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1:視線(A面)

 俺が違和感に気づいたのは、3日前のことだった。


 朝、地下鉄に乗っていると、視線を感じる。

 誰か席に座りたいのかと思い、腰を上げ乗降口へ移動したが、俺の動きをなぞるように視線もついてくる。誰が見ているのかと元をたどろうにも、混雑している時間帯ではどうしようもない。


 これは気持ちが悪い。


 意味不明の注目を浴びながら、やっと目的の駅までたどり着いたときにはもう、何とも言えない安心感があったものだ。そこから歩いて会社に着く頃には、あれは気のせいだ、自意識過剰にも程があるな、と苦笑するほど余裕が生まれていた。

 大体、もう三十路突入というしがない男に誰が注目するというのだ?そうこうするうちに、家に帰る頃には、視線のことなどすっかり忘れていた。


 まぁ、次の日の朝までは。


 今度は地下鉄を降りても、視線はついてきた。

時折、振り返って「主」が誰か探そうとするものの、後ろには、近くの高校に通う学生やウォーキングに精を出すおじさんぐらいで、特に変わった人物はいない。それでもしぶとく視線は追ってくる!

 正直、俺は半分泣きそうになって早歩きで会社を目指した。なぜ、外までついてくるのだ。何が目的なのだ。


 ああ、気持ちが悪い。気持ちが悪い!


 ・・・で、今日。


 外に出るのも億劫だったが、朝だけじゃないかと勇気を振り絞り、出社までの試練は乗り越えた。それさえ過ぎ去ってしまえば、後はもう気にすることはない。

 俺は、朝の不快感を一気に発散するかのように、仕事に集中した。通常より2倍の仕事率。もう一週間分はこなしただろう。


 退社時間になり、さて、今日も一日終わったな、と地下鉄の駅へ歩き出すと・・・!なんてこと!最近おなじみ、あの視線が追いかけて来るではないか!!


 なんで日に日にグレードアップしているんだよ?!


 俺はすぐに近くにあったコンビニへと駆け込み、奥の棚へと逃げ込んだ。

・・・「子ども110番店舗」か。登録しているだけあって便利な場所にあるな。自分がそういう目的で使うことになろうとは思わなかったけど。



 そういうわけで、今現在。


 俺は、15分ほど店の中でじっとしている。

 もちろん、店側に不信感を与えないように、商品を選ぶふりぐらいは・・・いや、ふりじゃなく、御礼がわりにジュースでも買っておくか。かなり精神的にも落ち着いてきたし。


 さすがに店の中には入ってこないようだ。

それもそうだろう、中に入った時点で俺に正体を気付かせるようなものだから。一気に片を付けたいのも山々だが、相手はそんなヘマはしないことも分かっていた。


 ちらっと店の時計を見る。


 まずいな・・・。


 今日は沙紀と約束があるのだ。もうそろそろ、地下鉄で移動しないと遅れてしまう。


 お茶をレジに出し、会計中そっとガラス越しに外を覗った。異常なし。変な奴もいない。俺は内心ドキドキしながら、何の気もない風に外へ出た。

 風がふわりと生暖かく吹いている。夕暮れの赤も終わりに近づき、空には濃い青が段々と広がっていく。あのまとわりつく視線も感じない。


 俺は気を取り直して、地下鉄の駅へと向かった。




 大通駅で降りる。


 ここに設置されている大型モニター前は、昔から色々な人に「待ち合わせ場所」として利用されていて、俺も昔から活用していた。

 沢山の待ち人の群れの中から、沙紀がこちらに気づいて軽く手を振る。

俺はほっと息をついて駆け寄った。もともと彼女はかわいい方だけれど、仕事帰りのシンプルな服が一番かわいらしく見えるのはどうしてだろう。


 「俊、お疲れ様。どぉ、仕事の方は?メドつきそう?」

 そう、ここ2~3か月、仕事が忙しく彼女と会う時間が取れなかった。メールや電話だけのやりとり。その埋め合わせということで、一緒に食事でもしようということになったのだ。


 「なんだか疲れてるみたいだけど。大丈夫?」

 「いや、最近何か変なんだよな。でもたいしたことないよ。沙紀は?」

 「なーんも問題ないよ。」


 彼女の笑った顔は癒される。

 さっさと、あの、ねめつく様な視線のことなんか忘れて、2人で楽しく過ごしたかった。

 俺たちはゆっくりと歩き始めた。


 「この間、メールでいってた店あったろ?あそこ予約しといたよ。」


 「え、やった!あのイタリアンのとこでしょ。さっすが俊君、気が利くねぇ。」


 「本当は映画にでも行きたかったんだけどな。7時のは間に合わないし、次9時だろ?ほんと、仕事していると上手く合わないもんだな。」


 「まぁ、いいじゃない。また今度にしよ、それは。」



 その時、俺たちの目の前に少女が飛び出してきた。


 ・・・あ、その制服は、会社の近くにある公立校のじゃなかったか?

 少女は、俺たち2人が足を止めたのを確認すると、にっこりと笑顔で話しかけてきた。


 「デート?かわいいじゃん。今度私にも紹介してよ。」


 思わず後ろに誰かいるのかと思ったが、少女の目はまっすぐに俺を見ている。

 こんな知り合いはいないぞ。しかも高校生なんて。・・・それにしても、どこか人を見透かす様な、怖い印象のある目だ。

 俺は沙紀と顔を見合わせると、言い聞かせるように少女に言った。


 「誰かと間違ってない?」


 俺の言葉に、少女はクスクスと、満足げに笑う。そうして、じっくり俺を確認するように上から下まで目を移動させると、親しみのこもった口調でこう言った。


 「やだ、何言ってんのぉ?パーパ。」


 え・・・?パ・・・?


 何を言われたのかわからない。


 理解しようと思っても、それを遮るのは、この少女の目。


 真っ黒で一点の光もない、底知れぬ闇にまるで何かが隠れ住んでいるような、暗い暗い目。それは酷く俺を不安にさせる。なぜだ?


 ああ、なんだろう。ひどく気分が悪い。

 逃れたい、どうやったら逃げ切れる?


 俺は、その少女の唇がうっすらと笑みを浮かべているのに気が付いた。



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