2:心当て(A面)
あの後、少女は、わざとらしく「やっぱり人違いだったみたい~。」とか何とか言って、俺たちの前から消えたが、俺は一向に気が晴れなかった。
「パパって、どっちのパパだったんだろうね?やっぱり援助交際系のパパかな?」
「だとしたら、間違えるぐらいの金持ちオーラが、俺にあるってことだよな。」
あまり気にしていない様子の沙紀の言葉に、俺は自虐だかなんだかわからないコメントを残す。
せっかく久しぶりに沙紀と一緒にいるのに、なんなのだろう、本当、この重い気分は。楽しみにしていた料理の味もほとんどわからない。
結局その日は、いつもと同じように食事の後ぶらぶらと、ネオンきらめく通りを散歩したりする気にもなれず、体調だのストレスだの言い訳を付けて自宅に戻ってきた。
間違い・・・な訳はない。絶対、俺だと分かってやったのだ。だが、何のために?
俺は子どもに恨みをもたれるようなことはしてない―どちらかといえば俺は“学生”と呼ばれる年代が苦手で、どこか集団で歩いているのを見れば遠回りも辞さないくらい。朝の通勤時に一緒になるのもようやく我慢しているほどだ。ましてや女子高生なんて、接点がなさすぎる。
いくら考えても何も思い浮かばない。いい加減に寝ようと布団をかぶると、あの黒い黒い目が思い起こされてくる。
多分・・・。俺は思った。多分、今朝までのしつこい視線もあの少女の仕業なのだろう。
でも、なぜ?
理由を求めて思考が同じ所をぐるぐるグルグル・・・気持ちが悪い。
あの感じ、あの暗い黒。でもなぜ?
そうだ、なぜ気持ちが悪くなる?俺は何か恐れている?
次の日の朝は、うっとうしい視線もなく、久しぶりに平和な時間を過ごすことができた。それはそれで、この一連の事件はなんだったのかと、心の中に未消化感が残る。
つまり、俺はからかわれたのだ。
帰りも何も異常がなかったので、俺はこう結論づけた。
罰ゲームで嫌いな人に告白~とか趣味の悪いことする人種がいるけれど、そういうのに目を付けられたのだろう。知らない人にドッキリとかそんな類の。今頃、仲間内で盛り上がっているに違いない。あの人チョー挙動不審だったよーみたいな。
ああ、いいよ、笑うがいいさ。それでほっといてくれるんなら文句はない。
沙紀にたわいもないメールを送って、TVを見ながら夕食をとっていると、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。液晶には“親”と出ている。
俺は自活しているが、実家も同じ市内なので、それほど電話でやりとりすることもない。それに先週、顔出したし。
なんぞ急用でもできたかと思い通話ボタンを押すと、母さんは挨拶もそこそこに、落ち着かない様子で聞いてきた。
「俊、あんた最近変わったことはないかい?」
「いや?なんも。」
あるにはあったが、わざわざ報告する話でもないし。
「そう・・・。」
? 歯切れが悪いな。
「なしたんだよ?何かあったの?」
「あのね、今日、お昼頃に高校生ぐらいの女の子が来たのよ。」
背筋が、氷水でも浴びせられたみたいにヒヤリとした。
あの薄く笑う少女が目の前にちらつく。え?今なんて言ったんだ?
「き、来たって?どこに?」
俺はやっと言葉を絞り出した。
どこにって・・・俺の実家にまで現れたのか?!・・・何のために。
っていうか、何それ。もしかして奴はストーカー?誰を?俺を?・・・ストーカー?!
「もう、あんたは。家にきまっているでしょ。・・・それでね、・・・その子・・・・・・・・・。」
母さんはしばらく言いよどんでいたが、やがてぽつりと言葉を漏らした。
「・・・・・・孫だっていうのよ。」
「!!!」
そっちのパパだったか!
いや、違う。何だその感想は。なんだか混乱して上手く頭が働かない。
恐怖を通り越してバカバカしくなってきた。俺は動揺している母さんを落ち着かせようと、わざと明るい調子で話しかける。
「おいおい、勘弁してくれよ。第一、年齢が合わないだろっ。いたずらに決まってるじゃん。」
「あ、そぉよね、そうよねぇ!あんたの年で、あんな大きい子なんて、おかしいわよねぇ。あの女の子の年頃だと、あんたが中学か高こぅ・・・。」
母さんの声が途切れた。同時に俺も息を止める。無音。
俺は携帯電話を取り落とさないように、もう一方の手を添えた。心臓がバクバクしている。
俺が中学か高校・・・?
ザッとモヤが一斉に晴れた気がした。
昔のことはあまり思い出したくない。特にあのころは。思い出したくはないけれど勝手に、頭の中で様々な光景が思い浮かぶ。
クラスの連中や、先生や、教室、学校行事、テスト・・・
そして・・・
そして・・・あの事件の顛末からいって関係があるかすら非常に怪しいけれど、今回の件に関わっているかもしれない人物。
酒井 ミチル・・・