序章①
【WoW公式サーバー:クラン「第109親衛空挺師団」司令部内作戦指令室
クラン名「第109親衛空挺師団」の司令部は地下30メートルに存在する。20ⅿもの鉄筋コンクリート製の天井に守られた司令部の作戦指令室で二人の男が談笑していた。
「俺、そろそろ落ちるかな」
「イヴァンさん、今日、早いっすね」
「明日、上司にプレゼンみたいなことせにゃならんのよ」
「社会人って大変っすね」
「学生身分がうらやましいわ。それじゃあ、また」
「乙ですー」
イヴァンと呼ばれた大柄な男がタブレットを手に取り、画面に表示されたログアウトのボタンを押した。
「あれ、ログアウトできひん」
「お、もう一戦場行っときますか?」
もう一人の細身の男がニヤニヤしながらイヴァンを小突いた。
「いやいや、そういう振りやのうて、ホンマにログアウトできひんのや。なんやねん、これ」
イヴァンはタブレットの電源のオンオフを繰り返し、再びタブレットに表示されているログアウトのボタンを押してみるが、何の変化も起こらない。
「なんかやばそうですね。GMに連絡してみたらどうですか?」
「ナイスアイデアやで、スラちゃん。不具合に対するお詫びの品もゲットできるやんけ」
「やっぱ、イヴァンさん、がつがつ行きますね」
あきれたとばかりに肩をすくめるスラヴァに対して諭すようにイヴァンが言った。
「スラちゃん、世の中がめつく生きたほうが得やで」
「は~、そういうもんなんですかね」
「あかんわ。GMコールも使えへん。スラちゃん、代わりにGMにコールしてもらっていい?」
スラちゃんと呼ばれた男が肩にかけていた書類ケースからタブレットを取り出し、操作し始めた。
「おkっすー。あれ?僕もGMコールが繋がんないんすけど」
「ホンマかいな。どうするんやこれ……」
「なすびさんにコールしてますか?」
「クランマスターに連絡してどうすんねん。クラン同士のトラブルやったらわかるけど、これは運営の問題やろ。いくらあの人が万能お化けやとしても、今回はお門違いやわ」
「イヴァンさん、あの人運営側すっよ。本人は隠してるつもりみたいですけど、クラメンの殆どが知ってますよ」
イヴァンが雷が落ちたかのような驚愕の表情を浮かべた。
「え!ホンマなん!?知らんかったわ……でも、うち等のクラン、めっちゃ弱いけどな。運営側やったら、少し依怙贔屓してくれてもええんとちゃうの?」
スラちゃん、もとい、スラヴァは顔を顰めつつ答えた。
「いや、イヴァンさんがそういうかもってことでクラメンが黙ってたんすよ。なすびさんがGMってこと隠して遊んでるんで、誰かさんが無神経にそのこと指摘すると、クラン抜けるんじゃないかって」
今度はイヴァンが顔を顰める。
「なんやそんなこと。なすびさんがそんなこと気にする魂やないわ」
スラヴァは肩をすくめた。
「全人類がイヴァンさんと同じ精神構造だと世の中楽なんすけどね」
「まあ、ええわ。取りあえず、クランマスターに連絡しますか。すまんな、なすびさん、あんたの残業を増やすつもりはないねんけど、俺も背に腹は代えられんのや」
そういってイヴァンはクランメンバーのリストからなすびにコールをしようとしたが、GMコールと同様に何の反応もなかった。
「あかんわ。なんやねん、これ。繋がらんわ。そもそもコールすら始まらんし、どうなっとうねん」
「僕も同じっすね」
スラヴァも同様にタブレットを操作していたが、コール機能は使えなかった。
「スラヴァにも繋がらんな」
「そうっすね」
「全くもって複雑怪奇や。明日どないしてくれるんやあ」
「今できることはすべてやったんで、気長に運営が気付くのを待ちましょう」
スラヴァはまるでお手上げと言わんばかりに万歳をしながら、どかっと椅子に身を投げ出した。
「いや、まだや。まだ、司令部にいるクラメン全員に聞いてみてない。誰か運営と連絡が取れるやつがいるはずや。探すで!」
気だるそうにスラヴァは答える。
「えー、コール機能が使えないんっすよ。この基地どれだけ広いのか分かってます?あと、サブリーダーがクラメン引き連れて、傭兵ミッション行ったの30分前っすよ。誰も司令部に残ってないんじゃないですか?」
「しまった!あのドアホ、余計な事してくやりおってからに。あー、腹立つわ」
「前から思ってたんすけど、イヴァンさんってサルサミコ酢さんに厳しくないっすか」
眉をひそめながらスラヴァがイヴァンに問いかけたが、イヴァンは強く力説する。
「あの澄まし軍師面が気に食わん!あとなんや、サルサミコ酢って、なめとんのかい!?」
「いや、それいっちゃ、クラマスがなすびじゃないですか。逆に統一感ないすっか?なすびとサルサミコ酢?」
「ほんなら、いっそクラン名も『楽しいサラダの盛り合わせ』にしたろか!!なすびさんもなすびさんやで。第109親衛空挺師団っていうイカすクラン名なんやから、クラマスもイカすプレイヤーネームにすればええのに」
イヴァンの文句に対して、扱いなれたかの如くスラヴァが適当に相槌を打つ。
「まあまあ」
「俺とスラちゃんぐらいやで、クラン名とプレイヤーネームが合ってるのは……」
「まあまあ」
「まあ、ひとそれぞれやし、強く言えへんけどな。でも、考えてみいな、なすびとかサルサミコ酢にキルされたら、戦場の雰囲気もクソもないで。キルログ見てて悲しくなってくるわ」
「まあまあ」
一通り文句を言い終えて満足したのか、イヴァンは立ち上がった。
「まあ、ええか。ほな、探しに行きましょか」
「え?やっぱ僕も行くんすか?」
顔をしかめて抗議の意思をスラヴァは示すが、イヴァンはにやりと笑う。
「当たり前や。いくで!」
そういって強引にスラヴァを椅子から立たせて、作戦指令室から出て行った。
失踪しません。書くまでは。