126_少女と夜中の実況中継
「のう、御前。見たまんまというか………やはり子どもなのだな」
「やは、い? ……こども……わたし?」
「気にするでない気にするでない。……ほれ、早よう屈むが良い。でないと排泄出来ぬであろ? 排泄したいのであろ?」
「んい………たい、せつ。わたし、する」
「呵々、良い娘だの。……全く、何の警戒も抱かず何も疑問に思わぬとは。……呆れる程に良い子だの、あの坊にも見せて遣りたいわ」
「ぼ、……ん? ………んい……あるたぁ」
「泣きそうな声を溢すは未だ早いぞ? ……此から存分に鳴かせてやるからの」
「んい……? にど……?」
ノートを引き連れ、彼女の排泄のために訪れた厠……お手洗い。他ならぬノートの頼みという大義名分を得たニドは、したり顔で積極的に『お手伝い』を始めた。
本来、ひとつの個室に二人が収まるようには出来ていない。しかしながら、互いに小柄な少女が二人。幸か不幸か……別段の不自由なく、個室に収まってしまった。
――扉を、開けたまま。
多くの人間――つい先刻ノートの上げた奇声により、目を覚ましてしまった男性客――彼らが眠っていたり眠ったフリをしていたりする大広間から、今まさに白い少女が準備を整え脚を開いているトイレの個室まで………曲がり角によって視界は遮られているとはいえ、その音を遮るものは何も無い。
「準備出来たかの? ちゃんと下着は脱いだ。脚は開いた」
「ん、んい……? にど、にど……わたし、できた」
「呵々! 解っておるよ、御前。……まぁ好い、早よう出してしまうと良い」
「……んい」
……本来であれば。
至極真っ当に育ってきた子どもであれば……未だ幼いとはいえ十かそこらの歳にでもなれば、『羞恥心』というものが芽生えて然るべきなのだろう。
しかしながら――周囲の者達にとってはただただ残念なことに――ノートにそんなものは、存在していない。存在していたとしても常人のそれとは雲泥の差。一般常識的な恥じらいなど、期待すべくも無い。
遠い、遠い昔。
自分自身の意思とは裏腹に、検査や手術や改修の度に全裸に剥かれていた彼にとって。
自分の身体にも関わらず、自分ではない者の好き勝手に使われ、謂れの無い苦痛や恥辱や中傷を浴び続けていた彼にとって。
装備品の調達さえも儘ならない程の修羅場に於いて、文字通りのボロボロになりながら、防具を剥がされながらも戦い続けなければならなかった、彼にとって。
あたりまえな感覚など、常識的な感受性など、抱くだけ無駄だった彼には………備わっている筈も無かったのだ。
……の、だが。
「じょうずにできたの、御前。……ほれ、ちゃんと洗わんと」
「んひゃっ……! んい、んぃゃっ!?」
「やだでは無いわ。そのまま『ぱんつ』穿く心算か? 女子がそんなはしたない真似するでない」
「んいっ……んいぃぃ………!」
(あぁ………堪らんのお……)
大山脈地下の遺跡で勇者一行と邂逅し、紆余曲折の末に造り直した今の身体ではあるが……もし今の身体が勇者と遭遇する前、造り替える前のモノであったのなら。いや、せめて雄としての機能だけでも健在であったのならば。
何の比喩でも誇張でもなく、この場で襲って居ただろう。
それ程までに淫靡な……一連の光景。
絶世と言っても差し支えないであろう美幼女が、安堵の表情を浮かべている光景。
他ならぬ自分の手によって、身じろぎながらも排泄後の後処理を施され、ごく至近距離で悶えている光景。
眼前の光景を。悶える少女の表情を。しっとりと水気を帯びる蕾を。
それらを、ありのままを、感じたままを、白々しく実況し続けていたニド。
その声が届いていたであろう……多くの男達が悶えているであろう、大広間の惨状たるや。
(……潮時だの)
