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09_白いお尻と黒い煙

お尻から煙が出るわけではないです。

ご安心下さい。



 「あっ! エリーさん!」



 会議室へと向かう途中。後ろから声を掛けられ、思わず振り向き立ち止まった。

 声の主は、先程自分が使いに出した者である。であればその用件は、現状もっとも優先すべきことだ。



 「ごめんミナ! 着るものどうだった?」

 「とりあえず一番小さいの持ってきましたけど……これでもまだ大きいと思います…」

 「まあ……仕方ないでしょ。隠せるならとりあえずそれでいいわ」



 黒髪の女性兵士……ミナから衣類を受け取り、来た道を引き返す。お偉方の呼び出しなど二の次でいい。今はこの服をお姫ちゃんに届ける方が優先だ。



 「もうホント……あちこち大騒ぎでしたよ……全員無事だっただけでも大変なことなのに…………それに加えて……」

 「……滅茶苦茶目立つからね、あの子。……真っ白だし」

 「そうですね。真っ白で………綺麗な子ですね…」

 「本当………どこでたぶらかして来たんだか」



 ミナと言葉を交わしつつ、療養棟へと戻る。

 彼女の言葉にあったように、現在南砦内では『とある話題』で持ちきりだった。


 水竜の討伐に向かった決死隊が、ほぼ無傷で全員凱旋。オマケに、得体の知れない真っ白な幼女を連れて戻る。幼女はなぜか素っ裸。しかもめっちゃ可愛い。


 昨晩先んじて戻った伝令から大まかな話を聞き、ある程度の備えはしていたものの……



 「本当にもう……裸のまま連れてくるなんて………」



 二人は深々と溜め息を吐いた。






 南砦の一区画には、浴場や仮眠室、医務室などが備わる建屋、通称療養棟が設けられていた。その中の浴場およびその周辺エリアは、完全男女別に区分けされていた。

 ほとんど何も身に付けていない、なにかと話題性の高いあの子を匿うには、うってつけだった。


 まだ幼いとはいえ、れっきとした女の子。しかも見る限り、これからの成長を期待せずにはいられない、とびきり綺麗な子である。その穢れのない柔肌が衆目に晒されるなど、同じ女性として我慢ならなかった。

 本当はお風呂に入れて、身体を綺麗にしてあげたかったが仕方ない。入浴できる湯温になるまで、見た限り二、三刻は掛かりそうだった。そんな長い時間ほぼ裸でいるというのは……色々と宜しく無い。

 こんなものでも無いよりましだろう。なるべく早く着せてあげないと。



 「それじゃあ私、何かお腹に入れるもの探してきます。エリーさんもまだですよね?」

 「そうね……手持ち出来るのあったらお願い。……あ、ケリィの分も。私ちょっと出てくるから彼女に渡しといて」

 「わかりました」



 脱衣場の入り口でミナと別れ、一人浴室の扉をくぐる。

 そして目に飛び込んできた光景に、思考が止まった。




 脚の生えたお尻が、鎮座していたのである。



 落ち着いて考えるまでもなくヒトの臀部とそこから繋がる脚部なのだが……あまりにも衝撃的な光景だったこともあって、思考力が著しく低下していた。

 上半身を浴槽の中へと乗り出しているのか、こちらからは完全に『お尻』と『脚』しか見えない。その真っ白な肌と身体の小ささから、誰の姿なのかは容易に想像できた。むしろ自分達の身内でこんな格好をする者がいるとは、少々考えづらかった。


 思わずこっそりと近付いてみるが、なにやら集中しているのか、こちらに気付く様子もない。……せっかくなのでその綺麗な形を観察してみる。

 やはり一際目を引く丸みを帯びた、文字通り珠のような肌。漂う湯気のせいかしっとりと潤い、なまめかしいつやを湛えている。

 踏ん張るかのように軽く開いた脚は幼げながらも、表層を覆う薄い脂肪の下に力を入れることで張りつめられた筋肉の存在が感じられる。なだらかなラインを作り出す眼前の臀部は、見るからに揉み応えのありそうな見事な形状であり……それはもう、絶好の視点だった。



