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3:深甚(A面)

 酒井 ミチルとは、中学の時の同級生でかつ彼女だった。


 生まれて初めての彼女だったから、2人で過ごした何もかもが新鮮で、語る言葉もめちゃくちゃ自分たちの世界に入っていて…今思うと恥ずかしさのあまり、頭を抱えて叫びだしたいほどだ。

若さに任せて、自分の感情に忠実に突っ走った恋だったから。


 甘酸っぱくキラキラした青春の思い出。


 けれど、違う意味で頭を抱えたくなる記憶がある。ミチルとは全てにおいて初めてだった。一緒の登下校も、デートも。そして今思うと早すぎるが、・・・大人の関係も。


 それは一回だけだった。

 けれど、確率なんて初回かどうかなんて関係なく平等に訪れる。


 もちろんお互いの両親を巻き込んだ大騒動に発展し、幾度とない話し合いの上、今回は諦める、ということになった。


 ミチルは彼女の母の実家へ行き、俺はそれっきり会っていない。いや、会えなかった。その実家の場所は日帰りできないほど遠かったし、すぐに受験がやってきて、なすすべもなく日常へ戻らざるをえなかったからだ。


 それが、ミチルとの思い出。後味が酷くにがい、重い重い、思い出。


 そして今、パパなどと言いながらまとわりつく、知らない女子高生がいる。


 だから考えられるのは、ミチルが俺に嫌がらせをしているのではないか、ということだ。あの頃の自分と同じ年頃・・・14・5才の知り合いか誰かと共謀して。


 俺の実家を知っている事からいっても、ありえる話だと思う。

・・・まぁ、なぜ今そんな事をするのか?という疑問もあるけれど。



 とにかく確認しなくてはならない。


 実家から電話があった次の日。丁度土曜日だったので、記憶をたどり、酒井ミチルの家へと向かった。


ミチルの家は、俺の家からは学校を挟んで反対側に位置していたが、毎日のように近くまで送ったり、中でお菓子を食べたりしたものだ。彼女の母もやさしかった。

 もっとも、今は別の場所に住んでいるかもしれないけれど、実家は残っているだろう・・・確か一戸建てだったはずだから。



 住宅街の一角に、昔とほぼ変わらない家が姿を現した。本当に変わらない。真四角な外観に薄灰色の壁、庭はきれいに手入れされている。


 表札は…「酒井」。

よかった、少なくともミチルの両親は住んでいるということだ。


 玄関の前に立ち、インターホンを……待てよ。なんて言えばいいんだ?


 まず、ご無沙汰しています…だろ。ミチル、さんはいらっしゃいますか?

それともその前に、謝罪からはいったほうがいいのか?あえて触れない方がいいのか?


 そもそも俺と話をしてくれるのだろうか?

やっぱり相手だって忘れたいだろうし、突然訪問するのなんて迷惑だしなぁ…。


…ええい、何とかなるさ。


 俺はインターホンのボタンを押した。

チャイムが鳴り終わる前に、ガチャッと通話ボタンが押される音が聞こえる。俺は息を整える。


 『おっさん、いらっしゃい!ちょっと待っててっ!』

 「は?」


 ガチャンとインターホンが途切れ、ガチガチに緊張していた俺はめんくらってしまった。


 おおお、お、おっさん…?!


 お、俺が?


 いや、まぁ、おっさんと呼ばれる年齢かもしれないが…せめておじさんの方が…。


 「…あ、れ?ははは、すいません、ちょっと知合いと勘違いしたみたいでー。」


 玄関から顔を出したのは、中学…いや、高校生ぐらいの少年だった。

髪は強い癖毛で、背は低め。もしかして、あの少女の兄弟か?同じぐらいの年に見えるんだけれど。


 ・・・! ・・・子どもがいるということは、ミチルも、まだここに住んでいるのだろうか?


