している姿勢であった。
小柄と言える部類であろうニドの、背丈とは不相応にたわわに実った乳房と谷間。更に不規則な揺れを受けて躍動的に踊る蠱惑的な双つの果実を、健全な男子兵士にちゃっかりとしっかりとばっちりと見せ付けていたのだった。ニドの耳には彼の独白さえも筒抜けだった。
(若いのぉ。青いのぉ)
顔はしっかりと周囲を見回すように動かしながらも、その視線はばっちり常に胸元に注がれていることを認識し………密かに満足げな笑みを浮かべる。
腕で寄せたり、背伸びをしてわざとらしく揺らしてみたり。後方担当の彼の反応を密かに楽しみながら……ニドは気付いていない風を装い、飽きもせず存分に見せ付けていた。
………………………
「………りかるの、たたかい」
平和な行程がそのまま続くかと思われた、あるとき。御者台に腰掛け蛇革に包まれた剣鞘を抱えるノートは、突如ぽつりとつぶやいた。
「何処だ。わかるか?」
「まっすぐ……すこ、し…………んい、……おおく、むこう。まえ」
「状況は? 何が視えた?」
「んい……ばしゃ、と……ろくにん。……いぬ? おおかに? ………いっぱい。はちじゅう」
「……ッ!!?」
リカルドはもとより、前方警戒をしていた筈の兵士二名でさえ到底感知不可能な程の超遠距離……そこで巻き起こっている『たたかい』。……言葉少なく告げられた情報から判断するに、極めて大規模な魔狼狗の群れによる襲撃。
その規模……八十という数こそ信じ難いものの、土地柄魔狼狗による襲撃と被害は別段珍しいことでも無い。
しかしながら……八十という数は、決して楽観視出来るものでは無い。常識的に言って『有り得ない』。しかしながら『魔王の目醒め』以降の魔物の異常行動は、今に始まったことでもない。
職業柄見て見ぬふりなど出来よう筈も無いのだが……こちらの兵力は自分含めたったの四名。群れでの狩りを得意とする魔狼狗相手となっては、どう考えても分が悪い。
いや……はっきり言おう。
兵士とはいえ四人ばかりでは、勝算は極めて薄い。
ふと。
先程から変わらずこちらを見つめている視線に、今更ながら思い至る。
夥しい数で押し寄せる蟲の魔物に臆することなく立ち向かい、街ひとつ救って見せた天使のような少女の………何かを期待するような白銀色の瞳と、視線が合う。
「何ぞ何ぞ。荒事か? 吾も手ェ………は貸せんか。足、貸すぞ?」
「や……やー! わたし! わたし、いく! りかるの!」
騒動を耳聡く聞き付け、荷台から上半身を乗り出したニドがしゃしゃり出る。ことの重大さを把握しているのか判断に苦しむ程、あっけらかんとした楽観的な態度に思うことも無いわけではないが………かといってノートを一人だけ嗾けるよりはマシか。
リカルド自身はニドの戦いを目にしたことは無いが、ノートも止めようとしているのではなく、どこか張り合っているようにも見える。………ならば下手な兵士よりも……我々よりも、戦えるのだろう。
見た目は幼げな少女二人を、八十もの魔狼狗の只中に送り込むなど……正気の沙汰ではないのだろうが。
だが……彼女らが見たままの『か弱い存在』では無いこと。
むしろノートは我らと同じ……『誰かを守りたい』という意思を持った者であること。
そのことは……痛いほどに知っていた。故に。
「……ノート。………ニド。行って、『人助け』を頼む。……無理はするな」
「んひひ。……やうす!」
「呵々! 善かろう!」
お行儀悪く御者台の上に仁王立ちになり、また重量感のある双つ胸を弾ませながら跳ね上がり、それぞれ身構え不適な笑みを浮かべる白黒二人の少女。
「えぃふぁ、ちゃんた。りぃんふぉーす、あーで、まーだー……いる!」
「重ネテ謳エ……疾レ、疾レ。吾ガ身ヨ、奮エ」
「いく、ます」「……行くぞ」
――ぱぎゃん、と。
込められた気合いを物語るかのように踏み込みは鋭く、馬車の御者台と足周りに多大な負荷を掛け、緩衝器を大きく弾ませながら………空気さえ切り裂き二人は飛び出ていった。
「ああ!? ああもう………!! ウィル! ノース! 追え!!」
「ウ、ウッス!!」「り、了解!!」
「ルクス下りろ! 足周りの確認! メアは……済まない、馬を宥めるのを手伝ってくれ!」
「はいさ!」「は……はいっ!」
見れば、踏み込みの度に地面を砕きながら駆けて行ったのだろう……彼女らの足跡を追うように、綺麗に砂埃の道筋が見て取れる。
あんな勢いで、踏み固められた地面を蹴り砕く勢いで踏み込まれて………果たして馬車の車軸は無事なのだろうか。輓具を強かに踏み引かれた馬たちは、果たして無事なのだろうか。万が一首の骨でも痛めていれば、これ以上馬車を牽かせることは出来ない。果たしてこのまま王都まで辿り着くことは出来るのだろうか。修繕費用はどれ程持っていかれるのだろうか。次の給与はちゃんと受け取れるのだろうか。……保護者の心配は尽きない。
……ノートとニド?
あの子らは無事に決まっている。
心配するだけ無駄、それよりもこちらの方が深刻だ。




