101_勇者と亡者と圧迫面接
「未だ未だ足りぬ。抗え。足掻け。全霊で以て吾を愉しませよ。……出来ぬのなら………解っておろう?」
「や……ッてやらァ畜生! あいつらに手ぇ出させ痛だァ!?」
「踏み込みが単純よな。そんなんでは……よっ」
「ぐっ……!? ッあ……!?」
「ほれほれ。首が落ちるぞ? 危ない危ない」
斬り込んだ勢いを軽々といなされ、お返しとばかりに黒剣が首を襲う。避け損ねれば致命傷は免れられない。
しかしながら斬撃の軌道が『見えている』ということは……この振りは全く本気ではないのだろう。
自らを『亡者』だと、とうの昔に死に絶えた残り糟だと語っていたが……冗談じゃない。残り糟でこれならば全盛期は如何程なのか。
そして……そんな化け物を下したという強者とは、一体何者なのか。
「嘗められたものよ。……な?」
「が……あぁッ……!!?」
圧倒的に強大な敵との戦闘中に余計な考え事をするなど、単なる自殺行為に他ならない。
不可視の斬撃、こちらの認識の届き得ぬ神速の剣が肩を貫く。
左肩――利き手とは逆の肩を穿たれた……ということは、このまま続行するとの意思表示なのだろう。
「……なっとらんのお。まるで躘蹱歩きだ。………これはちぃとばかし外れかのお」
とんとんと、黒染の剣で自らの肩を叩く。……期待外れだ、暇だ、とでも言いたげに。
失望させてはならない。興味を失わせてはならない。死に物狂い、いや例え死ぬとしても……死力を尽くして食らい付いていかなければならない。
でなければ……あの子を護れない。
「……ほう?」
甲高い音を立てて、黒い剣が弾かれる。防御を打ち払った白い剣を引き戻すことなくそのまま押し込み防御を封じ、その隙に別の武器――自分の頭を、叩き込む。
頭から突っ込む……体ごとぶつかる一撃。軽いほうではない全体重を乗せた質量攻撃ならば、そうそう楽に捌かれはしないだろう。
……だが。
「たわけ」
「あ痛ッ」
起死回生の一撃となるはずだった攻め手は呆気なく捌かれ、咎めるような拳骨が降ってきた。
「剣に頼らぬ思い切りや良し。………だがな坊。ちぃとばかし軽率が過ぎるぞ。……いちばんの弱点を矢面に曝してどうする阿呆。蹴り割ってくれようか」
「…………確かに。これじゃ自殺行為か……」
「頭は論外じゃ頭は。落とされたら終いよ。剣の他に攻め手を探るは良い策だがの。……あの強者めは脚だったか」
「…………脚」
「坊は盾は持たぬのであろ。ならば逆がわの手も使えよう。拳を握るでも良し、小刀を握るでも良し。……まぁどちらにせよ、落とされても戦いを続けられるものを武器とせえ。頭は論外じゃド阿呆」
「ぐ………」
言わんとしていることは解る。理にかなっているようにも思える。だがしかし……そんな小手先レベルの体捌き程度では、眼前の亡者には――ヒトの形を取った『神話級』化け物には――到底届かない。
気合いだけでなんとかできる次元じゃない。打開策を考えなければ。でなければあの子を……あの子達を護れない。
奴は時間が切れるまでは、自分の命を奪おうとしているわけではない。いやむしろ逆、自分が楽しむためでもあるのだろうが……それこそ稽古を付けているかのようだ。
たが……このまま時間を浪費するだけならば。永遠に結果が変わらないのならば。いくらやっても同じならば。
……奴にとっては、気長に付き合う理由もないだろう。
付き合ってくれる、ということは。
気長に待ってくれている……期待されている、ということは。
あるのだ。どこかに………手懸かりが。
「目付きが変わったの。何か思い付いたか?」
「いや……まだだ」
「ほうかほうか。……だが急げよ、坊。坊が此の侭殺り甲斐無ければ………あの白い小娘を殺りに行くでな」
あまり時間は掛けられない。……そういう契約だった。
………………………
扉を潜った先。だだっ広い空間に鎮座していた、爬虫類の特徴を遺す巨大な頭蓋。
その骸が突如として変貌した……虚ろさと狂気を秘めた黒い男の姿を一目見て、ノートは即座に錯乱した。
今まで上げたことの無いような……混じりっけなしの『恐怖』に染まった悲鳴を上げ、頭を抱え耳を塞ぎ……外界を遮断するかのように蹲ってしまった。
そんな彼女に興味を持った得体の知れない男は……自らを『ニーズヘグ』と名乗り、ノートとの殺し合いを所望してきた。
小さく蹲り、頼りなく震えている。……あんなにも弱々しい、儚い彼女に……こんな得体の知れない奴を相手取らせる訳には行かない。
勝てないであろうことは重々承知の上。無視されるのではないかとも思っていたのだが。
