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転生追放  作者: リキミ
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望まぬ異世界

おっさん。

それが土井 和久の中学の頃からのあだ名であった。

声変わりにより低くなった声、三白眼、短く切りそろえた髪を整髪剤でオールバックにした姿。

中学の時の制服が遠目から見ればスーツにも見えたことから和久のおっさん具合を加速させていた。

そのアダ名は高校に入っても変わらず、大学、社会人となっても変わらなかった。

28歳となった今も、昔と変わらず和久は若者には見えないと周りの者に言われながらも、それを気にすることはなかった。

というよりも、学生の時は気にしたが、今となっては酒もタバコも嗜める身分。

自身の見た目へのコンプレックスから年上風の綺麗なお姉さんが好みの和久とすれば、若さを武器にするよりも、渋さを武器にするほうが性に合っていた。

商社に就職し忙しい毎日を送りながらも、和久は他の大多数が享受する幸福を満喫していた。

今日も今日とて仕事を終え、一人暮らしの家の近くのコンビニでビールとつまみを購入し、家路を急ぐ。

今日は金曜日で、明日は休み。

ビールで喉を潤し、酔いに任せて寝たいときに寝る。

自宅に帰り着くなり和久はスーツを脱ぎ捨て、出しっぱなしにしている布団の上にパジャマ代わりのジャージを着て座り込む。

テレビを付ければ連日報道されている神隠しの特集がやっている。

ゲームやアニメといったサブカルチャーが好きな人達がある日突然姿を消すという現状が置きて、はや半年。

若い時分には同年代の女性に相手されなかったが故に和久もアニメや小説への逃避を趣味にしていたので、

あまり人ごとではないニュース。

他国の拉致の可能性や、ufoに連れ去られたなど訳知り顔のコメンテイターが持論を述べている。

そう言えば、と和久は過去を思う。

インターネット上に掲載されているそういった突然別の世界や場所に連れて行かれて、そこで大活躍する小説をよく読み漁ったことを思い出す。

昔読んだ作品が残っているとは思わないが、新しい今のトレンドの小説があるかもしれない。

明日は休みで、ビールのストックも冷蔵庫にある。

酒でも飲みながら、読書と洒落込むかと休みの予定をたてる。

強敵と戦い、試練を乗り越え、見目麗しい女性と触れ合う。

そういったものが大好きだったはずなのに、そう言えば自分はいつからそういうものを読まなくなったのか。

ああ、そうだとすぐに思い出す。

空想に現実を照らし合わせるという一番面白みを無くす行為をしてしまったからだと思い出す。

特殊な力など都合よく与えられはしない。女性とも出会わない。

生きる場所が異なったところで、自分自身が変わるわけではない。

自分に都合のいい空想ができなくなった瞬間に、和久はそういった物語から冷めてしまったのだ。

それを嘆く気持ちは微塵もない。

学生時代を思い返せば気に入らないことや、頭をかきむしりたくなるようなこと、今でも腹が立つことなどがあるが、

それら全てを総括してそう悪くはないと思えるようになっている。

結局のところ、今わの際に人生を振り返った時に悪くなかったと笑えればそれでいいのだろう。

そこまで考えて、和久はそんな老成染みた思考を放棄する。

コンビニで買ってきたビールが空になり、ほろ酔い状態からくる心地良い睡魔に和久は身を委ねることにした。

テレビからは神隠しに関しての報道が続いている。

それを聞きながら眠りに落ちたからか、それとも若かりし時の趣味を思い出したから、その日和久は奇妙な夢を見た。

神を名乗る存在に、異世界に連れて行ってやると誘われたのだ。

