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―――きおくは……もうすこし、さかのぼる。
『私と一緒に、このクソッタレで下劣で最悪な世界を………ブチ壊す気は、あるかい?』
音も、空気も、時の流れさえも停滞したその空間で。
真っ赤な髪の悪魔は……非常に魅力的な提案を示してきた。
この世界。……クソッタレで下劣で最悪な世界。
確かにその通りだと、僕は思う。
ごく一部の勘違いした特権階級共を生かすために、それ以外の全ては惜しげもなく消費される。
奴等の生活を豊かにするためにその他の人々は文字通り『部品』とされ、奴等のためだけのインフラを運営するために、消耗品として消費されていく。
一昔前に『ふつう』であった生活を送ることができるのは、今やほんの一握り。
それ以外の……『ふつう』にすらなれなかった人々は酷使され、子を産み育てることすら侭ならない。
それ程までに……この『王国』は、死に体だ。
そして僕は……そんな死にゆく『王国』に尽くすために製造され。
大切だったあの子たちは……こんな僕のために殺されたのだという。
辞めたかった。止まりたかった。逃げたかった。
もう……死にたかった。
だが、しかし。僕の頭の奥底に仕込まれた仕掛けは決してそれを許さず。
顔も知らぬ第三者の思うが儘に身体を、口を、意思を使われ。……全く意図しない方へと勝手に進んでいく。
人々を……同じ『王国』の民である筈の人々さえも虐げ、搾取し、未来を奪い。
手当たり次第に侵略し、また奪い、そうして一部のヒトのみが恩恵を享受する。
他でもない。その侵略の下手人は……僕だ。
狂っている。壊れている。こんな世界は存在しちゃいけない。
もし、本当に。クソッタレで下劣で最悪なこの世界をブチ壊すことが出来るのなら。
僕を……僕たちを、虐げ軽んじ蔑み、甘い汁ばかりを吸い上げていた奴等に……一矢報いることが出来るのなら。
彼女が、それを果たしてくれるというのなら。
(条件は…………何だ)
思い浮かべた言葉に対し、魔王はにっこりと笑みをもって反応を返す。
周囲全て、自分の身体さえも微動だにしない……停滞した時の中で。距離を隔てたここからでも明らかに見て取れる程に、彼女ははっきりと笑みを浮かべる。
『魔族の有力者を…………全て、殺して欲しい。私が『同盟』を駆逐する代わりに、ね。魔族が『軍』として成り立たなくなるまで。滅びを待つ他無くなるまで。……徹底的に』
(…………僕に、出来ると……)
『ふふっ。……出来るさ。そのための手筈は整える。私が全霊を以て力添えしよう。…………そうだね。まずは忌まわしいキミの戒めを……『王国』を消そうか。返事はそれからでも構わんよ』
(そんな…………ことが……)
理解した。
彼女の目指すものは……僕と同じ。
この世界の、この文明の『破壊』。
『同盟』と『魔族』、双方を効率よく駆逐するために……双方の勢力を均等に殺ぐために、僕を抱き込もうということか。
そしてなによりも。『王国を消す』という、魅力的極まりない提案。
もしそんなことが本当に可能なのだとしたら。そのときは魔族だろうと……何であろうと殺してやる。
元より……風化などさせるつもりもない、この世界に対する果てしない怨恨。
それを共に抱き、共に進んでくれるというのなら。
こちらこそ……願ったりだ。
『………ふふ。よく解ったよ。……ありがとう』
音も、空気も、時の流れさえも凍り付いたその空間……魔王城の発令棟で。
禍々しい少女は……可愛らしく微笑った。
『魔王城』両側部の装甲……長さ百m規模の鋼の装甲板が、ゆっくりと動きはじめる。鋼色の装甲の繋ぎ目に隙間が生じ、それは次第に幅を拡げる。腹の底に響くような重々しい音を立てながら巨大な艦はその形を変え……艦の全幅を、更に増していく。
両側に等しくせり出してきた構造体。今までは艦内部に格納されていた、長さ二百mはあろうかという長大な『箱』。その上部が一斉に光を帯び、低い音と共に尋常では無い魔力が溜まっていく。
明らかに『何かある』様相に怖気づいた駆逐艇が、いっせいに距離を取っていく。
「な……何だ!? 何をするつもりだ!! 『魔王』!!」
発令棟の中にも届く程、異常な程に光量と音量を増した、両側舷の箱。順調に出力を高めていくそれらは今や……艦の中心線と平行に走る、二本の巨大な『光の道』を作り出している。