 で、あんた誰?という視線に押され、俺は要件を伝える。


 「春木といいますけど、お母さんいます?」

 「いるけど、新聞はとらないと思うよ?宗教もさーうち仏教だし、多分。よそ行った方がよくない?」

 「え、いや、俺はお母さんの昔の知合いなんだ。ちょっと近くまで来たから寄ったんだけど。」

 「ふぅん、じゃぁ今呼んできます。少々お待ちください。」


  少年は家の中に引っ込んで、俺は玄関前に突っ立ったまま手持無沙汰に残される。


 ずいぶんよく喋る子供だな…それに言葉遣いが何かおかしい。

とはいうものの、チャイムを押す前に比べ肩の力が抜けたのはよかった。

あのままだと、ミチルに会うないなや余計なことまで口走りそうだったから。


 「…春木さん?」


 ふと玄関の中に目をやると、初老の女性が少年に連れられて現れた。ミチルのお母さんだ。昔より老けた気がする・・・当たり前だが。


 「あの、ミチルは・・・。」

 「ごめんなさい、その話は外でいいかしら?」


 ミチルのお母さん、菜々子さんは、ちらっと少年の方を見て言った。

 あまり彼に聞かれたくないらしい。


 俺は彼女の後について、家の前の庭まで移動する。

 背の低いオンコの木に赤い実が点々となっていて、そういえば良く2人でつまみ食いしたことを思い出す。


 「あの子、いないのよ。」

 ここなら声が聞こえないと思ったのか、菜々子さんはくるりと振り返って言った。


 「ミチルに確認したいことがあったんですけど…いつ戻ってきますか?」

 「ああ、そのいないじゃなくて……死んだの。ミチル。」

 「え?」


 死んだ?


 「いつ、ですか?」


 「…やはり、お話しした方がいいわよね」


 ミチルのお母さんの言葉に、俺は訳も分からず頷いた。死んだって?今、そう聞こえたけれど。


 「あの時…、この近辺には産婦人科は少ないし、変な噂になっても困るから…

  堕ろすと決まったらすぐに、私の実家へ連れて行った。それは知っているわよね?」


 「ええ、たしか、そちらの方が病院のレベルも高いし、

  知り合いに知られる心配もないからといって。」


 「そう。…でも、あの子は抵抗してね。

  なんとか病院へ連れて行ったけど、もう手遅れになってしまった。

  出産したものの産後の肥立ちが悪くて、そのまま・・・。」


 なにをいっているんだ?


 ミチルのお母さんは淡々と言葉と紡いでいるが、俺には漠然としかつかめない。つかみたくない。


 ・・・手遅れ?出産だって?だって、あの時、ミチル本人も納得したではないか?それを、それをどうして?


 そして死んだ?死んだって?


 いやまて、出産?・・・ということは、あの・・・


 「じゃあ・・・さっきの子は、俺の・・・。」


 「いいえ、私と夫の子どもです。

  戸籍もそうなっていますし、本人にもあなたのことは話しておりません。」


 ミチルのお母さんは、俺の顔を見てきっぱりと言い放った。


 「あの時、あなたやあなたのご両親と一緒に、何度も話し合って決めましたね。

  にもかかわらず、人の人生を左右する決断をしたのは、ミチルの責任。

 そして、それを認めざるを得なかった親の責任。本当にだまし討ちみたいなものね。

 あなたが気に病む必要はありません。」


 「けれど・・・。」


 「それが一番いいのよ。だから、あなた方にも知らせませんでした。

  少なくとも籍はちゃんとしているし、養育費などの心配もいらない。

  迷惑を掛けることはないと思うから、今、お話ししたことは忘れて下さい。」


 俺は、何も言えなかった。動けなかった。何か、言うべきだと思ったが、言葉が一つも出てこない。 何もできない、息をして立っているだけ。


 頭がくらくらするのは、日差しにやられたから?

 それとも過去からの思わぬ反撃に思考がついていけないから?


 ミチルのお母さんは身じろぎせずに、有無を言わせない口調でこう言った。


 「お帰り下さい。」









 なんて事だ・・・なんて事だ・・・!!!





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