95_少女と決意と相思相愛
目がさめた。
おひさしぶり? ……です。なんだか身体がとても重いです。
目を開けて視界に入ったのは……なんだかよくわからない天井。小屋の天井でもなければ、テント布の天井でもない。……どうやら知らないところのようです。
……そもそもなんで眠っていたんだっけ。何だかいまいち頭がはっきりしない。頭の芯がぼんやりと霞がかっているような、思考する力が軒並み眠りこけているような。
聡明なわたしがこんなにも参ってしまうなんて……よっぽどのことがあったに違いない。身体も重いし、頭も重い。これも魔力を消費しすぎたのだろうか。
…………魔力を、消費しすぎた?
なぜ。なにに魔力を使った。……そうだ、身体の修復。ボロボロになった身体を修繕するために――部分的に代謝を加速させ、死んだ組織を削り捨て、細胞分裂を促進させ、真新しい身体組織を生成するために――少なくない魔力を消費したらしい。
おかげで身体はつるつるぴかぴかの新品同様だが………かといって、それだけでは説明がつかない。途方もない程に満ち充ちていた魔力の七割が消失していることの説明には、ならない。
わたしは、魔力を支払って身体の修復をおこなった。なぜだ。
わたしの身体が、破損したからだ。
……わたしの身体が破損した。なぜだ。
……『破壊』の魔法を、受けたからだ。
…………『破壊』の魔法を受けた。……なぜだ。
「あ…………、ぁ……ああ……!」
………『黄昏の大鷲』が……目醒めたからだ。
「ああああ!! あぁああぁああ……!!!」
「お嬢……? 起き………どうした、お嬢!?」
思い出した。あいつが。フレースヴェルグが。かつて幾度となくわたしの身体を破壊したあいつが。わたしに傷を、痛みを、恐怖を、何度も何度も何度も与え刷り込み叩き込んだ、あいつが。
魔王を除いた……魔王軍の実質的な最終戦力が。
……目を、醒ました。
「お嬢落ち着け! 大丈夫、大丈夫だ!!」
「ぁあ……ぁ、……だい、じょ………?」
ネリーが、いる。……わたしを、抱きしめてくれている。
シアも、獣人部隊隊員アイネスも、見たところ無傷で……生きている。
……生きて、いる。
「!! ゆうしゃ!!」
「わッ!? 落ち着け、お嬢。……大丈夫だ」
ネリーに抱っこされたまま、なされるがまま。勇者の安否を確認することは出来なかったが――ネリーの声色は、わたしの疑問に応えてくれているようで――あやすように、安心させるように、背中をぽんぽんと撫でてくれる。
……とても、きもちいい。
「大丈夫だ。ヴァルは大丈夫。ちゃんと生きてる。大した怪我も無い。……お嬢のおかげだ。ありがとう。…………ありがとうな」
「……………よか、った」
ヴァルターが……『勇者』が、生きている。
良かった。勇者が無事で、良かった。
ネリーが無事で、ヴァルターも無事。アイネスがここで休んでいることを鑑みるに、他の獣人部隊の面々も無事なのだろう。
……つまりは、全員無事。誰一人として脱落者は居なかった。
かつての最終戦力、フレースヴェルグと相対して。
(………見逃して、くれた……?)
フレースヴェルグは、ヴァルターを勇者と認識していた。弱者と嗤っていたものの、彼が敵だということは認識していたはずだ。
……しかしながら、止めを刺さなかった。ヴァルターを徹底的に破壊することをせず――彼の死亡を確認せず――どこかへと去っていった。
弱者など、いつでも容易くへし折れると考えているのだろうか。それとも他に急ぎの用事でもできたのだろうか。
……どちらにせよ、助かった。今のままでは………逆立ちしたって勝てないだろう。
全盛期のぼくが何度も何度も敗北を経験して、やっとの思いで勝利した筈の………殺した筈の、怪鳥。
奴が死んでいなかった、いや……『甦った』ということは…………とても、とても面倒なことになるかもしれない。
(全ての……魔王軍幹部格全ての、完全な死亡を確認してなかった………ぼくの責任だ)
