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121_願いと望みと作戦会議



 「事の始まりは……そうだな。アイナリ―詰所のギルバート宛に……王都発の手紙が届いたんだ。差出人は『ディエゴ・アスコート』」

 「知らぬ名だな。何モノだ」

 「宮廷魔導師ですよ……! リーベルタの!」



 リーベルタ王国の軍事拠点、ドゥーレ・ステレア湖南砦の片隅で……とある密会が執り行われていた。

 場所は女性専用の厚生棟、その地下倉庫。本来であれば男性禁制の区画、しかしながら参列者のうち複数名は男性。加えて静まり返った薄暗い地下の片隅。


 この密会がいかに人目を(はばか)っているのかを如実に表しており……ここでの会話は万に一つも『お客様』に聞かれてはならないと、徹底した人払いが敷かれていた。



 「仰る通り。『龍眼の宮廷魔導師』ディエゴ先生から……我が愚息に充てての手紙。内容自体は当たり障りのない挨拶文だった。……表向きは、な」

 「じゃあ……裏向きは……」

 「まどろっこしいの。(はよ)う要点を言わんか」

 「もーニドさんちょっと静かに!」



 陣頭に立って状況説明に臨むのは湖南砦所属の中隊長、リカルド・アウグステ。

 中隊共々アイナリーに駐屯していた筈であったが……此の度の事態に際し、湖南砦へと帰還していた。


 ディエゴからの手紙、その『裏』の内容に随い……

 夢魔の少年を主の下へと送り届けるために。



 「……済まん。結論を述べよう。解読の結果……『王都』『不穏』『懸念あり』『白い』『娘』『従者』『魔族』『保護せよ』『独りにするな』。これらの助言が読み取れた……らしい」

 「成程のお。……それで、その小僧が」

 「ひ……っ」


 なるほど、と言わんばかりの目線が向けられると同時……少女じみた柔らかな頬を撫でられ、少女じみた悲鳴を溢す、少女にしか見えない少年。

 ディエゴよりギルバートへ……宮廷魔導師からノートの教導役へと送られた手紙、その『裏』の内容。


 ぱっと見は便箋の装飾にしか見えない、草花や生物など様々な意匠が散りばめられた……手紙の周囲を彩る、飾り枠。それらは(あらかじ)め申し合わせられていた手法に則り解読することで、検閲あるいは解読手段を持たない者の目を掻い潜り情報を伝えることができる……秘匿暗号文書であった。




 ――王都で、なにやらきな臭い出来事が起こりつつある。

 『白い娘』の従者……『魔族』を保護せよ。




 やんごとなき立場に居るディエゴが人目を憚りながらも寄越した、王都の内部事情に通じた上での……助言。

 加えて、ほんの一日前に起きた出来事……『勇者』とその従者に対し、優先度最上位での即事帰還命令が下されたこと。


 それらは………全く別の要因だとは考えられず。




 『白い娘』の従者である『魔族』の少年を脅かすような『不穏』な事態が起こり、その対処あるいは対応のために『勇者』一行が半ば無理矢理連れて行かれた……という事実が、残る。






 「……あの鎧は…………『近衛師団』、ですよね……リーベルタの」

 「そうだな。……残された彼等の位はそれほど高く無いようだが」

 「僕らの身元……バレてません……よね」

 「安心せえ。(ワレ)も、そこの小僧も……おんし()客人も感付かれて居らぬよ」

 「……………詳しく訊かない方が良さそうだな」



 白色を基調とし、縁取りや紋様に金色を差した豪奢な鎧。……それは紛れもなく『リーベルタ近衛師団』の制式装備。

 今なお数名が砦に残り、何事か謀を企てていると思しき『近衛師団』の下っ端。大した権力も持ち合わせて居なさそうな彼等ではあるが……こちらは元々極めて危うい立場の者揃いである。


