125_少女の企みと悪夢の始まり
数刻前まで騒ぎ立てていた酔っ払い共も、一人残らず眠りに落ちたであろう頃。
廊下の僅かな灯りを残してすっかり闇に覆われた大部屋、『アルバの休憩小屋』の宿泊室(という名の雑魚寝部屋)。取って付けたような仕切り壁で区切られた女性用区画にて………僅かな動きがあった。
「……にど。…………にど、おきて」
「む……………んむ………どうした御前」
大部屋の三分の一程度を区切った区画。扉や鍵で保護されているわけではないが、それでも男性利用者とは分け隔てられたこちらは女性用の……女の子用の区画である。
現在の利用者は三名……元々利用者の少ない女性用区画である。ちなみにメアはリカルドとニドによって、さも当然のように女の子区画へ連行されていた。れっきとした男として、何の不都合も無い生理機能を備えているメアの身体ではあるが……その顔だちや線の細さや愛らしさは、控え目に言っても美少女である。
『実際の性別がどうであれ、君が居ると男性客が混乱するだろうし、君自信に危険が及ぶかもしれない』と申し訳なさげに頭を下げるリカルドと、『好いではないか好いではないか。なぁに取って喰いはせん、少ぃっと摘まんでみるだけよ』と嘲笑うニド。
直後リカルドによって入念に釘を刺されていたが、果たしてどこまで本気なのやら……しかし仮に『摘ままれ』たとしても、それでも男共の中で一夜を明かすよりも安全だろうと、メア本人にとっては非常にあんまりであろう理由で、ろくな反論できぬまま『女の子区画』へと押し込まれたのだった。
また………当然のように男性用の区画に床を求めに行き、あろうことかリカルドのすぐ隣に陣取ろうとしたノートは、ニドとメアによって無理やり引きずり込まれ押し込まれていった。
本人は『まるで納得していない、理解できない』といった面持ちではあったが………ノートを押し留めた周囲の全員は、奇遇なことにそんな彼女と全く同じ考えであった。ニドでさえもこれにはさすがにドン引きであった。
話を元に戻そう。
彼女ら三人を除いては、他に利用者の居ない女性用区画。すこやかな寝息を立てるメアの隣で、寝床から這い出る真っ白な少女。
「んいい……にどぉ………」
「何だ何だ、何事だ御前。言うてみい」
「んい、んい………」
眼を擦り気怠げに見上げるニドと、そんな彼女の寝台を覗き込み泣きそうな声を溢すノート。一体どういうわけか顔は赤く、また視線もどこかせわしない。
不承不承と身を起こすニドはしかしながらその直後、視界に入ったノートの身体の一部分を一目見、大体の事情を即座に察するに至った。
「にど………わ、わたし……………ぅ、……とぅーら、……どこ、ほしい……」
「とぅーら? ……はて、何の事やら。吾にはてんで解らんの」
「んい………んい……………とぅー、ら………んい」
白々しくすっとぼけて見せるニドの前、ノートは内股を擦り合わせながら眉根に皺を寄せる。ほんのり赤みを帯びた顔と熱を纏った吐息、ふるふると震える睫毛と潤んだ瞳がなんとも色っぽい。
顔を伏せるノートに気取られぬよう、ニドは密かに唇をぺろりと嘗め………獲物を見つけたときの表情を見せた。
心地よい微睡みを妨げられた若干の私怨を込め、ニドの悪巧みは加速していく。さぁこれからこの愛らしい少女を、自らにとっても想うところの有る少女をどう責めてやろう………と計画を練っていたのだが。
「んい………お、おまた! わたし、おまた……でる! する!」
「声が大きいわ! 絞らんか阿呆!」
「ぴ………に、にど……わたし、おまた」
「解った!! 解ったから口を紡げ!!」
まさかの、ニドにとっても予想だにしていなかった幼稚極まりない表現によって………些細な悪戯心など一息で消し飛んでしまうのだった。
ニドは失念していた。たとえ彼女の敬愛する者の姿に近しいとはいえ、その思考は全くと言って良いほどに似つかわしくない。良く言えば天真爛漫、そのまま言えば幼稚。加えて年頃の娘にとっては芽生えて然るべき羞恥心が存在していない。
今のノートにとっては……たとえ男部屋で素っ裸で眠ることさえ、大して抵抗無いのだろう。
そして当然ながら……それによって引き起こされる騒動と被害さえも、全く視野に入っていない。
(よもや此の身此の歳で……子守をする羽目に成ろうとは、な)
……興が逸れた。
この少女を苛めて弄ってやりたい気持ちも無いわけでは無いが、それが元でこの子に災いが降りかかるのは我慢ならない。
この娘を責めて……鳴かせて……喘がせて良いのは自分だけだ。あの小娘長耳族ならまだしも……どこの馬の骨とも知れぬその他大勢の男共に、この娘を堪能させてなるものか。
謎の熱意を湛えたニドはしかしながら、あることを思い付く。
羞恥心が存在していないということは……この少女は即ち『男女の身体の違い』を、恐らくマトモに理解していないのだろう。
夜の帳に隠れたニドの顔が……彼女の得意とする表情を、ひっそりと形作る。
狡猾さと狡賢さを織り混ぜたような、残忍な蛇のような厭らしい笑みを浮かべる。
「成程な……厠か。御前は排泄をご所望なのだな」
「たい……へつ? んい、んい……かわ、や?」
「厠………『といれ』といったか。御前は『といれ』に行き排泄を所望するだな?」
「おし、こ…………んい、……やうす。たいせつ」
わざとらしく、わざわざ声に出し、まるで状況を何者かに説明するかのように確認していくニド。その顔は例の厭らしい顔である。
「あい解った。吾が案内してやろ。御前がちゃんと排泄できるように、な。付いて来るが良い」
「んい…………あり、あとう」
今でこそ只の小娘といった外見ではあるが、こう見えて元は『神話級』魔族の端くれ。命を繋いでから千数百年にも渡り、自己鍛錬とイメージトレーニングを欠かさなかった生粋の武人である。この建物に足を踏み入れたときから既に有事を想定し、建物の間取りは把握済み。勿論『といれ』の位置も、更には『といれ』からこの大広間が然程離れていないことも………
『といれ』での声が、大広間に届き得ることも。
先程の騒動で目を覚ましてしまった男共が居ることも。
ニドは狡猾にも……しっかりと把握していた。
「のう御前? 下着……『ぱんつ』は未だ脱がんでも良いぞ。その薄桃色の『紐ぱんつ』は履いたままで良いのだぞ?」
「んえ? ………んい」
「しかし……まぁ、『ぱんつ』を丸出しとはなぁ。御前も思いきった娘子だの」
「んい………これ、わたし、らく……だから。………でも、りかるの……おこる」
「放て置け放て置け。ラクな格好が一番よ。御前の可愛らしい『ぱんつ』が丸出しでも、吾は別段構わぬと思うぞ?」
壁の向こうからのわざとらしい咳払いを………聞き覚えのある咳払いが聞こえるのをわざとらしく無視する。
にやにや顔のニドはわざとらしく執拗に説明しながら、不幸なことに目を覚ましてしまった男共の想像をわざとらしく掻き立てながら………白い美少女を『といれ』へと案内するのだった。




