122_少女と護衛と暗中模索
当初懸念していた程苦労することもなく……南砦指令部の密かな後押しもあり、近衛師団のうろつく南砦を意外なほどあっさりと脱することが出来た。
誉あるリーベルタ王国の近衛師団であるが……一部の実力者を除いて――言い方は悪いがエリート気取りの貴族子息などなど――職務意識に忠実な者は意外と少ない。
現在南砦に残っていた彼等は幸いなことにエリート気取りの実力足らずであったらしく、また同時に職務意識に乏しい者たちのだったらしい。
南砦総司令直々の『食事会を催す』とのお達しに、ふんぞり返りながら一人残らず釣られていったのだった。
『お客人』全員が士官食堂に入ったのを確認し、やんごとなき五名と引率の一名は行動を開始した。
士官食堂のある司令棟から死角になるルートを通り、馬車と軍馬の駐留所へ。予め申し伝えられていた南砦所属兵士たちの力添えもあり、迅速に移動が完了した。
「カイル。こちらが『積み荷』だ。丁重に送り届けろ」
「了解っす。お任せを」
「……っ、宜しく……お願いします」
待機していたのは三台の馬車と七頭の騎馬、そして十二名の若手兵士………リカルド隊所属の面々。
今回の作戦はこの編成を二分し、それぞれアイナリーと王都へ向けての『積み荷』を送り届ける。
南砦指令部総員の認可の下に発せられた、極秘多角輸送作戦。定期的な連絡便自体は珍しいものでも無いため、怪しまれる危険は少ない筈。
本来の担当だった連絡便担当と急遽配置を入れ替えて貰い、中隊長かつノートの暫定保護者たるリカルドが直々に、『積み荷』のうちのもう一つ……少女(?)三人を、王都の勇者殿へ送り届ける。
「隊長も災難っすね。休暇返上なんでしょ?」
「心配するな。王都で貰える手筈になっている」
「ぇえ!? ズルイっすよ隊長!」
「喧しい。俺が居ないからってサボるなよ」
ぶーぶーと不満を垂れながらも、着々と準備を進める兵士達。言動に不真面目な点はやや見受けられるものの……日頃の訓練をしっかりとこなしている優等生揃いなのである。
獣人二名を積み込んだアイナリー便は、馬車二台と騎馬が四騎。隊長より暫定指揮権を預かった青年兵士カイルの指示のもと九名の兵士はそれぞれ馬の機嫌を取り、出立の準備を整えていく。
隊長と慕う者の命令は忠実にこなし、任務とあれば誠実に対処する。少々後ろ向きな言動こそあれ、成績優秀な精鋭中隊なのだ。
一方の中隊長リカルドおよび若手の兵士三名……馬車一台と騎馬三騎も、『積み荷』を積み終えたことを確認し出立準備を進めていく。
慣れ親しんだ順路とはいえ、王都はリーベルタ王国の心臓部である。辺境に位置するアイナリーや南砦からの距離は決して近いとは言えず、一朝一夕で辿り着くような行程では無い。
旅慣れしていないであろう『積み荷』のためにも、四名はより念入りに支度を進めていった。
「それじゃ隊長……アイナリー便、出発します」
「ああ。頼むぞカイル」
「っす!」
やがて臨時指揮官カイルの号令以下、九名はそれぞれ馬を操り、近衛師団蔓延る南砦を後にした。
アイナリーへは明日にでも到達できる距離、加えて『積み荷』も色々と弁えてくれているだろう。然して不都合なく目的は達せられると思われる。
………で、あれば。残る不安はこちらの方だろう。
「『積み荷』諸君……準備は良いか?」
「此方ァ『積み荷』代表。三袋とも問題無いぞ、隊長殿」
「了解だ。……砦を出ても、合図するまでは大人しくしていてくれ」
「有無。心得た。……御前、小僧、『待て』だ。解るの?」
「んい。『まて』、だいじょうず」
「は……はい。………大丈夫、……です」
号令の伝達を確認し、リカルドは兵士達に指示を出す。よく訓練された三名は各々が騎馬を駆り、隊長の御する馬車を囲うようにして移動を開始する。
やがて砦の西門、予め指示が回されていた門番の兵士と会釈を交わし……ついに『積み荷』の三人は砦からの脱出に成功する。
幸いにして。
