100_死地と勇者と故代の亡者
百話だよ!すごい!よく続いた!!
いつもお付き合い頂きありがとうございます!!!
主要登場人物紹介
【ノート】
女(?) 年齢不詳(外見年齢10歳程度)
元・勇者。かつて世界を滅ぼした主犯の片割れ。
魔王の幼体を得て無様に蘇る。
羞恥心が皆無。見た目は可愛い幼女なだけに色々と危険。
判断力が致命的に無い。低能。アホ。数々のトラウマ持ち。
脳筋。
【ヴァルター】
男 20歳
現・勇者。ノートに襲われ責任を取らされる。常識人で苦労人。
勇者らしい思考と勇者らしい能力を備えた理想的な勇者。
ノートの正体を懸念してはいるが、悪いものだとは思っていない様子。
ただ無防備過ぎる言動には気を付けてほしいと常々思っている。
それなりの判断力を持った近接アタッカー。
【ネリー】
女 ?歳
集落から外界へ飛び出した『はぐれ長耳族』。
ヴァルターの付人兼指導役。
可愛いものと可愛い女の子と小さくて可愛い女の子が好き。病気。
物理に魔法に索敵にと臨機応変に立ち回れる万能選手。
【シア】
雌 ?歳
ネリーの半身。使い魔。人慣れした人鳥の少女。
ちっちゃくてやわらかくてふわふわ。
人語を解するが喋れない。ぴゅぴぴゅぴ。
全身が暖かな羽毛。上腕と腰から先は怪鳥のそれ。
偵察要員および魔法アタッカー。加えて抱き枕要員。
【メア】
男 年齢不詳(推定10歳前後)
ノートによって捕獲された戦利品。貴重な常識人。
華奢で従順で控えめ。女の子よりも女の子らしいが、ちんちんがある。
荒事は不得手。現在は住み込みで女給のアルバイト中。
純粋なデバッファー、および家事全般を担当。
目下の悩みは主人によるセクハラ。
薄暗い空間を、鋭く黒い光が疾る。
常人には到底捉え得ぬ速度の斬撃を身を屈めて躱し、縮めた発条を解き放つが如くそのまま踏み込み、振り上げる。
相手は剣を振り抜いた直後。無防備であるはずの身体を下から上へ、真っ二つにする軌道で振り抜かれた白剣はしかしながら……認識の遥か外を行く高速で引き戻された奴の剣であっけなく弾き飛ばされる。
「おっ……かしいだろそれ!!」
「呵々々! まだまだ序の口……よッ!」
軽薄な笑い声と共に常識外れの速度で振られた軌跡は、もはやヴァルターの動体視力をもってしても視認不可。剣の振りなどという生易しいものではない。気がついたら断たれている。
「そら。まァた一本貰うたぞ」
「……ッッが、ぁ!!?」
見えなかった。避けられなかった。防げなかった。
冗談や誇張などでは無い。剣速だとか見切るだとかそんな次元では断じて無い。気がついたら腕が無くなっていた。
背筋を駆け上がり脳髄を灼く激痛。断面からは夥しいほどの血が零れ落ち、左の肘から先は当然のように反応を返さない。
……当たり前だ。何故なら自分の左腕はすぐ目の前に転がっているのだから。
「……児戯だのお、お前さん。遅い遅い、欠伸が出る。……そんな体たらくであれに太刀向かう心算か」
「うる……ッ、せぇよ! 文句あっか!」
「呵々! そうさな。訊くだけ野暮であった。……ほれ、早う立て立て。仕切り直すぞ」
「………ッ、……ああ、頼む」
いかにも楽しそうに口の端を吊り上げる、そいつ。
剣を持たぬ手が宙に何事かを書き綴り、得体の知れない魔力が溢れ出る。
脂汗がびっしりと滲み出ていたヴァルターの顔から、苦悶の表情が落ちる。床に転がる左腕、零れ出た夥しい血は黒い光の粒子となって霧消し、幾分短くなったヴァルターの左腕……その切断面に集う。黒い光の塊は見る見るうちにその形を変え、ついには腕の形を成す。
その光が消え去った後。断たれた筈の左腕は奇麗に繋がり……断たれる前の状態へと差し戻っていた。
「此の『亡者の河岸』に居る限り……坊の『死』は吾の支配下よ。………易々と死ねる等思うで無いぞ?」
時間さえ遡るかのごとく……無傷なままであった頃の腕を『創造』する。
そんな途方も無い芸当を呆気無くやって見せる、得体の知れない眼前の男。
「さァて。吾の魔力とて無限では無いぞ? 坊が身を壊す程に稽古の時間が減ると知れ。吾が終るが先か、はたまた坊が吾を下すが先か。……坊を直せんくなる前に、見事吾に届いて見せよ」
「ああ。……も一回、頼む」
「好い好い。其の意気よ。……さぁ来やれ! 今代の『勇者』よ!」
だらんと剣を構える……いや、構えと言う程のものでもない。単に剣を提げているだけの、一見すると隙だらけの体勢で男は誘う。
『好きな場所に打ち込んでこい』。そう言わんばかりの棒立ちだが……まんまと誘われ返り討ちに遭うこと――腕や脚が胴体から分割たれること、既に六度。
次元が、違う。
そのことをヴァルターが体感するに、さしたる時間も要さなかった。
(身体全強化……! 在れ!)
全身全霊、最速で放った渾身の刺突。
最短距離を駆け抜けた白剣とヴァルターの身体は、その動きを完全に捉えていた男が僅か身を引くだけで……呆気なく空を切り、鑪を踏む。
……そして、それを見逃す奴ではない。
「ぐ!? ……っごはッ……!!」
「それが全速か? 遅い遅い。爺の散歩か」
「……ッ、ぐぅ……っ」
床に臥せり喘ぐヴァルター、その胸を踏みつけながら……容赦の無い駄目出しをしてくる黒い男。
突き入れた腕を取り、そのまま背負い投げ床に叩き付ける。その挙動すら捉え得ぬ程に高速。
音速に匹敵する速度で振り回され打ち付けられた身体。……身体全強化によって魔力内骨格が形成されている筈の身体にも着実にダメージを通す程の……衝撃。
見た目こそ只の不審な『黒い男』、しかしながらその挙動は明らかに……ヒトの域を逸脱している。
……勝てるわけが、無い。
だが……退くわけには、いかない。
不揃いに切られた頭髪。爛々と獣じみた光を湛える瞳。片手にだらりと提げられた剣。………そのすべてがただただ黒い、顔つきそのものは年若いであろう男。
かつて自らを下し――首を落とした『強者』、その出で立ち、その技巧、その得物を模倣し、研鑽し………千数百年という長きに亘り、ただただ一途に強者との再戦を渇望し続けてきたという……亡者。
一度は斃され首を断たれ、その身と魔力の殆どを喪失しつつも……自身の権能『創造』によって仮初の生を得た、『神話級』魔族が一柱。
――名を………ニーズヘグ。
「未だ未だ足りぬ。抗え。足掻け。全霊で以て吾を愉しませよ。……出来ぬのなら………解っておろう?」
長い長い長い眠りから目覚めたニーズヘグは……男の顔を蛇のように凶悪に歪め……
さも愉しそうに、笑った。




