9 知乃視点・夢乃視点
● 知乃視点
「えみちゃん。あなたに婚約者が出来たわよ」
私が娘のえみちゃんにそう教えると、きょとんと見つめてきた。
「こんやくしゃ?」
「そう、婚約者。えみちゃんの結婚する人。お婿さんになる人よ」
「おむこさん!」
言った意味が通じたのか、えみちゃんは興奮したようだった。
「おむこさんって、えほんでみたシンデレラのおうじさまみたいなひとでしょう? あのおうじさまみたいにかっこいい?」
「そうね。将来絶対格好良くなるわ。えみちゃんも見たでしょう? 歩夢くんのことよ」
妹の夢乃とお婿さんのあの綺麗な楽くんの子だ。成長したら、格好良くなるに決まっている。
「おむこさんって、あゆむくんなの。かわいかったね。あゆむくんがおうじさまなのね」
どうやら私に似て、えみちゃんは王子様に憧れているようだ。私は苦笑した。
「そう。歩夢くんが王子様で、えみちゃんがお姫様。嬉しい?」
えみちゃんに問うと、にっこり笑った。
「うん! うれしい! あゆむくんがおうじさま。わたしがおひめさま。シンデレラのドレスがきられるかな」
シンデレラのドレスは消えてしまうけれど。えみちゃんが着る花嫁衣装は消えないだろう。
「ドレスは必ず着られるわ。消えないドレスが着られるわ。私の結婚式のときの写真をまた見る?」
えみちゃんは、私の結婚式のドレス姿が大好きだ。
「うん、みせて! あのドレスのおかあさま、おひめさまみたい。おとうさまはおうじさまみたいよね」
「そうよ。私がお姫様で、航平くんが王子様なのは、ずっと変わらないわ」
学生時代からずっと私がお姫様で、航平くんが王子様だ。
私は写真を取り出して、えみちゃんと一緒に楽しんだ。
♦ ♦ ♦
● 夢乃視点
まさか、楽くんのお父様の会社が倒産してしまうとは……。
いつも楽くんと一緒にいたけれど、予知出来なかった。
「ごめん、夢乃。俺、大学やめて働かないと。弟、せめて高卒くらいにはしてやりたいし、家の借金も返さないといけないし」
楽くんが大学やめて働くなら、恋人として私も役に立ちたい。
私も大学やめて働こう。更に予知夢の力を使えば、株の動きなども当てられるだろう。
「私も楽くんの力になりたいわ。大学やめて働くわ」
「夢乃……」
楽くんがじっと私を見下ろす。不思議な虹彩の綺麗な瞳。
「お前がそこまでする必要はない。俺の家の事情だ」
「それはそうだけれど。私が勝手に役に立ちたいだけなの。お願い。わかって」
「お前は……」
身体を抱き寄せられた。華奢に見えるけれど、結構力強い。
「夢乃……お前。昔から、俺の世話をする。そんな夢乃を愛しているんだ」
仰向くと、キスが降ってきた。柔らかい口付け。
「私も楽くんのこと愛しているわ。力になりたい。手伝うわ。もう決めたわ」
楽くんに抱きしめられながら、心を決めた。
♦ ♦ ♦
そののち、楽くんの『資質』が父と同じくらいであることが判明して、婿に来てもらうことになった。
借金や学費は、一時的に祖父が立て替えてくれた。
結婚し、祖父から借りたお金を返す為に、毎日楽くんと働き続けた。
楽くんは過労になるのではないかと心配する程に働いた。
「そこまで働かなくても……」
「夢乃こそ。働いている上に、株取引もしているだろう」
子どもが生まれてからも、私達は一生懸命働き、やがて借金を完済した。
私と楽くんは、手を取り合って喜んだ。
「良かった……。頑張った甲斐があったわね」
「そうだな。夢乃がいてくれたおかげだ。運の悪い俺の、幸運の女神だ」
女神とまで言われると、恥ずかしい。
少し余裕が出来た楽くんは、また油絵を描いていた。
「何の絵を描いているの?」
「勿論、夢乃の絵。俺の技術ありったけ使って、女神みたいに描く」
時間をかけて丁寧に描かれた、女神様のような私の絵が完成した。
「……相変わらず、私のこと美人すぎに描いてくれるのね」
「美人すぎじゃない。俺にはこう見えている。でも……夢乃。お前はこの絵より綺麗だ」
それこそ綺麗な楽くんに言われて、顔が熱くなりながらもお礼のキスをした。