98_遺跡と少女と地底の暗雲
招かれざる客を武力を以て撃退・鎮圧・排除・除去するため設置された各設備、遺跡内部の各種防衛機構……つまるところ極めて致死性の高い、えげつない罠の数々。在りし日は敵側の密偵や潜入者を悉く駆除してきたそれらであったが………長き刻を経た今となっては、その稼働率は極端に低下していた。
遺跡自体は千と数百年ぶりに『魔の王』の存在を認識し、再起動を果たしたものの……遺跡内設備を稼働させるための主動力機関が軒並み停止しており、非常用の小型主機……それも只一つだけ生存していた動力機関の頼りない出力が、現在施設を動かしている全動力であった。
十全の状態であれば基地防衛用制御中枢に連なり、一元統轄管理される上級防衛機構群――内部制圧用の自動戦闘人形や通路各所の封鎖隔壁、極強酸性流体噴出弁や強毒性気体噴霧装置等といった物騒な品々――それらは幸いにして機能を停止しており……設定された探知範囲に限り自己判断で稼働し、申し訳程度に火を吹く下級防衛機構……自律砲台のみが、健気に職務を全うしようとしていた。
………………………
「四基だ。そろそろ………はい来たー」
「はいはーい。矢よ、疾れ。疾れ。…疾れ。……はい。一丁上がりです」
「余裕だな。どんどん手際よくなってくじゃねぇか」
「んいい………んいい………」
当初はおっかなびっくり、少しずつじりじりと進んでいた自律砲台の排除であったが……今となってはもはや単なる流れ作業。探知し、砲火を打ち払い、砲座を撃ち抜く。……その繰り返しであり、撃ち抜いた総数は既に五十を越えていた。
実体矢の消費を抑えるために魔力矢へと切り替え、狙撃手の魔力消耗を抑えるために小休憩と霊薬服用を挟みながらの進行。ゆっくりではあるが着実に、危なげなく進んでいった。
ただ一人……ノートはどこか浮かない、どこか申し訳なさそうな複雑な面持ちで……心配そうにカルメロを見つめていた。
「そりゃー慣れもするわ。さすがにあんだけ数こなしてりゃあ、な……」
「はは……確かに。しかし、まぁ……動かない的なので気は楽ですね」
「んい………かるめー、まりょく、へいき? ……だい、じょう?」
「大丈夫です。お心遣いありがとう、ノートちゃん」
「………んい」
招かれざる客――侵入者を排除せんと、健気に奮闘しようとする自律砲台だが……残念ながらその職務を果たすことは出来なかった。
………………………
「………崩れてんな」
「崩れたってか……壊されてる、ってぇか……」
障害を排除しながら、更に進むこと暫し。やがて一行は、とある三叉路に差し掛かる。
進んできた通路と直交するように、右と左に分かれる通路。……しかしながら二方向に伸びる通路の一つは不自然に、明らかに人為的に破壊されていた。
床や壁から生える、醜く拉げた構造部材のなれの果て。特に床材は大きく捲れ、更に周囲一帯は黒々と煤けており、向こう側で大きな圧力――それこそ大きな爆発が生じたことを物語っている。
「既に先客が居た……ってことは?」
「……無いと思います。あれだけの数の罠が健在でしたし」
「そもそも入口開いて無かったしな」
「………そう、か。……そうだな」
丁字路を向かって左手側、足の踏み場もあるか怪しい程に砕かれた――真っ黒く変色した通路の向こう。恐らくはこの遺跡が放棄される際に……管理者が自ら破壊したのだろうか。
それ程までに――執拗に、物理的に破壊してまで隠匿したかった区画。フレースヴェルグのことやこの遺跡のことなど……求めていた情報の殆どは、恐らくこの先の区画にあったのだろう。
ただ、それら情報が今なお遺されているかどうかは……見ての通りであろうが。
「……行くか?」
「私は嫌だぞ。通れるか解んねぇし……そんで無駄足だったら目も当てられねぇ」
「…これ、……崩れたら助かりません……よね」
「……僕も、ちょっと遠慮したいです……」
「だよな。正直俺も嫌だ」
反対四、棄権一。過半数の意見により撤退が採択され、一行は破壊の爪痕残る通路に背を向ける。
いつのまにか言葉少なく、ぎこちなく硬直している白い少女を窺いながら……三叉路の分岐点まで引き返していった。
左右に分かれていた丁字路のうち、まだ状態の良い右手側。しかしながらほんの少し進んだところで、一枚の扉に行き当たった。
扉の脇には開閉スイッチと思しき押し釦があるものの、どうやら機能を喪っているらしい。押しても引いても開こうとはせず、前後に僅かに揺れるのみ。観音開きと思しき扉は爆圧によるものか微かに歪み、その隙間からは向こう側の空間が……仄かな点検灯の明かりが見て取れる。
