5:融和、そして、前進
それからの3日間は、何があったかなど全く覚えていない。
もしかしたら、何も考えていなかったのかもしれない。ただただ、目の前の仕事をこなして帰って寝る。それを繰り返していた。
4日目になって、やや、思考を取り戻せてきたように思う。
やっかいな事になったとか、どうして今になってとか、詐欺だ、卑怯だ、など責任転嫁な思いと、あの時ああすれば、もしこうしていたら、もっと話し合えば良かった、という過去を悔恨する思いとが、一気に押し寄せてきた。
立て続けに物事が動いたので、上辺では理解できても、心の奥底では対処しきれていなかったのだ。
5日目には、それも落ち着いた。
そうしてここ最近姿を見かけなかった、あの少女の事を考える余裕もでてきた。
思い返してみれば、俺は彼女と一回しか話していない。それも2~3言ぐらいだ。この間までは本気で『ミチルの怨念』だと思っていたけれど、そんなわけはない。そして、あの行動を考えれば、何かを伝えたかったらしいのは今ならわかる。
彼女も間違いなく関係者なのだ。
だからだと思う。
仕事を終え家に戻ってくると、郵便受けに可愛らしい封筒が入っているのが見えた。
「きちんと会って話がしたい。」と、「もし、話を聞いてもいいと思われるなら、明日の10時、この場所に来てほしい。」と。
通常なら、そして過去の古傷をえぐられたばかりの頃であれば、「どのツラ下げて、何をいまさら」と相手にもしなかっただろう。
けれど、一通り落ち着いた今、会わなくてはいけないような気がしていた。関係者の彼女の話を聞く責任がある気がしたから。沙紀との待ち合わせは14時だから、十分な時間は取れるだろう。
次の日、土曜日。
沙紀と会う日、そして、きっかけとなった彼女と会う日。
指定された場所は、駅近くの本屋に入っているコーヒー店だった。正直、俺はこの近辺はあまりうろつかないので、目立つ建物の店というのはありがたい。10分ほど先に来たつもりだったが、店内に見覚えのある少年と少女がいるのを発見した。
その瞬間、自分の中でひっかかっていた少女の正体があっという間に形になる。
なんで双子という可能性を考えなかったのか?
簡単なことではないか!
まぁ、気づいていたらなんだというわけではないけれど…ひょっとして、ミチルは2人もの命を消したくはなかった?
1人でも2人でも中絶という行為の重さは変わらないのかもしれないけれど、それは男の自分だから、そう思うのかもしれない。なにせ、自分のおなかの中にいるのだ。そこで生きているのだから…。2人も!!
いや、親に相談する前に病院へは行ってなかった。
だから本当のところはわからない。けれど、そういう風に考えた方が、自分の中で上手くミチルの考えを消化できる気がする。数の問題ではないとわかっていても。
少年が俺に気づいて、手を振る。少女はちょっと身を固くしたようだ。
俺は、席に案内しようとしているウェイトレスに会釈をして、一直線に彼らの元へと進んだ。そうして、向かい合わせに席に着く。
「早いねー。」
少年はヒラヒラと手を振って俺を迎える。
「へへ、この店いいだろ。ここなら、おじさんでも浮かないでいられるんじゃね?あ、オレ、付き添いだから気にしないで。」
彼は、場の空気を和らげるように、そんなようなことを話した後、黙ったままの少女に、「ほら、ちゃんとしろよ。」と肘でつつく。
俺は、あえて口を開かずに少女の言葉を待った。
「まず…ごめんなさい。」
うつむいたままの彼女から、細い声がもれる。
「私たちの事、知らないのわかってました。本当はお互い、知らないままの方がいいことも。でも、本当の事知ったら会いたくなって…。」
ふいに、少女が顔をあげた。俺を見据える目。…似ている、ミチルに。
だけど、それは、あの憎しみや恐怖や怯えではなく、しっかりした芯のある目。
「そしたら、なんか、止まらなくなちゃって。何もなかったように暮らしているのがむかついちゃって。壊してやれって。彼女さんにも、別れろって。私が原因だったら、それだけで忘れられなくなるでしょ?…でもヤな奴でした。ごめんなさい。」
少年は特にかばう気も意見を言う気もないらしく、頬杖をつきながら少女の方を見ている。
「でも、会いに行ったことは、謝るつもりはありませんっ!これだけは絶対。」
ただ、存在を認めてもらいたかっただけなのだ。
彼らが確かに、望まれていようといなかろうと、ここに生きていると知るために。
存在を証明するためには、もともとのルーツを、特に、自分の血の元を知りたいと思うのは当然のことなのだ。自分に近しい人に会いたいと思うことも、自分を知ってもらいたいと思うことも。
それは俺が否定することじゃない。誰も否定できない。
今現在、どれだけの人が自分の生みの親を探しているだろう?血のつながった親族を?
