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勉学の意味

作者: Raja&Y
掲載日:2012/07/21

本題に入るその前に何故勉学の意味などを考えて、それを書こうと思ったまでを語ろうと思う。


私は自分の住んでいる地区近辺の中で、最下層の高校へ付属している。

何故か、と聞かれれば当たり前のように「勉強をしてこなかった」

あるいは「面倒だった」と答えるだろう。

その辺りはやはり同じ付属校の学友に聞いても同じ意見を大多数fが答えると思う。

それほどに下層の学校だ。


そんな考えを持っている生徒が居る学校に通っていると言うことは、そこまで物事を深く考えず、感情的に動いて今まで過ごしてきた結果を私が持っていると言うことだ。


そんな馬鹿な私だが、時たまに哲学の紛い物のような考えをふっとしてしまう時がある。


例えばゲームをしている時には、そのゲームの物語が終っては何も残らないと考え、また違う場合の例え、部活をしている時には結果は残るが将来何の役に立つのだろうか、それは何かの利益になるのだろうか、あるいはその利益は最終的には必要だろうか、と考えてしまう。


そんなよく分からない考えをしている内に出てきたのが勉学の意味、だった。



さて、勉学の意味とは。


まず結論から言わして貰えば、その生きる過程で自分が満足になるのに必要な道具だと思う。


読んでいる人の中にこんな事を思った人は居るだろうか。


ある時に、自分は何かの出来事に逢っていた。

しかし、その出来事を自分の思う最後までやるのに自分は知識、あるいは経験が足りない。

そして満足にいく結果では無いままその出来事は終ってしまう。そしてそれが後悔になり、今でもそれを思い返して悔やんでしまう。

そんな事がないだろうか。


そんな思いをしない為に結局は勉学をして、その出来事を仮想的にやっていれば、それを最後までやり遂げられ、後悔が残らなかったかも知れない。


それが勉学の意味、だと私は考える。


結論はこうなったわけだが、私はこれが正解だとも、不正解だとも思わない。


何故か、それは勉学の意味なんて無いと思うからだ。


「その言い分は矛盾している」と言われれば確かに矛盾はしている。


しかし、だ。

人間と言うのは、思考能力が長けている生物だ。

自分の思考だけで先程話した出来事が解決したかもしれない。

思考能力だけで勉学など不必要な場合も在る、だからこそ勉学の必要が無い、と言う考えが在るからこそ先程矛盾した言葉を言い切った。


結局勉学と言うのは自分が満足に生きる道具であって、別段と無駄な物を詰め込んでも意味が無い。


…と言いたい所だが、今の世の中そういうわけにはいかない。

そのような言い訳をして、結局やらなければ現代社会から落ちこぼれていくばっかりだからだ。


こればっかりは仕方無い。

過程はどうあれそういう『常識』が出来てしまったのだから。

今更言い訳したところで何が出来るわけでも無いし、結局はこの文章だって唯の言い逃れに捉えてしまう。


ただ、そういう考えを持っても周りはどうこう言う筋合いも、理由も無い。

理由を求めないと何も出来ない人だって居る。だからこそ、こんな考えを持ったとしてもそれを否定してはいけないとは私は思う。



話は大きく変わり、また別の勉学の意味の話をする。

その前に、勉強嫌いな人に問いかける。

何故そんなに勉強が嫌いなのか、と。


一部回答の例としては、「わからないが、嫌いな物は嫌い」だ。


意味なんて無く嫌い。と言うことだが、…果たしてそれは本当に意味なんて物は無いのだろうか?

実際私もその考えだったが、今は違う。学ぶ事に楽しさを感じている…、一時の物だとは思うが。


勉強が嫌い、の理由を考えてみた。

何故、どうして、結局は?と何度も自問自答をしてみれば不思議と答えが出てくる。


「周りの影響で勉強はマイナスイメージが在るから」


これだった。


漫画、アニメ、ライトノベルなどの仮想的物語を見て見れば分かる。

一部の登場人物を省いてだが、大抵は勉強にマイナスイメージを持っている物が多い。


更に、現実もそうだ。

高校生の大半が勉強を嫌がり、遊びを優先する。

それが当たり前、となっている事と、勉強内容の使い道が分からないからだと私は思う。


道具の使い道だってそうだ。

例えばスコップにしても、それを使って地面を掘るのが当たり前。

例えばパソコン一つの使い方にしたって内容が多すぎてその内容の使い道が分からない、だからこそパソコンができない。


勉学だって同じだ。

数学や国語なんて物は理解できないし、使い道なんて物は分からない。


だからやる気が起きないし、その勉強を強要する学校が嫌いだ。そう思ってしまっているため、勉学にマイナスイメージを持ってしまっているかも知れない。


結局は私が自分で立てた仮定なので、他の人の考えは違ってくる場合もあるかもしれない。


さて、それではどうしてそこにマイナスイメージが根付いてしまったか、それは…次の投稿で語ろうと思う。


ここまでの結論としては、


・勉学は結局自己満足

・勉学は人生を生きるための道具

・勉学には大半の方にマイナスイメージが付いている(仮定)


だ。


最後にだが、これは全て私の立てた仮説であって正解ではないし、曖昧な物で理解するのも苦しいと思う。

だからこそ、この文章に意味は無く、結局これも自己満足だと私は宣言しよう。

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