尋常ではない事態に僕では無い僕の口が動き、どこか焦った様子の指揮者があからさまに取り乱す。
「クソ……ッ、おのれ魔王! 何をするつもりかは知らんが、これ以上勝手な」
「ああもう……五月蝿いなぁ。私がお話したいのは彼なんだよ。オマエじゃない。……身の程を弁えろ。………殺すぞ」
「…ッッ!!!?」
『魔王』から発せられる……物理的な重みさえ伴っているかのように錯覚する程の、濃密な殺気に圧され……自分の身体ながら面白い程に震え出す。……向けられたのが僕じゃなくて、よかった。
そうこうしている間にも二条の光は輝きを増し、魔王の傍らに立ちあがった半透明の立体投影情報表示板が、小さく電子音を響かせる。
その音が示すものは……満充填。
「待たせたね、ドライツェ。……今ラクにしてあげよう」
仰々しく一つ、指を弾く魔王。
列を成し並んでいた眩い光は一斉に飛び立ち、それぞれが意思を持ったかのように昇って行き……
『魔王城』艦橋の更に上、大気が存在するのかすら怪しい高高度に達すると……
融合した。
「内圧正常。中心温度正常。内胞魔電子加圧、分離反応正常。……まあ当然か」
「な…………なん………………」
魔王城の上空。突如として出現した、巨大な光の球。
潤沢な魔力と特製の魔導術式によって形成された――魔王城の動力によって生み出された疑似太陽とでも言えるであろう――超超高熱源体。
……それを。
「視ているのだろう。聴いているのだろう。親愛なる『王国』の諸君。………悪いんだけどさぁ、ちょっと消えてくれたまえ。……『投射』」
唐突に運動エネルギーを付与された『人工太陽』は。
放物線軌道を描きながらおよそ数十秒程、砲火に比べるといやにゆっくりとした速度で飛翔し。
最前線『魔王城』から遠く離れた『王国』本土に……着弾し。
『同盟』総司令部を中心とした半径一千mが一瞬で消え。
その余波で『王国』の都と周辺、半径およそ十万mは吹き飛び。
遠く離れたこの戦闘空域の大気をも、強かに揺さぶった。
……………………
…………………………………………
「…………あ、……あ…………?」
頭の中、頭蓋を内側から戦鎚でぶん殴られたかのような衝撃。
しかしながらその後は……至って『静寂』。
如何に厳重に、逆らえないような設定が成されていたとしても。十重二十重にプロテクトが張り巡らされ、『王国』に刃向う手段を全て奪われていたとしても。
管理者と管理術式を纏めて……第三者に物理的に消し飛ばされてしまえば、これ以上乗っ取りなどされよう筈が無い。
「おはよう、ドライツェ……我が友よ。具合はどうかね」
「………………あぁ、………喋、れる。………………動ける」
「ふふ。………それは何よりだ」
頭の中を、いけ好かない誰かの声に侵されることも無く。
身体の制御を、見知らぬ第三者に奪われるようなことも無く。
僕ではない誰かに、この身体を使われることも……恐らくもう、無い。
傍らで、可愛らしい笑顔を見せる少女。人々に『魔王』と呼ばれ、世界中から絶えぬ憎悪を向けられている……彼女。
彼女のお陰で……彼女が僕を乗っ取っていたモノを全て纏めて消し飛ばしてくれたお陰で……
身体を、僕自身を………凡そ十年ぶりに、取り戻すことが出来た。
「積もる話も話したいことも沢山あるが……今の君には酷だろう。………とりあえずは、ゆっくり休みたまえ。それからでも遅くは無い」
「……………ああ………あり、がとう……」
「相当疲れているだろう? 何かしてほしいことはあるかい? おっぱいあげようか? 膝枕しようか?」
「……遠慮する」
「ああん」
にこにこ顔で間合いを詰めてくる『魔王』。……名前は確か……そう、『プリミシア』。
禍々しい肩書とは裏腹の可愛らしい名前。人肌に飢えた様子でぺたぺたと触れてくる彼女に、口角が勝手に上がるのを感じる。
僕自身、他人との接触は好きじゃない。
だが、しかし。……彼女の言動は…………嫌じゃない。
「……すまないね、少し調子に乗った。改めて…………とりあえずは、ゆっくり休んでくれたまえ。……ああ、寝台らしい寝台が無いな、重ね重ねすまない」
「構わない。…………ありがとう、プリミシア」
「……っ!! ああー! 好いね!!」
満面の笑みと共に繰り出された……腰の入ったガッツポーズ。
意識の端でそれを見、意外な一面に苦笑を溢し……
「……おやすみ、ドライツェ。……良い夢を」
あっさりと、意識は沈んでいった。