 先程までの横柄な態度……勇者一行に対する強硬姿勢を見せつけられた以上、どうあっても彼等にお目通りしたいとは思えなかった。



 白い少女の手前……わざわざ騒ぎ立てるようなことはしないが、贔屓目に見ても得体の知れない面々である。

 万が一、近衛師団の追求を受けて問題点が浮上した場合……南砦になんだかんだ厄介な調査が入るか調査協力を求められるか………まあ極めて面倒なことになるのは間違いない。


 「………ノートの知己である以上………まぁ、悪い者では無いと思うが……」

 「呵々々(かかか)! ……解らんぞ? おんしの身体(カラダ)を狙っている悪者やも知れぬぞ?」

 「ははは……」


 改めて一行……紆余曲折を経て此処に集まった五名を見回すリカルド。その顔には隠しきれない困惑や戸惑いが……非常に色濃く滲み出ていた。



 まずは見知った顔。勇者とネリーが不在……連れて(・・・)行かれた(・・・・)という事実を受け止めきれず、呆然と硬直したままの真白い少女。

 そんな彼女の従者であり、先程久方ぶりの再会を果たした……下手な少女より少女らしい、宵闇色の癖っ毛が可愛らしい少年。

 その少年を舐め回すような視線で……いや実際舌舐めずりさえしながら念入りに観察している、何やら尊大な態度の黒髪の少女。

 そして――なんとなく出自に見当は付いているが――心此処にあらずといった様子で落ち着かなさげに佇んでいる、年若い獣人(セリアンスロープ)の男女。


 全体を通して若い――いや、一部においてはあからさまに『幼い』――奇妙な面々。その中で一番信用を置ける人物があの(・・)ノートである時点で……色々と末期であった。





 「御前。ほれ、御前。いい加減起きんか」

 「……んひ、んひ……」


 黒髪の少女によりノートの頬が引き伸ばされ……やっとのことで少女が再起動を果たす。

 話を聞いていたのか聞いていないのか、いつも通りのぽやんとした佇まいとは打って変わり……口唇を弱々しく震わせ瞳に涙を浮かべた、今にも泣きそうな弱々しい表情。


 そんな白い少女を見かねてか、黒髪の少女はやれやれとばかりに頭を掻く。


 「聞いておったか御前。何やら面倒事ぞ。……どうする心算(つもり)だ?」

 「わ、わた………わたし……」

 「そこな……小娘じみた小僧。其奴(そやつ)御世話(・・・)するのは良いとして。……それから、どうするのだ? この後、どうする心算(つもり)だ?」

 「この、あと……」

 「あ、あの………」


 考え事がいまひとつ苦手な様子の少女は、返答に窮したまま。代わりとばかりに赤髪の獣人少女(セリアンスロープ)、アイネスが口を開く。

 傍らで先程から固い表情を浮かべている同僚カルメロ共々、何やら視線を交わしタイミングを見計らっていた様子の彼女であったが……ついに切り出した。


 「わたっ、……わたし達は……アイナリーに、戻ろうと思います」

 「……すみません、これ以上空けると………座長(・・)に怒られそうで」

 「あ、あえ……」



 リーベルタ王国では何かと目立つ、頭上に立ち上がる三角形の耳。獣人(セリアンスロープ)は隣国『フェブル・アリア』の民であるという印象が根深く、その殆どは交易目的の隊商と……それを隠れ蓑にする何者か(・・・)

 この二人はまだまだ年若く、こうした場には不馴れなのだろう。紛いなりにもそういった(・・・・・)者たちの捕縛に長年携わってきた者として、本来ならば然るべき対処を取るべきなのであろうが………近衛師団が闊歩している今は、とにかく事を荒立てたくない。


 「……承知した。そちらが良ければだが、我々の定期連絡に便乗すると良いだろう。荷馬車に潜り込んで貰う形になるが、アイナリーまで無事届けることは約束する。………厄介な目が増えてるからな。そちらにとっても悪い話(・・・)では(・・)無いと(・・・)思うが(・・・)

