序章⑫
そういって力んだスラヴァだったが、1秒経ち、5秒経ち、30秒っても同期不順は起こることはなかった。
「なんでっすか!」
「な、なんと!スラヴァさんもですか?!同期不順はすべての人に等しく起こることが実証された現象で例外はこれまで報告されてたことはありません。それにも関わらず、二人同時に同期不順が生じないとは!これは研究しがいがありますね。ぜひ、スラヴァさんも連絡先を教えていただいて、今後の研究に参加してください」
予想外の事態に取り乱すわけでもなく、興奮ぎみのピランデッロにイヴァンが噛みつく。
「そんなことはどうでもええねん!今、問題なのは如何に現実に戻るかってことや!頼みの綱の同期不順とやらも起きんし、ほんまどうしたらいいんや……」
「まあ、落ち着いてください」
そういうピランデッロにイヴァンは青筋を立て吠えた。
「君に言われたないわ!一大事やぞ!研究云々わけのわからんことをぬかしてからに!」
イヴァンのボルテージが上がっていくのを察したスラヴァがすかさず仲裁に入った。
「まあまあ、イヴァンさん、ピランデッロさんに怒っても事態は解決しないっすよ。ピランデッロさんも落ち着いていないで、他に方法は無いんっすか」
「失礼しました、イヴァンさん。どうも研究のことになると周りが見えなくなってしまうもので」
頭を下げるピランデッロに冷静さを取り戻したイヴァンも頭を下げて謝った。
「いや、こっちも怒鳴ってすまんかった。落ち着いて次にできることを考えんといかんな。ピラちゃん、スラちゃんが言ったように他の方法はないんかいな」
「あります。先ほどスラヴァさんが仰ったように現実の誰かにインプラント・デバイスからコネクターを外してもらえば、疑似入力が止まって強制ログアウトできます」
イヴァンを含めスラヴァもカルシウムもこのままログアウトできないのではないかという恐怖から解放されて安堵の表情を浮かべた。と同時に物理的切断という最終手段が残っていることを知っていたので、ピランデッロがそれほど焦っていなかったことに納得がいった。
「確かにその手があったわ!物理的に切断するってことやな」
「そうです。そういえば、イヴァンさんはご家族がいらっしゃるとスラヴァさんが仰っていましたね」
「そうや。けど、今はもう寝てると思うで。この事態に気づいてコネクターを抜いてくれるのは、少なくとも5,6時間後まで期待できんな。スラちゃんはどうや」
「自分は大学の寮っすけど、ちょうどルームメイトが帰省してて今は一人なんっすよね……カルシウムさんはどうっすか」
「僕も彼女が出張中だから家には僕一人なんです」
カルシウムの発言にスラヴァが眉を上げたが、他の三人が気づくことは無かった。
「なるほど。で、期待できるのはイヴァンさんということになりますね」
「そういうピランデッロさんはどうなんっすか」
「私は独り暮らしなので、あてなしです。現状できることは、イヴァンさんのご家族が気づかれるのを待つしかないでしょうね。もしくはこの事態に気づいたWoWの運営がサーバーを落とすことですかね」
「人事を尽くして天命を待つってことやな。やれることはやった。あとは待つしかないな」
「待つにしても他にもログアウトできてないクラメンがいるかもしれませんから、一度『総司令部』に戻りませんか」
カルシウムの提案にスラヴァも賛同した。
「そうっすね。傭兵ミッションに行ったクラメンたちも帰って来てるかもしれないので、『総司令部』に戻るのがいいかもしれませんね」
「そうやな、他にも誰かいるかもしれへんし、一度戻りますか」
資格試験のため次回更新は11月中旬を予定