 その未発達ながらも完璧な造形に、同性にもかかわらず見惚れることしばし。思わず生唾を飲み込み……すんでのところで我に返り、煩悩を振り払うように声を掛ける。



 「……お姫ちゃん? 何してるの?」

 「んいいいい!!??」




 予想以上の反応に驚く間も無く、お姫ちゃんは風呂桶の縁の向こうへあっという間に転がり落ち……


 視界から、消えた。






 ……………………




 中庭を駆け抜け、扉を開け放ち、階段を一足跳びで掛け登り、目的地へと急ぐ。周囲の兵士達が何事かと目を剥いているがそれどころではない。

 やっと目的地の扉に辿り着き、心配そうに声を掛けてくる傍らの衛兵を手で制し、肩で息をしながらも必死に呼吸を落ち着かせ、心なしか呼吸が落ち着きを取り戻したタイミングで、扉をノックする。




 「昨晩の報告の通り、言葉は通じないものの、問いかけへの反応はとてもハッキリしています。特に怪我をしている様子もなく、……強いて言えば指先や足に細かな傷が多いですが、……()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 若干の棘を意図的に含ませ、睨み付けるように視線を向けると、視線の先……リカルド隊長は申し訳なさそうに目を逸らした。罪悪感はあったらしい。



 「ただ事情聴取……というよりも会話は難航しており、現状は彼女の名前……『ノート』以外、()()()()得られた情報は、ありません」


 ()()()()。ふと視線を感じ顔を向けると、リカルド隊長が同意するように頷いた。やはり感じたことは同じらしい。


 「……しかしながら、学習能力は相当のものなのではないかと推測します。事実、先ほどの僅かな時間で、幾つかの単語を理解した節が見受けられます」

 「発言を。……失礼致します。そこは私も同意見です。彼女は隊員とのやり取りの中で、特定の単語が用いられる場面を学習し、用いた様子であります。……『ありがとう』と、誰に教わるでもなく、会得していました」



 南砦でひときわ重厚な建物、その三階の一室。

 ここでは水竜撃退作戦に関しての報告が行われていたが、それは方便であり既に片がついていた。なにしろ被害はゼロである。

 そして今ここでの話題は、先だって保護された少女に移っていた。



 「恐らくではありますが、言語に関しては適切な教導があれば、割と早い段階で会得してくれるのではないか、と思われます。……事情聴取を行うには、それからのほうが容易かと」


 十かそこらの少女が、外套を羽織っただけの殆ど裸で連れて来られたときは、南砦のほぼ総員が度肝を抜かれた。

 取り急ぎ同性であるエリー施設長のもとへ避難させ、少女の様子を窺わせていたのだが、その間リカルド隊長とその隊員たちに対する周囲の視線は、それはもう冷ややかだった。一部の兵士は揶揄する言葉に対して苦々しげに堪え忍んでいたが、多数の兵士は鼻の下を伸ばしていたのだから、始末に終えない。


 しかしながらエリー施設長の提言は的確であった。早急に言語教導の人員を回すことを決定し、会議はお開きになるかと思われた矢先。



 「それと……恐らくあの子…………」




 施設長にしては珍しく煮え切らない様子で、なにやら言うのを躊躇っている様子だったが、




 「その、………………魔法が、使えます」




 放たれた爆弾は、議場の空気を止めた。








 静止した議場を再び動かしたのは、

 この場の誰も、予想だにしなかった者だった。



 「おめんさい!! おめなさい!! えりーさん!! おめんやさい!!」

 「待って待ってノートちゃんそこ今ダメああ――――!!!?」



 何の前触れもなく弾けるように扉が開かれ、そこから飛び出てきた人影に、みな言葉を失った。


 エリー施設長の足元で四つん這いになり、一体何があったというのか可愛らしい顔を悲壮に歪め、透き通った瞳から大粒の涙をボロボロ溢し、うわごとのように謝罪を繰り返すのは…


 いま南砦で最もホットな話題の少女、ノート。

 噂の真っ白な少女、そのひとであった。



 「す! す! す! すみません!! すみません!! ほ、ほらノートちゃん着て!! せめてこれ着て!! 見えちゃう!! 見えちゃってるから!!」


 兵卒用の上衣を広げ、必死に着せようとする女性兵士ケリィの健闘も虚しく、頑なに四つん這いを解こうとしないノートには、上衣を着せるに至らなかった。



 「お、お、お姫ちゃん!? どうしたの!? 大丈夫だから! 落ち着いて! 大丈夫だから!!」



 我に返ったエリー施設長は取り乱しながらも身を屈め、自分以上に取り乱す少女を必死に抱え起こし、座らせる。すると白い少女は途端に身をこわばらせ、心なしか顔も青ざめ始めた。

 見るとこれまた一体何があったのか、少女の全身はずぶ濡れであった。そのまま表を駆けてきたのか、形のよい脚には巻き上がった砂が、けっこう際どい部位にまで貼り付いてしまっている。

