序章②
まず2人が目星をつけたのは、士官用ラウンジだった。士官ラウンジはクランの共有スペースであり、手持ち無沙汰のクラメンがたむろするのもここであった。
「誰もいないですね」
「せやな……」
スラヴァがソファーに腰を下ろし、ため息混じりでイヴァンに言った。
「あてもなく探すのも馬鹿らしいので、皆がミッションから帰ってくるのを気長に待ちますか」
「スラちゃん、あてならあるで。カルちゃんや、カルちゃんは絶対に基地内におるはずや」
「げぇ、あいつですか。まあ、アイツなら傭兵ミッションに参加してないはずですから、いると思いますけど……」
嫌悪感を隠さないスラヴァに対してイヴァンが茶化すように言った。
「なんや、スラちゃんにも、苦手なやつがおるやんけ」
「いや、まあ、苦手っていうか。キモいっていうか」
「確かにカルちゃんは変わってるけど、根はいい子やと思うけどなあ」
「感受性の不一致ってところっすね。イヴァンさんとサルサミコ酢さんのような関係っす」
「なるほどな。まあ、今回はことがことやから、我慢してや」
スラヴァは億劫そうにソファーから腰を上げて、タブレットを取り出した。
「仕方なしってことっすね。多分、いつも通りカルは格納庫にいるんじゃないですか」
「せやな。バンカーもぎょうさんあるから、一つ一つ探すのも面倒やな」
「じゃあ、やめますか」
「いや、行くで、スラちゃん」
「はあ、マジっすか。途中で車拾って行きましょ」
「第109親衛空挺師団」は中堅クランであるが、その拠点は他の中堅クランの追随を許さないほど広大である。約15000ヘクタールの平野に『航空基地』、『陸軍基地』、『レーダーサイト』、『兵舎』や、その他生産施設などが点在している。拠点の中心部には最も重要な『総司令部』が置かれており、その四方を取り囲むかのようにС-400が配備されている。
正面玄関を守衛するAI兵士から敬礼に答えながら、『総司令部』から出た2人は、クランメンバーなら誰でも利用できるAI兵士が運転する車で『ハンガー』に向かうことにした。
丁度、正面玄関前に停まっていた車に乗り込んだ2人はAI兵士に行き先を告げた。音声認識と人工知能の技術は、WoWに於いてAI兵士に大いに活用されており、命令すれば命じた通りにAI兵士は動いてくれる。これにより、WoWではAI部隊を率いて戦うことが主流であり、プレイヤー同士の1 on 1はあまり起こらない。
「ハンガー1まで頼む」
「了解であります、イヴァン大佐」
『総司令部』を取り囲むかのように配備されている防空ミサイルシステムС-400を横目に見ながら、スラヴァはイヴァンにある質問をした。
「イヴァンさんって意外と細かいっすよね」
「なんやねん、急にけったいな」
「いや、ちゃんとAI兵士の敬礼に応えてたところを見て、そう思ったんっすよ。僕なんて敬礼されても返すことなんてあまりないんで。サルサミコ酢さんとかナスビさんとかのプレイヤーネームに関してもそうっすけど、戦場の雰囲気というか、軍隊っぽさに拘る人だなあって」
「せやなあ。一応、そこはそういうゲームなんやから、全部のプレイヤーに気にして欲しいところやな。まあ、敬礼に関しては骨髄反射みたいなもんなんやけどな」
イヴァンが呟くように言った最後の言葉は小さすぎてスラヴァには聞こえなかった。
С-400(S-400)
ロシアの対空ミサイルシステム。
2~400kmの射程と、5~60km先の弾道ミサイルを破壊できる凄いやつ。