物凄い勢いでこちらに近寄る足音を耳朶に捉え、ニドは引き際を悟る。
同時に自らの過ちを――眼前の少女の色香に中てられるあまり『やり過ぎた』ことを――諦観と共に悟る。
「んひゅあ……っ!!!」
「おぐォ………ッ!!!」
直後頭上より響いた『ごぎゃん』という……聞くからに痛そうな音。
非常にえげつない音と共にニドの頭が沈み………ぺたんと尻餅をついていたノートの上へ、倒れ込むように崩れ落ちた。
「……お前は………お前は、全く……ッ」
若干の震えを伴いながら、絞り出すように吐かれた台詞に………百戦錬磨の筈の背筋が凍る。
振り向くまでもなく、解る。ニドの本能が危機感を訴えている。
背後に立つ保護者の浮かべる形相が、手に取るように解る。
(やっば………ちっとヤりすぎたかの……)
後悔するも既に後の祭り。(外見は)同性ということもあってか、おトイレまでは見逃してくれていたのであろうが………『おさわり』はダメだったようだ。御前のやわい股間と同時に父上の逆鱗にも触れてしまったようだ。まぁどちらも非常に敏感だの、ってやかましいわ。
他に利用者が居ないとは言え、女性用の厠に踏み入ってまで止めに掛かった以上………本気も本気、マジのギレなのだろう。
「可愛い娘だものなぁ。邪な知識を刷り込まんとする悪ぅい輩には容赦無いか」
「……そうだな。その子にはまだ早い。……それに単純に、周囲が被害を被っている。これ以上は見過ごせん」
「呵々々! ……は、良かろう。降参よ」
リカルドは肩をいからせながら、低く冷めた声で黒い少女を糾弾する。
両手を上げ、ひらひらと振るって見せるニド。どこか冗談めかしてお手上げのポーズを示していながらも……しかし底意地悪そうな表情は、相変わらずそのまま。
他でもないノートが懐いている以上悪性の者ではないとは思うのだが……リカルドの本能が危険を訴えているとでも言うのだろうか、どうにも心の底から信用することが出来ない。
警戒を強める視線を感じ取ってか……殊更に嫌らしい笑みを深める黒い少女は、嘲笑うようなその口を開く。
「のぅ、御父上や」
「誰が父上だ」
「釣れないのぉ。……愛娘があんなに健気に誘っているというに」
「……何?」
にやにや顔のニドに指し示される先。
いったい何事かと……リカルドが目線を回し。
いつもは眠たげな瞳をぱちぱちと見開き、心なしかびっくりしたような顔を見せ……先だってのニドによる執拗な手洗いを受け、気持ちが昂ったのか仄かに血色の良い桜色の内股を晒すように……
股関節を大きく開いたままへたり込んだノートを、リカルドの目が捉える。
南砦の全ての人員と、交易都市アイナリーの多くの住人達に愛されている……天使のような幼子。
未成熟ながら雌の色香を放ちつつある、極めて性的であろうそのあられもない様相を目にし………
それを見据えるリカルドの脈が上がり血流が増し顔が赤くなる………………などというようなことは無く。
「あ痛ァッ!!」
「んぴっ!!」
にやにや顔のニドと、大開脚放心状態のノートへ………それぞれ大と小の拳が降った。
「何度も言わせるな。まだまだ早い。……早く寝なさい」
「…………しようが無いの」
「………んひ」
興奮した様子など微塵も窺わせない、醒めきったリカルドの視線に、さすがに敗北を悟るニド。
無言の重圧と叱責するような視線に急かされるがまま、不承不承といった顔でノートに下着を穿かせ、大部屋へと引き下がっていった。
二人の破廉恥少女は…………こうして、やっとのことで床に付いたのだった。
そんな破廉恥少女達とは壁一枚挟んだ向こう側、男性用の区画の空気がそれはもうたいへんなことになっており、再び寝付けた者がほぼ皆無であったのは………言うまでもないだろう。




