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109_勇者と少女と心労裁判



 真っ白い敷布(シーツ)がきっちりと敷かれた、簡素な寝台(ベッド)が並ぶ小部屋。壁際には一面に棚が造り付けられ、大小様々な硝子容器や箱が収められている。


 ドゥーレ・ステレア湖南砦、共用厚生棟の一画。医務室のいちばん奥の一画は幕で仕切られており、とある一団が占拠していた。



 幕の外側、幕に背を向けるように仁王立ちで睨みを効かせるのは、二人の青年。……どちらも心なしか顔が赤い。




 それも仕方の無いことだろう。


 幕を挟んだ逆側、周囲からの視線を完全に遮断された空間では、素裸に拭布(タオル)一枚纏っただけの身体……未だ幼さの残る発育途上の身体を大気に曝し、身体の火照りを鎮めんとする獣人(セリアンスロープ)の少女が……無防備に横たわっているのだ。




 「心配ないですよ、少しのぼせてしまったようですね。お水飲んで少し身体を冷ませば問題無いです。……冷やしすぎないようにしてくださいね」

 「は……はひ………ありがとうございます……」


 低すぎない室温で緩やかに身体を冷やしながら、拭布(タオル)を掛けることで冷え過ぎを防ぐ。

 対処としては間違っていない筈なのだが―胸部から腹部を通して股間部へと至る、その一部分のみしか隠されていないアイネスの身体は――いかんせん年若い男性の目には『毒』そのものであった。

 騒ぎを聞き付け、ニドの先導により駆け付けた男衆二名は……拭布(タオル)を掛けられる前のアイネスの裸身を目撃してしまい叩き出され、居心地悪げに見張りに徹している。



 「末端をすこし冷やしてあげると血管が縮むので、頭に早く血が集まるんですよ。最初の対処が良かったですね」

 「だろ? 私はヤる(とき)ゃちゃんとヤるんだぞ」

 「はふ……すみません……ネリーさま……」

 「……まぁ良かろう」


 一部ニュアンスに疑わしい部分はあったものの……事実ネリーの手際はなかなかに優れていた。

 半泣きでおろおろと狼狽える全裸のノートを尻目に(ガン見しながら)、湯の中へ倒れ混んだアイネスの裸身を引き上げ(隅々まで堪能し)、水を含ませた手拭布(タオル)でアイネスの両手足末端を冷まし、患者の容態の変化をつぶさに診断(視姦)していたのだ。

 少々、……ほんの少々、その手つきや視線に(よこしま)な部分が見え隠れするものの……対処手法そのものは何ら間違っては居らず、そのためニドは(正直別の意味で)安心(出来るかと言われれば首を傾げざるを得ないが、とりあえず強引に納得)してヴァルター達を呼びに行くことが出来、紆余曲折の末に医務室の一画を借り受けることが出来た。

 こうしてアイネスを適切な状態で休ませることが出来たのだ。(ノートと同じくらいの背丈の少女が豊かに実った両の胸を弾ませながら砦敷地内を全裸で駆けずり回る……などといった)些細(・・)なことは、この際どうでも(・・・・)良い(・・)だろう。







 「良くねえよバカ野郎!!!」

 「おお……?」「んぴ」




 幕の向こう側から投げつけられた大声に思わず跳ね上がり、同様にビクつき固まるノートを尻目に……何ぞ何ぞと幕の外側へと姿を表すニド。

 その瞬間彼女に注がれた周囲の視線、あからさまに変わった空気、突如漂い出す緊張感を肌に感じつつも、気にした風でもなくニドは口を開く。



 「随分な言い様ではないか、坊。よりにもよって(ワレ)を馬鹿呼ばわりとは……聞き捨てならんぞ」

 「あんな真似して『聞き捨てならん』も何も無ぇわ!!」


 『心外だ』とでも言いたげなニドの表情に、顔を真っ赤にして怒鳴り付けるヴァルター。その様子を幕の隙間から頭だけひょっこり出して見守るノート。



 「素っ裸で基地ん中走り回る奴が居るか!! どんだけ被害出たと思ってんだ!! 馬鹿か!!」



 勇者ヴァルターの切実な訴えに、周囲の寝台(ベッド)を埋め尽くす男性一同……湯上がりでほんのり色づくニドの裸身を見せつけられ鼻血を噴いて倒れた多くの兵士達は……ぶんぶんと首肯していた。