 なるほど幼いながらに整った肢体だと感心する者多数。残念ながらすっぽりと被せられた上衣によって、その肌は遮られてしまった。



 「おめんやさい…… おめんあさい………」

 「大丈夫。大丈夫よー怖くないわよー。大丈夫だからねー」

 「だい、ひょう……う? おめんなさい…?」

 「大丈夫よー大丈夫ー」

 「だい、びょ………ううううー」



 小さな身体を抱き留め、幼子をなだめるように頭を撫でることしばし。可哀想なくらい震えていた身体は徐々に落ち着きを取り戻し、青ざめていた顔にも朱が戻り始めた。




 「ええっと…………すみません、お騒がせしました…」



 そういえば会議室だった。会議中だった。

 状況の変化に追い付いていけず硬直していた周囲に思い至り、なんとか釈明を試みようと立ち上がる。お姫(ノート)はまだ少しめそめそしていたが、ケリィに任せておけば大丈夫だろう。



 「………なるほど、その子が」

 「……はい、私が保護した……『ノート』と名乗る娘で」

 「ひゃあ!?」



 議長…司令と会話するリカルドの声に反応し、ノートは弾かれたように顔を上げ、その勢いに驚いたケリィは思わず声を上げた。



 「!! り、りかるの!! りなるおぉぉ!!」



 司令や周囲などお構い無しとばかりに、やっと遭遇できた心の拠り所たるリカルドに向かい駆け寄ろうとして……つんのめった。



 被せられた上衣に腕を通しておらず、バランスを取るのに失敗したノートは頭から前のめりに倒れていき……



 「……んぶぅ!!」


 駆け寄ったリカルドに顔から突っ込みつつも、なんとか抱え起こされた。



 「りっ、……りかるの、……りかるのぉ……… あん、ぜん? ……あん、ぜんか、くほ……? かく…と? あん、ぜん……?」


 リカルドに抱き留められたノートは、不安でいっぱいという表情で詰め寄った。

 間近に迫る上気した顔はそれ自体の威力もさることながら、目尻に浮かんだ涙と庇護欲のそそる表情が合わさることで、暴力的なまでの破壊力を秘めていた。

 しかも前のめりのノートを抱き止めたために、彼女のかわいらしいお尻は上衣の裾からこんにちわしてしまっており、更には上衣の襟元からは彼女のつつましいお胸もこんにちわしていたため、男性に対しての特効補正で凄まじいことになったいる。リカルドでなければ即死していた。


 「あん、ざん、かくほ……? ん、……あん、でん……?」

 「あ……ああ。安全だ。大丈夫。安全だ」

 「!! …………………ぅぅううぅ……!」


 あんぜん、という言葉が身に染みたのか、彼女は小さな身を震わせ、…泣き出してしまった。振り払うことも出来ずにどうしたものかと司令を仰ぐと……


 「……成る程。確かに害があるようには見えんな。……それに……よく懐かれているじゃないか」


 苦笑しながらそう言われ、………改めて現在の体勢を思いだし、顔が強張る。



 「エリー施設長。身の回りを整えてやれ。教導役は早急に工面する。苦労も多いだろうが……リカルド隊長を上手く使え」



 苦笑する周囲の面々。

 場の流れが和やかになろうかといった、そのとき。





 「火急!! 報告です!!」



 飛び込んできた兵士の剣幕に、周囲の声が止む。


 「告げろ」

 「はッ!! ……西北西方向にて()()を視認!! 数は……四!!」



 その場の誰もが、息を呑んだ。





 告げられた報告は、敵襲。

 黒煙はその数で、おおまかな敵の数を伝えるものだ。


 黒煙一本が表すものは、敵影十。

 黒煙二本で、敵影五十。



 そして黒煙四本が表す敵影は……五百。



 報告を聞いた誰もが、耳と報告とを疑ったのは、

 ある種仕方のないことと言えた。

【魔法】

主に、魔力をもって起こされた現象。物理法則に逆らう、魔の法。

自身の強化などに代表される『内部作用系』と、

攻撃魔法・補助魔法などが属する『外界作用系』とに別れる。

魔力そのものは大なり小なり持つものは多いが、

人族でそれを操り、魔法として使用できるものは少ない。

内部作用系は希少であるものの、まだ一般的だが、

外界作用系の使い手に至っては、まず魔族であることを疑われる程。

いずれの場合も、軍事的・政治的に重要人物として扱われることが多い。

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