異世界で生き抜くための力も与えてやると神はいい、なぜかと聞けば和久を手違いで殺してしまったからだという。

死因は焼死。マンションの一室から火が出て巻き込まれたとのこと。

神と名乗る存在が現れた時点でああこれは夢だと和久は考え、ならば眠る前に懐かしんでいた物語のように自分に都合のいい要求をしようと考えたが、すぐにそれを却下する。

はい分かりましたと捨てられるほどに和久の28年間は軽くはない。

夢の中ですら空想を楽しめなくなってしまっている自分に可笑しみを覚えながら、和久は神に告げる。


「異世界とか、力とかいらないんで。現実に返してください」


口から出たのはこれまでの日々の継続を願う言葉だった。

その言葉を神に告げた瞬間、神の顔は驚愕に歪み、次に悲鳴を上げながら消え失せた。

夢だからこその急展開だなと和久は思い、そして意識が浮上してく感覚を味わった。

目覚めてみるとそこは眠り慣れた自室の万年床ではなく、草の香りがする草原の中であった。

見渡すかぎりの大草原の中で、和久は頭をかく。

心のなかはパニックを起こしているが、それが表に出ないのが和久の良くも悪くも秀でた特徴であった。


「どこだ、ここ」


手のひらから感じる土の感触が、今が夢でないことをしっかりと告げていた。



※※※



草原をあてどもなく歩き続け、やっと見つけた集落の人達は信じられない程に自分を助けてくれた。

ときたま自分と同じように着の身着のままでやってくる人間はいたそうで、対応には慣れているとのこと。

だがそれでも食事を与え、住む場所を与え、ここまで暖かく迎えられることに無警戒でいられるほど和久は楽観的ではない。

それに与えられるがままにそれを享受し安穏と過ごせるほど豪胆ではない和久は今、泊めてもらう宿屋の外で生涯初めての薪割りを行っていた。

宿屋の女将には今日は疲れているのだからと休むことを勧められたが、強くお願いするとじゃあとこの仕事を振り分けられたのだ。

隣では元々薪割りを振り分けられていた二足歩行をする兎が、和久とは比べ物にならないほどに上手く薪を割っている。

彼らはピコット族といい、人間族の通貨を手に入れるために召使いとして雇われているとのこと。

ラナと名乗ったピコット族の女性は、最初に薪割りのやり方を知らない和久に方法を伝授すると隣で無言で薪を割り続けている。

和久も下手は下手なりに少しでも効率をあげようと無言で薪を割り続ける。


「ふぅ」


数十本めの薪を割ったところで、和久は額の汗を手渡された手拭いでふき、腰を伸ばす。

久々に汗を流し、明日は筋肉痛だなと考えていると、和久は視線を感じた。

ラナが手を止めて、和久をじっと見つめている。


「どうかしましたかラナさん」

「いえ、和久さんは他の方々とは違うのですね」

「それは、どういうことでしょうか?」

「和久さんはこの世界の人間ではないそうですね」


この集落に辿り着いた際に集落の長に説明した内容はもう既に集落中に届いているようだった。

和久がすんなりと受け入れられたのは違う世界から誰かがやってくるというのはこの世界ではあまり珍しいことではないからというのはその時に長から和久も聞いている。

不安と混乱の最中にいた和久に対して、長は落ち着かせるように語ってきかせたのだ。

異世界からの来訪者は珍しくなく、得てして来訪者達は類まれなる力を持ってこの世界を救ってくれていると。

魔物を討ち倒し、この世界にない知識でより世界を豊かにしてくれていると。


「長からもお聞きしていると思いますが、来訪者の方々は特別な力をもっており、このような薪割りなどもいとも容易く行います。斧など使わず、最初から手にしておられる名立たる剣で。ですが、和久さんは違います。失礼ですが、この集落でも噂となっております。此度の来訪者は聖霊様に好かれている以外は、特別なものを感じないと」

