序章⑤
何事もなかったかのように全ては始まる。
イヴァンが驚愕の表情を浮かべるカルシウムに問う。
「何や、カルちゃん、何か知っとるんか」
イヴァンの問いかけにカルシウムは質問で返す。
「イヴァンさん、ここまでの道中で何か気づいたことはありますか」
「なんや、唐突に……道すがら特に気になったものはないけどなあ。スラちゃんはどうや」
「いえ、僕も特にないっすね」
「いや、ないんかい」
呆れ顔のイヴァンにカルシウムは質問を重ねる。
「途中、AI兵士と出会いませんでしたか」
何を当たり前のことを尋ねているのだと更に呆れてイヴァンは答える。
「出会うも何もこの基地の警備はクラン戦の時以外はAI兵士がやっとるんやから、出会わんことはないわ。なんならここまで乗ってきた車を運転してたのもAI兵士やわ」
「では、イヴァンさん、彼らと何か喋りましたか。命令以外で何か」
「いや、AI兵士に命令する以外やと、ここに来るまでスラちゃんとしか話してないわ」
スラヴァは先ほどカルシウムの居場所を教えてくれた新しいクラメンと思しき人と会話したことを思い出した。
「あ、さっき格納庫で新しいクラメンの整備士の人と話しましたよ」
何故か自信ありげにカルシウムは答える。
「スラヴァさん、彼はクラメンではありません」
「え?『カルちゃん、おらんな』ってスラちゃんと話してたら、彼が親切に奥にいるいうて教えてくれたで」
「イヴァンさん、スラヴァさん、彼はクラメンではなくAIです」
「は?」
素っ頓狂な声を同時にあげた2人は、何を言っているんだこいつはといった目線を交わした。そのアイコンタクトに気づいたかどうか分からないが、カルシウムは説明を続けた。
「新しくクラメンはここ一ヶ月、航空団には来ていません。そして、お二人の驚かれようもわかりますが、彼は間違いなくAIです」
「スラちゃん、今日は4月1日やっけか」
「いえ、イヴァンさん、今日は4月31日ですよ。エイプリル・フールはとっくに過ぎてます」
声色に若干の苛立ちを含みつつ、イヴァンはカルシウムに尋ねた。
「なんや、わけの分からんことになってきよった。カルちゃん、そうもったいぶらんで簡潔に頼むわ」
「私も正確に把握しているわけではないのですが、恐らくAIの大型アップデートが来たんだと思います。今までのように命令を理解し行動するものから、より人間に近いものに、イヴァンさんたちが来るまでAIたちと会話をしてみていましたが、個々のパーソナリティもしっかりと確立されていて、まるで生きている人間かのようでした」
「AIがより人間らしくなったのは分かったけど、それとGMコールが使えんことに因果関係は証明できひん。まあ、不具合で一部機能が使えんってこともあるかもしれんけど、ログアウトできんっていうのは大問題になってもおかしくないことやで。そもそも、大型アップデートやと強制ログアウトさせられて、バージョンアップを求められるはずやろ」
「まあまあ。イヴァンさん、落ち着いて。カルシウムさんに当たっても仕方ないっすよ」
「君らはよく落ち着いてられるなあ!まさに非常時やで、これは」
「かの名将ジューコフも対独開戦の時は落ち着いてたらしいですよ、書記長殿」
「誰がスターリンや。ほんま、かなわんで」
全部トロツキーのせい