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120_大鷲の魔族と高慢なる責務



 [………………何だ]

 「んい……」



 聳え立つ鈍色の大樹。洞から幾条もの蔓を伸ばす……見上げるほどに巨大な幹の根本。

 気怠げに身を伏せる巨鳥は……さも面倒臭げに言葉を発する。


 [ヴェズルフエルニエ、は…………錬成棟か。…………何か用か、貴嬢]

 「………あ、あの………わたし、あの」



 白磁の剣と蛇革の鞘を背負い、外套をきっちり着込み、胸元には剣帯(ベルト)もしっかりと締められている。

 恐らくは旅支度。主たる目的を成し遂げたことを鑑みるに………まさか、旅立ち前の挨拶にでも訪れたというのだろうか。


 別の存在だとは理解していても。眼前の少女が『王』ではないと、幾度となく自身に言い聞かせていても。

 少女が周囲に……我らに対し、(おもんぱか)った言動を取るのを見ていると……どうにも落ち着かない。



 「………ふ、れーす……べる、ぐ……あの」

 [今更、驚かぬ。………要件有れば、申すがよい。]

 「んい………こどもずまい、かんしゅしゅます」

 […………? ………………? ………成程………心遣い、か。]



 それから視線をあちこち巡らせ、深呼吸を何度も重ね、よく解らぬ呻き声を幾度となく漏らし、喉を鳴らし唾液を一つ呑み込むと……やっと意を決したのだろうか。

 いかにもおっかなびっくり、おずおずといった様子で……本題を切り出した。


 ……なかなかに難儀な、本題であった。




 「わ、わたし……とり、すき! とり……ふかふか、はね、すき! ……わたし、ともだち、しあ。……はる、ぴゅにや、かわいい」



 (私は『鳥』が好きだ。ふかふかの羽毛が好きだ。友達(・・)の『人鳥(ハルピュイア)』は可愛らしい)


 ……といったところだろうか。

 フレースヴェルグはただでさえ出力炉の制御で忙しい脳内思考能力(リソース)を慎重に割き、意味不明理不尽生命体の言語を必死に解読する。

 今回の出題は……それでもまだ楽な方だろう。この程度であれば内容の推測はなんとか可能。


 この調子ならば、彼女の言葉を聞き届けることは可能であろう。そんな淡い展望はしかしながら、彼女の次の発言で粉々に霧消するのであった。




 「……わた、わたしも……とり、けんぞく、ほしい。……しあ、ねりーの、けんぞく。……わたしも、とり(・・)けんぞく(・・・・)、……ほしい(・・・)

 […………………………何?]



 意味深な発言と共に……熱い視線で正面から見上げてくる幼子。……もとい幼女型超級破廉恥不条理生命体。

 彼女の発言そのものは、翻訳に際して特に不都合も無い。彼女の意図、彼女の願い……彼女が眷属を求めているということは、然したる苦労もなく推して知ることが出来た。




 問題は。その発言が……何故か此方に向けて放たれているということで。



 彼女の求める『羽毛に覆われた眷属』という条件に合致している存在が……彼女の視線の先には、一つしか思い浮かばなかったということで。




 [………待て、貴嬢。……よもや、…………貴嬢。]

 「…………んい……ふれーす、べるく……けんぞく、ほしい」



 言葉を、失った。


 フレースヴェルグの思考が掻き乱され、炉の出力調整に乱れが生じる。慌てて再調整に取り掛かるも――先程の少女の発言、そこに込められた意図を察してしまい――たちどころに平静を喪う。

 考えたこともなかった。フレースヴェルグ自身『神話級』と讃えられる程の……どちらかといえば眷族を従える側の存在である。


 その自分がまさか……

 眷族として従え(・・)られる(・・・)()と捉えられるなど。


 思いもしなかったし……考えもしなかった。それこそ以前であれば怒り狂い、命知らずな不届き者を血祭りに上げていただろう。


 だが……やはり長い眠りを経て、自分は変わってしまったということなのだろうか。屈辱的である筈のその申し出さえも、どこか魅力的に感じてしまう自分が居ることに気づいてしまった。




 その思考は理解に苦しみ、言動は掴み所の無い、しかしながらどこか心安らぐこの少女と共に生きるのも……それはそれで悪く無いのかもしれない。





 [……………だが。]



 だが、それは出来ない。





 自分がただの(いち)魔族であれば。組織にも集団にも属せず、野良の魔族であったのならば。

 ……その誘いは、恐らく乗っていただろう。


 しかしながら……フレースヴェルグは。『神話級』の肩書、そして『城郭防務局(ヴォルバーク)』の職位が背負う責任は。

 そんな身勝手を……許すわけには行かない。





 この世界に、この事態に、こうして存在している爵位持ち(・・・・)の責務として。


 滅びに瀕した同胞を見捨て、自分だけが安寧を享受するなど………大空よりも高い自尊心(プライド)が赦さなかった。




 [……………申し出、……其れ自体は………有り難く頂戴する。]

 「そえ、じたい…………は………」


 あの大戦から、既に千七百年が経過しているという。

 かつての魔王軍爵位持ちは――ひとつのいけ好かぬ心当たりを除いて――考えるまでもなく死に絶えているのだろう。魔族がここまで数を減らし、魔王城が機能を喪失しているのが何よりの証左だ。

 そしてその『いけ好かぬ心当たり』は――世話になったことは確かなのだが、とても信用を措けるような――同胞たちのことを任せられるような存在では、無い。



 ならば、残る適役……自分がやるしかない。



 ………だから。




 [謝罪、しよう。……我は遣るべきことが有る。…………貴嬢と共に往くことは、叶わぬ。]