「まぁ、実際特別ではないですからね」

「お聞きしております。剣技も魔法も使えないと。知識も凡庸であると自ら語ったそうですね」

「状況の確認と一宿一飯を頂ければと思ってましたから」


明日からは生きる術も教えてくれるとのことで助かりますよ、と続けて語る和久をラナはじっと見つめる。

和久はラナの視線に戸惑いつつも、薪割りを再開する。

ラナに語ったことに嘘はひとつもない。

この世界を楽しみたいと思いは和久には微塵もない。

あるのは元の世界に帰りたいということと、生き残りたいの2つである。

金銭を求められるために働いていた時とは違う感覚。

自らの有用性を証明し、施しを受けなければここでは生きてはいけない。

ラナの言うとおり自分と同じ境遇の先達のように特殊な力があれば話は違ったのだろう。

有用性を示すのは実に簡単で、なにをとっても凡庸のままこの世界に投げ捨てられた和久とは違うのだから。

ともすれば湧き上がりそうになる不安も焦燥感も全て飲み込んで、和久はなんでもないという顔を形作る。

その様子をラナがじっと見ていることには気づいていたが、殊更それに触れることもしない。

宿屋の女将が声をかけにくるまで和久はひたすら仕事に没頭し続けた。



翌日は朝早くに頭をどつかれて目を覚ました。

痛みに頭を撫でていると、次は怒声が飛んでくる。


「いつまで寝ているつもりだ!!」


視線を向ければひょろりとした老人が背中に銃を背負って立っていた。


「狩りを教えてやる。早く準備をせい」

「分かりました」


この世界に目覚まし時計というものは無い。

いや、都市にいけばあるらしいのだが、この集落に住む者達は体内時間によって動いているため必要としていないのだ。

和久は毎日同じ時間に目覚ましで起きていたが、休日ともなれば昼すぎまで気ままに寝ているような人間だ。

夜更かしだって嫌いではなかった。

体内時計など正常に動いているわけがなかった。

手早く身支度を整えると先ほどの老人のところに急ぐ。

老人は名をキースと名乗った。

ほれ、と銃を手渡され説明もなく歩き出されてしまう。

銃など触ったことも、撃ったこともない和久は当惑するばかりだが、立ちすくんでいる訳にもいかない。

慌ててキースの後を追う。

そして、その日のキースとの狩りは悲惨なものとなった。

体力の無さに始まり、考え方の甘さ、段取りの悪さ、和久の至らない点をキースは容赦なく叱りつけた。

前日の薪割りの筋肉痛の痛みなどキースの怒声と拳の前では忘れてしまった。

唯一褒められた点は目と耳が良いという点のみ。

昼過ぎに狩りから集落に戻ればすぐに宿の手伝いが待っている。

体の節々が悲鳴を上げているが、和久はそれらが表情に出ない自分の特徴に感謝した。

それからの日々というのはキースにどやされながら、宿の手伝いをする日々であった。

集落の人々からも気がつけば来訪者としてではなく、新しく集落に居着いた住人のように扱われ始める。

というよりもキースにどやされ、殴られながらもその背中をついていく和久が他の特異な力を持った来訪者と同じにはどうしても見れなかったのだ。

そして集落での生活が続き、同年代の友人もできはじめる。

その日、和久は友人たちに誘われ、ファンタジーの世界ということで、オーソドックスな武器である剣に触れた。

が、文字通り触れただけで終わった。

どこから現れたのかキースが走り寄って来て、頭をどついたからだ。


「お前には、剣の才能は無い。それ以外の武器に関してもだ。体力もなく、身のこなしも凡庸。どこぞの貴族でもお前よりはマシな動きをするだろうよ。お前にはわからんだろうから、説明してやるが、お前はこの世界で言う加護なしだ。ポーションとかいった青色の薬を飲んだところで傷は癒えん。スキルとかいう新しき神々の恩恵も受けれん。いや、端的に言ってやる。お前は新しき神々の恩恵であるゲームの恩恵を何一つ受け取っておらん。そんなお前が扱い慣れとらん剣を振ったところで人様に迷惑をかけるだけだ。自分の分というものをわきまえることを知れ!」