 医務室の最奥部一画はアイネスに充てられていたものの……そこを除くすべての区画には、ニドの所業による被害者が大挙して運び込まれていた。

 今でこそちゃんと上下(と言っても例によって少年兵用の衣装であり、断じて小さな少女の身体に合うものではない)着衣が施されているが、それによる効果の程は相変わらず怪しい。低身長であるが故に覗き窺える胸元からは、小柄な体躯に不釣り合いな瑞々しいふくらみが顔を覗かせており……その二つの丸みの谷間は、兵士達に止めを刺すには充分すぎる破壊力を秘めていた。



 「……そのことは済まぬと言うたであろ。ちゃあんと反省しておるではないか……」

 「罪状はまだあんだよな!!」

 「おお……?」「ぴや」


 珍しく拗ねたように口を尖らすニドに、なおも続けられるヴァルターの原告証言。その大声とあまりにもの剣幕にノートは思わず首をすくませる。


 「さっき!! トイレ!! おま……トイレだぞ!! そのナリで男用(・・)使う奴があるか!? しかも小! ……お前、ほん……お前…………立ちション(・・・・・)すんじゃ無ぇよ!! 解れよ! 馬鹿か!?」

 「……………(ワレ)は御前に(なら)っただけなのだが」

 「お前かァァァ!!!!」

 「んぴぃぃぃ!!!」



 ことの成り行きを見守っていたらいきなり自分に降ってきたカミナリに、ノートは奇声を上げて(うずくま)る。しかしながらそれでヴァルターの追及が止まるわけでもなく、罪状はつらつらと供述されていく。



 湖南砦の男性用トイレ、壁面に並んだ小水(おしっこ)用の区画。大きいほう用の個室とは違って開放的なそこ(・・)で男性兵士が用を足そうと腰の小剣を構えたところ………突如、小さな女の子二人が連れ立って入ってきた。

 あまりにもあんまりな事態に硬直する男性兵士達の中、少女たちはおもむろに下履きを下ろし、脚を開き、腰を突き出し、……あろうことか排泄を始めたという。



 信じ難いどころの騒ぎではない。


 ()にも(かく)にも、有り得ない。



 額に青筋を浮かべ、珍しく本切れす(ブチギレ)るヴァルター。有り得ない事態に翻弄されるのが自分達だけならまだ良いが、招き入れて戴いた先での騒動……よそ様に迷惑を掛けるような行動は、流石に大目に見るというわけには行かない。

 場所が場所なら、立場が立場なら、……それこそ自分達が『勇者一行』という肩書きを賜っていなかったら、ひっ捕まって牢獄に投げ込まれていても可笑しくは無かった。このあたりは治安も別段落ちぶれていないが、こうではない場で女の子がみだりに隙を晒せば……果たしてどうなってしまうのか。何をされてしまうのか。

 そのあたりの、そういう方向の『危機感』というものも……人馴れしていない未だ幼いこの子は持ち合わせていないのだろう。


 ………頭が痛い。胃が痛い。




 「えあ………えあ………わた、わた、わたし……」

 「頼むから……! ちゃんと女の子らしくしてくれ!! 頼むから!!」

 「……わた、し……? ……おんなの、らしく……」

 「ああ……ただでさえフレー………あの鳥(・・・)のことで頭一杯なんだよ……これ以上心配(・・)掛けないで(・・・・・)くれ(・・)……」



 ……心配を掛けないでくれ。


 ここ数日の目まぐるしい事態によって、心労が積もりに積もっていた勇者ヴァルター。

 その言葉は彼の意図しない方向で……ノートの頭に刷り込まれてしまった。




 「んい……あるたー、とり、こまる。………しんぱい………やだ?」

 「ん? ……ああ………心配事が増えるのは勘弁してほしい」

 「しんぱい、ふえる、は………やだ?」

 「ああ……やだ。……解ってくれた?」

 「……んい。…………んい」

 「そうか……良かった……」



 盛大にため息を突き、がっくりと肩を落とすヴァルター。彼の頭の中では『ノート達が女の子らしく大人しくすること』に対しての同意を得た、と解釈していたのだが………残念なことに認識の齟齬が生じていたことに、疲れきっていた彼は最後まで気づかなかった。


 傍らに立ち、想像の遥か上を行く酷い事態に呆気に取られっぱなしだったカルメロ、朦朧とする意識のもとで羞恥心さえも霧消しているアイネスも……当然そんな認識の齟齬に気付く様子も無く。

 衛生兵に乞われるがまま、鼻血を噴いたことで貧血気味を訴える男性兵士の処置に回っていたネリーは、そもそも話を聞く余裕が無かった。





 ノートの身体の出自に関し、正解に近い解答をただ一人持ち合わせ、かつ未だ短い付き合いながらノートの性格を殆んど正確に推し測っているニドは………



 気付きながらも、何も言わなかった。

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