 「……っ!? …………はい。……そうさせて、頂きます」

 「賢明だな。……今は我々も騒動は避けたい」

 「………恩に、着ます」


 こちらの意図を恐らく正確に察した上での返答に、一つ頷く。砦とアイナリー詰所とを往復する定期連絡便に――メアを運んできたときと同様――荷物を運ぶ荷馬車に紛れ込ませて、輸送する。

 定期便管轄の責任者は、他でもない自分だ。そして我が隊の面々は基本的に……あの子(ノート)のためならあらゆる苦労も――あまり誉められたものではないが、場合によっては規則違反をも――全くと言って良いほどまでに、厭わない。


 獣人(セリアンスロープ)二人の希望は、これで叶えられるだろう。

 しかしながらもう一方、残り三名。ノートを始めとする幼年組は……果たして考えは纏まったのだろうか。



 取りうる選択肢としては、二つ。

 このまま砦で勇者殿たちの帰りを待つか。

 はたまた……勇者殿たちの後を追うのか。


 前者は……正直今は勧められない。平時であれば彼女の駐留は喜ばしいことなのだが、今は余計な客人が跋扈している。あれ程の可愛らしさ……美貌と、常人離れした技巧。連れの『ニド』という少女もまた、非常に整った顔つき身体つきの少女であるが……何にせよ二人とも身許が知れないのだ。近衛師団らの目耳に入ればたちまち情報が伝わっていき、南砦としても面倒なことになりそうである。

 で、あれば。まだ付き合いも長く……彼女らの舵取りに慣れているであろう勇者殿。彼等に保護を任せた方が適任に思えるし…………なによりも本人がそれを望んでいるのだろう。



 泣きそうな顔で鼻をすすっている、白い儚げな少女。


 勇者殿に置いて行かれたことがショックだったであろうことは……明らかだった。




 「ノート。……勇者殿に、会いたいか?」

 「! …………ゆう、しゃ……?」



 自分だけの裁量で、どうにかなることでは無い。他の者たちの助けも必要だろうし、簡単に出来るとは思わない。

 だが。それでも『なんとかしてやりたい』という気持ちは拭いようが無いし………あの子に世話になった者にとって、あの子の悲しそうな顔を見るのは……耐え難い。


 「今は、まだ……約束は出来ない。だが、最善を尽くす。……お前が、望むなら。『勇者殿』に会いたいと望むなら。……私達は、それを手伝おう」

 「ゆう、しゃ……あいた、い……?」

 「呵々(かか)! やけに話の解る(おのこ)だの!」


 項垂れていた少女の顔に、あからさまに光が射す。自分自身、決して長い時間彼女と過ごした訳では無い。……それでも、勇者殿やネリー様がこの子を大切に想っており、またこの子も勇者殿達に懐いていることは、よく知っている。


 一人取り残されたこの子がどれ程傷つき、そして何を望むのか。


 勇者殿達と一緒に居たいと望んでいるのだろうことは、容易に想像できる。



 「……りかるの………わたし………………いき、たい。ゆうしゃ、いっしょ……いき、たい。……ゆうしゃ、いっしょ……いく」

 「解った。……少し、待っていてくれ。話を付けてくる」

 「…………りかるの……ありが、とう」

 「………こちらの台詞だ。任せておけ」



 この愛らしい少女に、何度助けられたことか。いったいどれ程の人々が、彼女に助けられたことか。

 そんな彼女の頼みとあらば。自分でなくとも易々と無下に出来ないだろう。……そう思いたい。


 ……そのためにも。

 先ずはここから、何者にも見咎められずに脱け出さなければならない。



 「では……行ってくる。そちらのお二方も、もう少し待っていてくれ。……静かにな」



 五者五様の返答を聞きながら、リカルドは地下倉庫を慎重に抜け出していった。 

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