 「………んい、わかった。………ごめ、なさい」



 未練がないと言えば、嘘になる。

 同胞を見捨てるわけには行かないとはいえ……愛らしい少女にこのような顔(・・・・・・)をさせてしまったことに……決して小さくない罪悪感と、負い目を感じている自覚は有る。



 […………貴嬢。]

 「んい……」



 ……やはり、どこか心配だ。

 進む道は違えど、この子には壮健であって欲しい。


 ヒトの世で生きていくには……この子は色々と危なっかしい。



 […………我の、風切羽(ハネ)。ヒト共は『御守り』、と云うのであろう……(ソレ)くらいの役は、果たせよう。………持って行くが良い。]

 「……! ………は、ね? いい……の?」


 所詮は迷信に過ぎぬであろうが。ヒト共の慣習の中には『有力な生物の身体の一部、爪や牙などに(がん)を掛け……御守り(・・・)として身に付け(わざわい)を除く』というものが、数多くあるらしい。

 その観点から言えば、おおよそ現存する中で最強であろう生物――上級魔族フレースヴェルグの翼、その一部。『御守り』としての効果は……なかなかに期待できるのではないだろうか。



 [我らには……遣らねばならぬことが在る、故に。……貴嬢の許へ下ること、叶わぬ。……だが。]



 共に行くことは出来ない。立場は既に違えている。

 ヒト族と魔族、今後の庇護に期待はすれど……今はまだ相容れぬ間柄である。




 しかしながら……無事を祈ることくらいは、許されるだろう。




 身動きの取れぬ程に消耗した体躯……遺された翼の先端付近。

 長大な初列風切を含む数枚を嘴で毟り取り、まん丸く目を見開き固まっている少女へと差し出す。



 暫くの間、交わされる視線。やがて少女の手がおずおずと伸ばされ……


 薄白緑色の濃密な魔力を纏う風切羽は、やがて小さな手に引き渡される。 



 [……壮健で、在れ。どうか、末永く。……(また)相見(あいまみ)えることを、愉しみにしている。………我が、友よ。]

 「…………ん。……あい、がとう。ふれーす、べるく……またね(・・・)



 どこか残念そうに……しかしながら悲嘆に染まり切った曇り顔ではなく。

 へにゃりとした、どこか締まらない笑みでもって……少女は別れを告げた。






 目を細め、満足げに頷く破壊の化身……『黄昏の大鷲』に背を向け。




 かつての魔王の姿を持ち、しかしヒトに与する少女は……



 魔の理想郷(シャングリラ)を後にした。







 ………………………………





 ………………………………………………






 「………ようやっと戻ったか、御前」

 「あえ? にと?」



 忠臣水竜(ククルル)の背に揺られ、広大な湖ドゥーレ・ステレアを渡り、一行が待つ湖南砦へと向かわんとしていたノートは……しかしながら砦を望む湖岸にて呼び止められる。

 一つに纏めた黒い髪と豊かに実った胸を持つ少女はしかしながら……浮かべる表情は帰還を喜ぶものとは、程遠い。


 眉根を寄せ、唇を引き締めたその表情は……『苦々しい』といった表現が非常に当て嵌まる。



 「にと……? どう、したの? ただいま」

 「……ああ………御前。……呵々(かか)。お早い御帰りだの」

 「………んんー……?」


 告げられた言葉と嘲笑(わら)い声とは裏腹の、見るからに都合が悪そうなその表情。

 頭をがりがりと掻き、盛大に溜息を吐きながら……口を開いた。




 「……なぁに。()ぃっとばかし……(いや)、中々に面倒なことになって、の」

 「あえ……? めん、どう? ………んい、わたし、だいじょぶ。わたし、おにいちゃ。だいじょぶ」

 「……は?」



 一瞬唖然とした様子であったニドはしかしながら……即座に再び顔を歪ませる。

 彼…もとい、彼女にしては珍しく余裕の無さそうなその様子には、さすがの楽観的生命体であっても……一抹の不安を感じずには居られなかった。



 だが……大丈夫だろう。わたし一人では手に負えない案件でも、こっちには『勇者』がついているのだ。困った人々を助けるのが……面倒事を解決するのが、勇者の仕事だと聞いたことがある。彼だってなんだかんだ言いながら助けてくれるに違いない。

 わたしとは違い……この世界の『勇者』はいいやつ、しかも絶賛成長中なのだ。きっとなんとかなる。






 しかしながらニドの口から告げられた『面倒なこと』は。



 その希望的観測を容易に打ち砕き、余りあるものだった。








 「坊と……長耳の娘っこが、の。………連れて(・・・)行かれた(・・・・)








 ………………………



 ……………………………え?







 告げられた言葉の意味を呑み込み、やっとのことで理解し、呆然と砦を見つめる先。


 数名の若い兵士と共に、見知った可愛らしい姿が駆けてくるのを見て……その可愛らしい人影の表情を見て、ノートは察した。





 アイナリーで、食堂の看板娘(?)をこなしながら帰りを待っていた筈の……夢魔の少年。

 愛らしいその顔、目尻の涙と共に浮かんでいるのは、紛れもない『安堵』。



 つまりそれは。

 (メア)が不安を感じざるを得ないような事態が起こっているということなのだと……



 『勇者』が連れて行かれたという一件は、本当に面倒かつ厄介なことなのだと……やっと理解した。

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