124_旅と少女達と保護者の悪夢
アイナリ―という都市は、リーベルタ王国の中でもそれなりの立場を占めている。
隣国や池向こうからの品々が多く集い、周辺の耕作地帯からの収穫物も運び込まれるこの都市へは、そういった品々を求めてより多くの人々が集まってくる。
王都からの商人や旅行者もその例に漏れず、そのため王都リーベルタとアイナリ―を繋ぐ街道の利用者もなかなかに多く、そういった人々を迎え入れる街道沿いの野営小屋はもはや『宿』といっても差し支えのない規模となっており……
そうした『宿』には往々にして、酒場兼食事処が併設されているのが常であった。
「子連れの旅人ってぇのも珍しいな。」
「しかも三人もなぁ。男手一つで大変だろう」
「兄さん狩人かい? なかなか良い身体付きだ」
「へへへ、嬢ちゃん可愛いね……酒飲むかい?」
その酒場兼食事処の一画。
三人の可愛らしい女の子(?)を引き連れた男が一人。矢継ぎ早に投げ掛けられる周囲の声に愛想笑いを返しながら、三者三様の女の子(?)らに食事を摂らせていた。
歳の頃は、上は十二・十三の頃から……下は八か九のあたり。
どう見ても旅慣れしているとは思えない三人は、束の間の休息とおいしい恵みを……小さな身体全体で享受していた。
………………………
「隊長、こっちは俺らがやっときますよ。店で食って来て下さい」
「そうそう! お姫にウマいモン食わしたって下さいよ!」
「寝台もあれば押さえた方が良くないっすか? 馬車で寝かすの可哀想っすよ……」
休憩小屋へと辿り着き、夜営用の準備を整えようとしていた矢先。リカルドは配下の兵士達に進言を受けていた。
ここ『アルバの休憩小屋』は簡易的な食堂と宿泊施設も備えているが、定期連絡の兵士達がそれらを使うことは滅多に無い。
理由は幾つかあるものの……野営の経験を積むためであったり、単純に費用の節約であったり、そもそも『隣で兵士が飲み食いしてても落ち着かないだろう』と一般客に配慮しようとしている点も、無きにしも非ずなのだろう。
明確に禁止されているわけではないが、わざわざ利用する程でもない。休憩小屋の敷地……平坦で夜営がし易い敷地を借りられるだけで充分……というのが、一般的な兵士の考えだろう。
だが……しかし。今回はかなり勝手が異なる。
日頃から悪環境で眠る訓練を積んでいる兵士ならまだしも、可愛らしい積み荷………こともあろうに『お姫』を、土埃の立つ屋外で眠らせるわけにはいかない。
やむを得ない場合ならまだしも、好条件が選択できる状況ならば躊躇わずに選択すべきだ。我らがお姫とそのご友人がたに苦労をさせるのは偲びない。
リカルドと共に王都ルートへと配属された兵士三名の、それが総意だった。
「ついでに隊長も寝台で休んで下さい。……腰、まだ本調子じゃ無いでしょう?」
「……そうは言うがお前ら………見張りはどうすんだ?」
「三人居れば回せますって! 隊長一人増えたトコで大して変わりませんって!」
「そもそもお姫を屋外に寝させるわけには行かないでしょう。かといって……一般客のさ中にあの子らを送り出します?」
「それは………………まぁ、そうか……」
それぞれの個室が用意されている都市部の宿屋とは違い、あくまで簡易的な宿泊施設に過ぎない。大部屋に積層寝台を並べ、男女間といえども壁や衝立で仕切ってある程度でしか無く、完全な個室というわけでは無いのだ。そんな中に、あのお姫とお友達だけを放り込むど……正気の沙汰ではない。
同時に宿泊する他の利用者に――居ないとは思いたいが、悪しき企みを秘めた者や酒に溺れ酩酊した者、あの子らの愛らしさに正気を失った者たち――狼藉者が居ないとも言い切れないのだ。
そんな狼藉者、不届き者による犯罪を未然に防ぐためにも、保護者を同伴させるのは理に敵っているだろう。
部下の彼らとて、日頃から野営の訓練は積んでいる。それこそ三人一組の行動単位が一つでも揃っていれば、何の不都合もなくやってのけるだろう。一晩目を離したところで彼らに問題があるとは思えないし、そもそも同じ敷地内……近距離である。
ならば大丈夫だろう。中隊長は結論を下した。
「何かあれば即連絡寄越せ。なにせ頭数が少ない、いつも以上に気を張れ。……後は頼んだ」
「はい!」「うっす!」「あいさー!」
やや緊張感に欠ける返事を聞きながら、『積み荷』の女の子(?)三名に方針を伝える。
彼女らの引率役となったリカルドは、兵員服を隠すべく外套を羽織り準備を整えると……可愛らしい三人の女の子(?)達を引き連れ、馬車を後にした。
………………………
「りなるも、にあるも。おいひい、たべて。おいひ」
「何と……何という…………此が『料理』か。此が、『食事』か……」
「ご……ごはんが……………いっぱい………」
外套を羽織った長身の男が一人と、無難な旅装に身を包んだ三人の子どもたち。彼女ら三人の誰もが、幸せそうに食事を口に運び……また幸せそうに咀嚼し、そして嚥下する。
旅人が多く団欒を繰り広げる店内において、彼女らの可愛らしい声や言動は否応なしに注目を集めていた。
寄せられる様々な声に、その都度無難な回答を返していくリカルド……その手際には日頃の質疑応答で鍛えられた手腕が遺憾なく発揮されていた様子だが、何せ相手の殆どがデキ上がった酔っぱらいである。
「嬢ちゃんオッパイでけぇなァ。一晩どうだ?」
「物好きだの。吾は高いぞ?」
「止めろニド! すみません、そういうのはこの子らには……」
「お嬢ちゃんはお酒どうた? まだ早ェか?」
「ん……おさ、け? わたし、のむ?」
「飲むな!! すみません、本当この子らにはまだ早いので……」
冷静な判断力を持ち合わせているように見えて時折顔を出す悪乗りがエグ過ぎるニドと、マトモな判断力が備わっているわけでも無いのに行動力だけは無駄に逞しいノート。
積み荷にして護衛対象でもある女の子二人が、兎にも画にも気が抜けない。方向性こそ真逆であるものの……双方とも(黙っていれば)とびきりの美少女であるだけに、必然的に人目とトラブルを集めやすいのだろう。
……これ程までに手間が掛かるとは、正直思っていなかった。
「……隊長、さん…………おつかれ、さま……です」
「……………君は……良い子だなぁ……」
「えっ、あっ、……えっ、と? …………ありが、とう、ございます……?」
一番手間の掛からない、唯一の精神的癒しである女の子(?)メアの労いを受け、リカルドは頓挫寸前だった気力を奮い立たせ、子守りに再び取り組み始めたのだった。
リカルドにとって悪夢のような時間……二人の問題児と周囲の酔っぱらい共に振り回された夕食の時間はやっと終わりを迎え。
与えられた女性用区画の寝床にもぞもぞと潜り込んだ三人にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
本当の悪夢は……これからだった。