なんと意外なことに……自称ニーズヘグは、我が身を差し出すヴァルターの申し出に付き合ってくれるようだった。
肉体的欠損は即座に修繕され、破壊による変化、時間の流れさえも停滞する……勝敗を決するためだけの異空間。
存分に殺し合いを愉しめる遊び場『亡者の河岸』を創造し、彼……の形を取った化け物は言った。
『吾を愉しませよ。満足行くまで戦わせよ。……吾が物足りなければ、吾が満足出来ねば、吾がつまらぬ徒労と思うたならば………即座に喰い殺し、その白い小娘を殺す』
………………………
奴の言うところの、白い小娘――ノート。彼女を護るためには、奴を愉しませるしか無いらしい。
あまり悠長なことはしていられない。奴に愛想を尽かされたが最後……認識不可能の斬撃で即座に斬り刻まれるだろう。
愛想を尽かされては、当然身体の修繕など望むべくもない。死ぬだろう。
自分が呆気なく殺され、ノートは勿論……ネリーやアイネス、カルメロも殺される。
避けなくては。
なんとしても、食らい付かねば。
あの『神速』に……どうにかして届かなければ。
奴は言った。『今の吾の姿は、技は、技巧は、かつて吾を下した強者のモノ』だ、と。
つまりあの『神速』は。軌道さえも見えない圧倒的な剣捌きは。
あの姿をもった『ヒト』の『技』に、他ならない筈だ。
獣人でも魔人でもない、同じヒトである。彼……の模倣先であった者に出来て、自分に出来ない道理は無い筈だ。
考えろ。考えろ。考えろ。
「光明は見えたか?」
「……ほんの少しな」
「呵々! それは好い! 詰まらぬ余興を設けた甲斐も在ったと謂うものよ」
「………んなコトより……あんたの魔力は大丈夫なのか?」
「坊に心配される程ではないわ。……この身の戦振舞いだがな、まこと魔力の掛からぬラクなものよ。ヒトの身とは此ほど迄にラクなものか。技巧とは此ほど迄に愉快なものか」
「魔族はそんなに大変なのか?」
「応とも。常に魔力を……坊らの謂う『身体強化魔法』を使わねば、飛び回るはおろかロクに駆けずり回ることも侭ならん。吾はまだマシだが、立ち上がることすら出来ぬ不出来者も居るでな。……だからこそ力押し、単調な攻めしか出来なんだ」
黒染の剣を弄びながら、ニーズヘグはどこか自嘲交じりに笑い、語ってみせた。
魔力と権能に任せた力押し一辺倒だった彼は、遠い昔こそ比肩無き強さを誇っていたが……あるとき攻め入ってきたヒトの雄に敗れたという。
同族の中ではどちらかというと殲滅力に劣り、類稀なる継戦能力と持久力がウリであった彼は、『勇者』を名乗るヒトの雄を相手に極め切れず………長い長い長い応酬の末、終には討ち取られた……らしい。
「それこそ悔しうてな。この吾が負けたという事にもだが、それよりも吾の攻めを悉く往なされたことがな。……だが同時に思うたわけよ。『吾より劣るヒトが吾を下すに至った技巧。……それを吾が身に付ければ、如何なるか』……とな」
首を断たれ、蓄え込んでいた魔力の殆どを喪失しながら……廃棄個体一時格納施設へと安置された、ニーズヘグの頭部。残ったほんの僅かな魔力をかき集め仮初の生を造り出し魔力を蓄え始めたところで………遺跡動力部が突如沈黙した、ということらしい。
「そうして只ひたすら、真暗闇の中あ奴の動きを再現しようと……『技巧』を磨こうと足掻き続け幾星霜。吾の魔力も目減りするばかり、此の侭朽ちるだけかとも思うたが…………やっと掴まえた好機。待ちに待った『遊び相手』よ。そりゃあ丁重に扱うとも」
「それはそれは……どうも」
「応とも。……さて、そろそろ良いか? あまり失望させるでないぞ」
「ああ………行くぞ」
「呵々! 来るが良い!」
ニーズヘグが長い年月……千数百年掛けて辿り着いた、『神速』の技巧。
残された時間は恐らく少ない。どれ程残されているのか、正確なところを知る由もない。
だが……他でもない、今。
今この場で、辿り着かねばならない。
自分は勿論、ネリーや……ノートの生命が掛かっている。
「右足。貰うたぞ。おお痛い痛い」
「ぐ……ッ!!?」
自分は『勇者』。この世界を守るため、負けるわけにはいかない。
だが……それ以前に。そんなことなんかより。
身近な女の子すら護れないなんて……あってはならない。
「……片足一本でまァだ挑みかかるとはの。なかなか見上げた根性よ。強いて言えば………遅きに過ぎるがの」
「ゲホ………ッ、……ガ……ッ」
「おお、済まん済まん。さすがに喉を潰されては苦しかろ。直ぐに仕切り直そう。………まだ殺れるか?」
「ガ、ふッ、……………当、然」
出来るか出来ないかなどという……選択肢を与えられているような、そんな生易しい次元じゃない。
やらねば、ならない。