ゲームの恩恵。

ある日突然現れた神々が授けた大いなる祝福。

体に受けた大きな傷は体力ゲージが肩代わりし、傷を負うことはない。

その体力ゲージの減りも秘薬を飲めば一瞬で回復する。

スキルと呼ばれる異能によって、それまででは考えられなかった異能を発現させる。

その恩恵は異能者に顕著に現れ、この世界の住人に発現した新しき神々の恩恵を上回る。

新しき神々の恩恵が多くの者達に与えられるなかでそれを与えられない者達もいる。

そんな者達だからこそ、同じく新しき神々の恩恵を受けている魔物とも真正面からやりあえるのだ。

和久のように恩恵のないものが剣を持ち、正面から挑んだところで一撃のもとに殺されるだけである。

遠距離から敵を仕留める。

加護が与えれないのだから、与えられない者なりの戦い方をしろ。

乱暴な口調でキースからそう説明された和久はそれは道理だと頷いた。

その様子にキースは満足そうに頷くと


「余計なことを考えずに、とっとと狩りで主級の獲物を狩れるようになれ」


最後に最近の和久の課題を告げて、歩き去っていった。

キースが姿を現した瞬間に隠れていた友人達が気にするなよと声をかけてくるのに対して、


「俺の師匠が駄目っていうから、剣は使えないわ」


と笑って返した。

キースに怒られるのが怖いというわけではない。

口より先に手が出るし、すぐに怒るが、キースはキースなりに必死に和久を育て上げようとしてくれている。

それがわからないほどに和久も若くはないし、人生経験も積んでいる。

目の前でキースに悪態をついている自分よりも年若い友人達。

集落においては和久も若手という立ち位置から青年といってもいい彼らと友人関係であるが、

時折こういった青い部分にはついていけなくなってきたなと内心思う。


「あんた、日本人か」


突然懐かしい単語が耳に届く。

慌てて振り向けば自分の体よりも大きい剣を背中に背負った少年が見目麗しい女性三人を引き連れてそこに立っていた。


「ああ、やっぱり日本人か!」


少年は嬉しそうに駆け寄ってくると和久の手を握る。

少年の顔も女装すれば女性と見間違う程に整っており、ふと視線を巡らせば突然の綺麗どころの登場に友人達が顔を赤くしている。


「俺は、葉隠 渚! あんたは?」

「俺は日本人 土井 和久だ」


同胞であることを示すために日本人と名乗ると渚は嬉しそうに笑う。


「集落イベントをこなしに来たら、同じ日本人に会えるなんてな。あんたもこの集落にイベント消化のために来たのか」

「イベント?」

「ああ。魔物討伐イベントさ!」


そう言うと、渚はそのイベント名を和久に告げた。


「ガノッソ銃継承イベントだよ。雪菜の武器新調にちょうどいいと思ってさ」


この少年は何を言っているのだ、と和久は考える。

和久もガノッソ銃という名前には聞き覚えがある。

師匠であるキースが扱う名銃である。

その継承を受けるというのはどういう意味かと思考をめぐらしたところで、困惑している和久を置き去りに渚は言葉の続ける。


「都合よくさっきそこでイベントのキーNPCと会えて、イベントは発生させたし、後は魔物が来るのを待つだけなんだよ。あんたはもうイベント終了してんの? まだ? 終了してたら敵の情報教えてくんない?」


そこまで渚が矢継ぎ早に喋ったところで、集落の有事の際になる鐘が鳴り響いた。


「お! イベント始まったみたいだ。雪菜。アレク。ペトラ。このイベントは時間をかせぐだけでいいみたいだから、無理をするなよ!」

「分かりました渚君」

「了解した」

「分かったわ」


渚達が駆け出していく。

振り向き、空を仰げば、見たことのない巨大な魔物が姿を集落の中にゆっくりと現れ始めていた。

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