君の知らない場所
テレビの画面を眺めながら、機械的にポテトチップスを口に運んでいた息子の手が急に止まった。私は鼓動が早まっていくのをはっきりと感じた。
気配を殺して妻の顔を盗み見ると、目をみひらき息子を凝視する顔がそこにあった。
「ねぇ、僕、ここに行ったことがあるように思うんだけど」
息子はテレビの画面を指差し、私と妻を交互に見やった。その目は真剣だった。
「気のせいよ。卓ちゃんはあそこに行ったことはないわ」
あわてて作り笑いで言ったものの妻の顔はあきらかに強張っていた。
あそこ……。妻もやはり忘れようのない場所なのだ。
「きれいな場所なのにママは嫌いなんだね」
息子は目を伏せると、手にしたままだったポテトチップスをカリッと噛んだ。そしてそのままの姿勢で、
「ねぇ、パパとママ、本当に別れちゃうの」
と呟いた。
妻はテレビのリモコンに伸ばしかけた手を止めた。
私は息苦しさを覚えながらテレビの画面に目をやった。
私が妻にプロポーズをしたときと少しも変わらない風景がテレビの中で揺れていた。