他にも生き残りがいるかもしれない。………いや、少なくとも一体の生存はほぼ確実だろう。自分自身の詰めの甘さに辟易するし、嫌が応にも気は重くなる。
……だが。なんとかしないといけない。
ここまできて放棄など……見て見ぬ振りなど出来ない。
勇者ヴァルターだけでは……今の彼だけでは、フレースヴェルグに勝つことは難しいだろう。飛んでいる奴にでさえ、大技の一発を避けられずに呆気なく負けたのだ。……降りてきた奴になど、何が起きたのか理解する間もなく、一瞬で粉々になるだろう。
彼だけでは、だめだ。……ならば。
「わたし、が……たすけないと。……まもら、ないと」
「お嬢………………やっぱり………」
わたしも、戦えるようにならないと。
あんな鳥畜生相手に、いつまでもブルってるわけには……おびえているわけにはいかない。
勇者としてはわたしのほうが先輩なのだ。ヴァルターのやつにいいところを見せなければならない。
ヴァルターのやつを、見放すわけにはいかない。
「ねりー。……あの、ね」
「………なん、だ? ……どした、お嬢」
この空間――土壁で形成された小部屋は見たところ……『地』の魔法によるもの。……ネリーの魔法によるものだ。
わたしとヴァルターの手当てをしてくれたのは、この前安心できる場所を作ってくれたのは……ネリーだ。
であれば、修復される前のわたしの身体を――背中や片足や両腕などなどを損傷した、わたしの身体を――彼女は見てしまった筈だ。
……そこから修復される様子を、
ヒトとしてあり得ない速度での治癒を………見られてしまった筈だ。
「……んい………ねりー」
「何だ? お嬢。何でも言ってみろ」
気持ち悪いと思われるのは……仕方ない。
ヒトの形をしたヒトでないものを見るような目付きで見られるのも、貼り付けた笑顔に隠したつもりの恐怖や嫌悪を向けられるのも、気味悪がられ後ろ指差されるのも、ぼくは慣れている。
だが……ネリーやシアと一緒に寝られないのは。
………ヴァルターと一緒に居られないのは、嫌だ。
「……わたし、……あるたー、いっしょ、……………いっしょ、に……いき、た……ふゃっ!?」
……ちょっと、びっくりした。
言い終わらないうちに……ネリーにぎゅっと抱きしめられた。
わたしの背中を片手で抱き寄せ、頭をもう片手で撫でるような体勢。ネリーの胸に……ふくらみのひかえめな胸に、わたしの顔が埋められるような……いや、えっと、…………埋まるほど豊かでは……無かった。ヴァルターの言っていた通りだ。
……でも、まるで幼い子どもを落ち着けるような……安心させるような、この『抱っこ』の仕方。
する側は何度か経験があったものの。……される側になるというのは、なんだかちょっと慣れないけども。
……けども、落ち着く。
「………ね、りー? ………ねりー?」
「お嬢。………私は、ずっと一緒に居るからな」
……ずっと、いっしょ?
ネリーは、わたしと……一緒?
ヴァルターと、ネリーと、シアと、……わたしは、一緒にいても良い?
「いっ、しょ? ねりー……いっしょ?」
「一緒だ。私はお嬢と………ノートと一緒に行く。お嬢が私を嫌いになるまで、お嬢が嫌だって言うまで………私はお嬢の味方だから。……ずっと、守るから」
「……!」
一緒に、いてくれる。
わたしの、あんな……人外じみた有り様を見て尚、わたしと一緒にいてくれる。
わたしはもう……一人ぼっちじゃ、ない。
しあわせだ。
「わ、……どうした? お嬢?」
「んんんんーー!」
思わず……抱っこしてくれてるネリーにしがみついた。
どうしたもこうしたも無い。器量よし性格よし気配りよしのエルフの美少女が、わたしと一緒にいてくれる宣言をしてくれたのだ。これで喜ばなければ男ではない。……そういえば男じゃなかったわたしにはちんちんは無いのだった。いやそんなのはどうでもいい。ちんちんならヴァルターとメアがもってるのだ。それでいい。いやちがう、そうではない。ちんちんではない。ネリーだ。美少女エルフと一緒に居ても良いのだ。ネリーとシアと一緒に居られるのだ。
つまりは……相思相愛なのだ!!