勇者とその従者を連行するために押し掛けた近衛師団が現れてから―――獣人の男女と黒髪の少女が身を隠し、夢魔の少年が運び込まれ、下半身を露出した真っ白い少女がひっそりと帰還し、脱出の算段を立ててそれぞれ砦を離脱するまで―――やんごとなき五名は、その存在を見咎められることは無かった。
かくして……真白い少女とその保護者代理二名――小柄ながら豊かな膨らみ湛える黒髪の少女と、下手な少女より少女らしい宵闇色の癖っ毛の少年――傍から見る分にはどう贔屓目に見ても幼子にしか見えない、しかしながら一名を除き理知的な立ち回りをこなせる二名とその他こなせない一名。
以上の三名は王国兵士の警護する定期連絡便に紛れ、『勇者』を追って旅立つのだった。
これはとても不幸な事故だったのだが。
白い少女ノートが砦に帰還し、他の者ともども地下倉庫に隠れ、リカルドに事情聴取を受けている間はずっと外套を着込んでいたがために……(ニド以外には)下半身が丸出しであることに気付かれておらず。
そのため休憩で馬車から降り立った際に健全な男子兵士を行動不能に叩き込み輸送小隊を混乱の坩堝に突き落とすこととなり、中隊長から特大のカミナリが落とされる羽目になったのは……ただただ不幸な事故であった。
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がたがた、ごとごとと揺れる車内。
揺れは細かく、一定のリズムを刻んで久しく。
舗装された石畳……それも綺麗に整えられた道を進んでいる証左であった。
細かい揺れが続く、小さな空間。……馬車の中。
明かり取りと通風のための窓は幾つか開けられているものの……一つ一つは頭がかろうじて通れる程の大きさでしかない。
進行方向には御者台から内部を監視するための窓が一つ、出入り口は最後尾に設けられた扉のみ。床、壁、天井全てががっしりとした木組みで作られたそれは。……その馬車は。
まるで………罪人の護送用であるかの如き、酷く殺風景な造りだった。
「んな丁重に扱ってくれんでも逃げねッつの………」
「まぁな……遣り合おうと思えば行けるだろうし」
「だな。……………心当たりは有るか? ヴァル」
「幾つかは。……考えたく無かったが」
狭く、殺風景な小部屋の中。向かい合うように据え付けられた壁際の長椅子に座り、俯き顔を付き合わせる二人。
リーベルタ王国の誉れある『勇者』と、その従者である長耳族の少女。
「とりま……大人しくお叱りを受けるが『吉』、我慢の時かね」
「だな、気乗りしないが。……お前の方こそ大丈夫なのか? 『我慢』は」
「んあ? ……ああ。シア呼び寄せてっからな、もう少しの辛抱だ。それに………っと」
「……それに?」
「何でもねえ! 忘れろ!! 今すぐ!!!」
「? ……お、おう」
長耳族の少女は腕を組み、溜息を吐く………ように見せ掛けて外套の下の硬革の胸当ての更に下、厚手の上着の胸ポケットに収められた……飾り気の無い白い布切れを思い描く。
その布切れの本来の持ち主たる……愛しい白い少女を。
その布切れの本来果たすべき役割である……保護するべき聖域を、思い描く。
口の端から煩悩が零れ落ちそうになるのを慌てて拭い、表情を繕う。
そうだ、現実逃避などしていられない。(勝手に)拝借した精神安定布のお陰で思考は幾らか落ち着いているが、現状が極めて面倒な非常事態であることに変わりは無い。
愛しい少女と会えないのは非常に苦しい。別れの挨拶も頬擦りも接吻も愛撫も許されなかった。この憤りは決して小さいものでは無い……が。
断腸の想いではあるが……今回ばかりは、仕方が無い。
何よりも優先すべきである筈の彼女を、諦めるほか無い。
なぜならば………自分と勇者は。
国王陛下『アルフィオ・ヴァイス・リーベルタ』名義で直々に。
『隣国へ独断での侵攻行為』ならびに『自国の財産たる通商街道の破壊』の責を問われ……
その釈明の機会を賜り、王城へと召還されているのだから。