「………ブチ破るか?」
「良いんじゃね? どうせもう壊れてんだし。蹴破っちまえ」
「あ………あのっ、わたしが……」
強硬手段に出ようかと画策するヴァルターに、おずおずと申し出る赤髪の少女。
先程までの同僚の活躍を間近で眺めていた彼女は……自分も何か役立ちたいと、自ら協力を願い出た。
「わたしも……特務隊の一員ですっ。………お役に、立ちます」
「……すみません、勇者様。この子こう見えて意外と頑固者で……」
鼻息荒く気合いを入れる少女と、申し訳無さげに眦を下げる青年。その心情を如実に表す表情豊かな三角形を見やり……ヴァルターとネリーは身を引くことと決めた。
「わたしとアンフさんは、もともと突入要員なんです。……扉を破るのは、たくさん練習しました」
「扉を破る練習ってのもスゲェな……何を想定してるんだか」
「……そこはノーコメントで……お願いします」
何所か楽しげに肩を回し、準備を整えるアイネス。健康的に鍛えられ、それでいて柔らかさを兼ね備えた剥き出しの両腕に魔力が巡り……魔力皮膜が表面を覆う。
『表層硬化』――通常は表皮の下に展開される魔力の鎧――それは体表面に纏わせれば触れるものを弾き飛ばす、斥力の魔法となる。
両腕に限定して表層硬化を表層展開し、鋭い踏み込みから繰り出される拳打に載せてそのまま殴り飛ばす……見た目の可憐さとはそぐわない戦闘スタイルが、アイネスのお気に入りだった。
「扉を破るときは、打ち込む場所と踏ん張りが重要なんです。狙うのは鍵の部分、本締の根元のあたり。踏ん張るほうの軸足は踵を固定するように、身体が後ろにずれないようにしっかりと」
「お……おう」
先日ノートと繰り広げられたガールズ(?)トーク以来、密かに気になり始めていた……隣国の『勇者さま』。他でもない自分の同僚が、その勇者さまと親しげに言葉を交わしているのを見て……『勇者さまとお近づきになりたい』『勇者さまに良いところを見せたい』との欲求が出てきてしまったお年頃の少女……アイネス。
それ自体は悪いことでは無いのだが……アプローチの仕方がなんともズレてしまっていたのだが…………適切なアドバイスを施せる者は、残念なことに存在しなかった。
「肩から行くのはダメです。脱臼の危険があります。普通は踵で蹴り抜くのが良いのですが、わたしはこっちのほうが向いてるようなので……」
言い終わるなりアイネスは構える。身体を半身に、軸足を固定し、拳を開き手首を反らせ………弓を絞るように肘を張り右腕をせいいっばい引き下げる。
両腕を覆っていた魔力が一段と密度を増し、表皮内部の魔力骨格と併せて強固な耐衝撃構造を形成していく。
「…………いきます。砲掌……『貫』」
小さく呟くような宣言の後、アイネスの右腕が唸りを上げて打ち出された。
増強された運動機能――身体全強化の恩恵を十全に受けた肢体によって繰り出された右腕は、もはや音速に届かんばかり。
爆発的な加速をもたらされた右腕は。
まるで砲弾のような勢いと破壊力を秘めたまま、ものの一瞬で奔り………
――――ぶち抜いた。
アイネスの右腕、渾身の一撃が着弾した瞬間。
僅に歪んでいた鉄扉はその歪みを呆気なく増し、扉を支えていた上下の基部は力任せにもぎ取られ、周囲の壁面と繋ぎ止めていた金属板を引き千切り……
そのまま奥へと吹っ飛び、向こう側の壁にぶち当たりけたたましい音を立て……
「…………」
「……………」
「……………………」
「…………………………えっ? 深くね?」
観音開きではなく、戸袋への引き込み式だったらしい大扉の向こう。
頼りない点検灯がぽつぽつと点る、地中深くへ続く縦坑の底へと……
千切れ飛んだ扉だった金属板は、がつんがつんけたたましい音を立てながら落下していった。
しばしの後。ひときわ大きく耳障りな音を響かせ、やっと沈黙した縦穴。
五人が呆気に取られ覗き込む……ようやく静寂が戻ってきた、底さえ見渡せぬ縦穴。
……その、すぐ脇。
開閉スイッチ改め、エレベーターの操作釦の横には……表記の消えかけた一枚の案内板が貼られていた。
ヴァルター達五人が誰一人として気付くことのなかった、小さな案内板。下向きの矢印と共に書き込まれたその一文は、このエレベーターの………縦穴の行き着く先が、酷く簡潔に記されていた。
『※※※ 隔離格納区画 ※※※』
『注意・有資格者以外侵入厳禁』
この世界の言葉ではない、かつて一度滅んだ文明の文字で記された注意表記――無許可者の侵入を咎める表記――は、誰の目にも留まること無く………
不心得者の侵入を防ぐという、その役目を果たすことは……ついに出来なかった。