「ねりー、すき! んい… わたし、ねりー、すき!!」
「お……お嬢! お嬢!!」
「…………ぴゅー……ぴゅいー?」
どちらからともなく、全身全霊で抱擁を交わすわたしたち。さすがに騒がしくしすぎて……起こしてしまったのだろうか、シアがもぞもぞと身じろぎしている。かわいい。
ひしっと抱き合うわたしたちを、眠たそうなきょとん顔で見つめたかと思うと……
「シア。おいで」
「ぴっぴゅ」
ネリーの誘いによってあっさりと、やわらかく温かいい至福の感触が覆い被さってきた。小さな身体を精一杯広げ、大きな翼で抱きついてくるシア。かわいい。
わたしたちをまとめてすっぽり覆い隠すように翼を広げ、やわらかな羽毛で覆われたやわらかなちっちゃい……それでもネリーより豊かなおむねが、わたしの側頭部にふにゅっと押し付けられる。……なんだか不思議な気分だ、おなかの下のあたりがぞくぞくする。
とてもかわいい。……とても、きもちいい。
美少女ふたりの(控えめな)おむねを堪能できるなんて……わたしは幸せものだ。少しいけないことをしている気分になるけど……相思相愛だから大丈夫だろう。
だけども……これからはもっと周りに幸せを『おすそわけ』してあげなければ、たぶんだけど罰が当たってしまう。
周りのひとに……みんなにやさしく生きよう。
「……アーネも入るか?」
「ふゃあぁ!!?」
ふと、ネリーが投げ掛けた呼び掛けに……ものすごい反応が返ってきた。お休み中かと思っていたアイネスも、どうやら起きていた………いや、わたしが起こしてしまったのか。
シアのおむねから頬を離し、アイネスのほうを見やると……どうしたんだろう、熱でもあるのだろうか。可愛らしいお顔が真っ赤に染まっている。
「……あー、ね? だいじょぶ?」
「はははははいいいい……」
「んい……? あーね?」
「はわわわわわわ」
たいへんだ、アイネスが壊れてしまった。
恐らくわたしたちが……わたしが大騒ぎしたからだろう。未だ幼げな彼女のことだ、この行軍と連戦と大破壊に直面して……精神的な疲労が溜まっていたのだろう。
やっと休めるかと思ったら……わたしのせいでその安寧がぶち壊されたのだ、幼い彼女にどれ程の精神的負荷を与えてしまったのだろうか。
「んい……あーね……」
「ひゃわぃ!!?」
温かな心地よい抱擁から……断腸の思いで抜け出し、アイネスのほうへと近寄る。
近距離でまじまじと見る彼女はかわいそうに……その可愛らしい顔はまるで高熱にうなされているかのように、真っ赤に染まってぽーっとしてしまっている。
やっぱり、わたしのせいで。
ならば……やっぱりわたしが。
「あーね。……いいこ、いいこ」
「ふわわわわ………」
先程ネリーとシアにしてもらったように……アイネスを抱き寄せ、わたしの胸に抱く。
シアどころか………ネリーよりも膨らんでいないわたしの平らな胸では、そこまで気持ちよくないのかもしれないが。それでも、少しくらい効果はあるだろう。
「あーね、あーね。……だいじょぶ。だい、じょうぶ」
「………のーと、さま……………天使……さま……」
よかった、どうやらアイネスは落ち着いてくれたらしい。
身体の震えも収まってきているし、まぶたを閉じてリラックスしているようにも見え……呼吸もゆっくりと落ち着いてきている。……よかった。
わたしのおむねがもっとおっきければ……やわらかければ効果も高かったのだろうか。魔王くらいおっきければ、きっとものすごい効果に違いない。
もともとは魔王の…………未発達だった頃の身体だという、わたしの身体。可能性は秘めている筈だ。
今度あの巨乳派勇者に聞いてみよう。
おむねをやわらかくする方法……知ってるかもしれない。
それにしても…………『テンシサマ』。
今この子は……アイネスはわたしのことを、そう呼んだ。……そういえばアイナリーのひとたちにも同じような……『テンシチャン』とかそんな呼び方をされたこともあった。……どういういみなのだろう。
他の人の名前に付けられることもあるので、察するに『サマ』や『チャン』というのは名前ではなく、敬称。
つまり『テンシ』の部分がわたしを示している……のだろうか。
今までヴァルターやネリーが咎めなかったということは、ひどい意味ではないのだろう。であれば、良い意味か。……ほめ言葉なのかもしれない。
「………てん……し…………さま……」
「……んひひ」
ほめられた。そういうことにしておこう。
わたしはもっと頑張らなけれはならない。みんなに幸せをおすそわけしなければならない。
わたしががんぱれば、ネリーやヴァルター……みんなはわたしを『テンシ』と言ってくれる。……ほめてくれる。
いつのまにかアイネスは、可愛らしい寝息を立ててしまっている。どうやら完全に落ち着いたようだ。……しめた。このままいっしょに寝よう。
「ねりー。ねりー」
「ど、どうした? お嬢」
……無意識なのだろうか、少しよだれが垂れつつあるネリー。わたしは、わたしの決意を新たにすべく……ネリーに聞いてもらうことにする。
「……わたし、がんばる。……わたし、みんな、しあわせ。…………がんばる」
「お嬢………………マジ……天使か……」
ネリーにほめてもらえるのは、とてもうれしい。
だから……がんばろう。きっとがんばれる。
のーとちゃ は ハグま に へんかした!! ▼