歓迎されないだろうとどこかで思いながらも、たとえ今、育ての親と幸せに暮らしていても、それでも、その人の事を知りたいと、そう思う気持ちを誰が止められるだろう?
俺が、彼らに会うと決めてから、散々考えた結論がこれだ。
はっきり言って、面白半分に母や沙紀を『巻き込んだ』のは許せない。けれど、感情論で否定はしないでおこうと。したからといって、状況が変わるわけではないし、俺が断罪する資格もないからだ。
「…うん、わかった。それで、君たちは俺にどうして欲しい?」
セリフだけで考えると、なんという上から目線だろう。でも、俺にはこう聞くのが精いっぱいだったのだ。
認知する?資金を出す?時々、親として会う?そのどれも彼らは望んでいないだろう。
第一、ミチルの親の籍に入っているのだから、今更、父親面なんかできるわけがないし、それは今まで面倒を見てくれた人に対し、裏切りにもなってしまう。
それでも俺は何かできることをしてあげたかった。彼らの望むことを。
「覚えていてほしい。それだけ。」
少し考えて、少女は答えた。いつも間にか頬杖をやめた少年も、それに合わせて頷く。
「じゃぁ、俺からも頼みがある。」
「もう顔を出すな、とか?」
少年は軽い口調で返したが、目はこちらの真意を問いただすかのように真剣そのものだった。
俺は、軽く首を振る。
「線香をあげに行ってもいいかどうか、お母さんに聞いてくれるか?」
一瞬きょとんとした後、ぱっと二人に笑顔が広がった。
「はいっ、必ず。」
やはり、子供は…それは2人に失礼か、学生は、笑っていた方がいい。若いうちは、本当に。それで悩みや問題が解決しなくても。こんなことを考えるのは、年を取った俺の自己満足?
いずれにせよ、どことなく微笑ましい気分になって、俺まで笑顔になっていた。
「後、ここ、おごる。」
それから数時間後。
俺は、いつもの待ち合わせ場所へ向かう。
そう、少女と会ったのは丁度2週間ほど前のこの場所だった。相変わらず、休みになると人でにぎわうモニター前。俺はその時まで、うしろを顧みることもなく、仕事に恋にと前へ進んでいたのだ。
ミチルや子供たちの事を知ったのが、俺にとって良かったのかどうか、正直分らない。
けれど、あの時、何も起こらなかったとしても、それが良かったかどうかだってわからないのだ。
俺は受け入れる。
それを沙紀が受け入れてくれるかどうかは、俺が決めることでも、願うことでもない。俺の問題は俺が背負わなくてはならないから。
遠くに見覚えのある姿が見えた。
お読みいただきありがとうございます。
以下、ちょっと長い後書です。
本当は、登場人物全員(沙紀と少年除く)どこか病んでいる設定でした。
少女は職場まで押しかけ、もっと精神的に追い詰めるはずでした。
春木 俊は、昔、不良設定でした。
ミチルは恨みを持って死んだはずでした。
(少女の名前はその当てつけ・椿=春木 少年の名前も駿でした)
そして、ホラー系になるはずでした。
けれど、生死を扱う以上、悪者はつくりたくなかった。
特別な人たちの話にしたくなかったのも1つ。
少女にそこまでさせてしまうと、かえって少女自体が悪になって、とてもじゃないけど和解はできないだろう、というのも1つ。
なので、少女の名前だけ残して、他は普通の人として書きました。
それで物語が良くなったのかどうかはわかりません。
少年は「走れおっさん」の少年と同一人物です。
もともとこの話が先だったのですが、A面・B面の心理描写に手間取り、投稿順が逆になってしまいました。(時系列的には正しい)
反省点は数あれど、俊と双子の話はおしまいです。
本当にありがとうございました。