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『手紙シリーズ』

『元婚約者ではない人からの手紙』

作者: 甲光一念
掲載日:2026/05/25

『この手紙をもし君が読んでいるなら、御当主は随分と懐が深いということだろう。こんな恩知らずの手紙を、わざわざ愛娘に読ませようなんて、普通は思わないだろうから。

 勘違いしないで欲しいが、今の言葉に御当主を揶揄する意図はない。むしろ、この手紙を燃やすか届けるかという選択をさせたことを申し訳なく思っているくらいで、できれば俺からの謝意を伝えておいて欲しい。君に、そんな義理は無いだろうけど。


 君に婚約の解消を頼んだあの日、俺は初めて、自分の家が貴家に借金をしているということを知った。しかも、多額の借金を。返す目処なんか立つ筈もない程の、途方もない借金。

 具体的な金額を知ったのは、帰ってから父親の執務室を漁って書類を見つけた後だったけど、何をどう足掻いても返済できない額なのは一目で理解できた。それと、両親の羽振りがここ数年やたらと良くなった理由も。

 羽振りが良くなったというのは言い過ぎだった。追い詰められている様子がなくなったという程度の話だ。婚約前はいつだって資金繰りに苦しんでいる様子だった父が、最近はなんだか穏やかだった。俺はそれを、楽観的に見ていた。いいことだと。

 きっと、貴家との将来的な繋がりを得たことで何かが落ち着いたのだろうと。実際、父からはそういう説明を受けていたし、俺もそれに納得していた。跡継ぎの婚約者の家に借金をしているなんて、隠すわけが無いと思い込んでいた。

 思い込むは嘘か。考えもしなかった。考え無しだった。

 婚約を解消して欲しいと頼みに行ったのは、これも金の問題だ。両親の様子が改善したとはいえ、それでも別に裕福というわけじゃない。貴家でのびのびと暮らしている君に、結婚後も満足いく生活を送らせてやれるとは思えなかった。

 貴家のお陰で持ち直したくせになんとも恩知らずだとは思ったが、このまま何事もないかのように装って、騙すように結婚するということに俺が耐えられなかった。だったらせめて、現状をありのままに報告し、後ろ指指されれようとも婚約を解消してもらおうと。

 そして俺は、借金の存在を知った。

 君はそれを知っていたのに、俺がそれを知らなかったのが、死にそうなくらい恥ずかしかった。何事もない、さも知っている風を装ったが、内心は焦げるような羞恥に悶死しそうだった。

 だが、同時に好機だとも思った。

 これがあれば、婚約をもっといい形に持って行けるかもしれないと思った。

 婚約を、というか、婚約の後始末を、と言うべきか。

 俺と君の家が婚約を解消し繋がりが消滅しても、貴家に責任があると考える者はほとんどいないだろう。二つの家の評判には絶対的な差があった。どうして俺たちの婚約が成立したのか、理解できないほどに。

 それでも、口さがない者はいる。

 俺の家が貴家にしている借金を使えば、それすら封殺できると、そう思った。

 両親の様子が良くなったとは言っても、方々にしている借金を完済したわけじゃないのはわかっていた。ただ、今までより少し余裕が出ただけ。それだけ。俺はその借金を一覧にして纏め、具体的にどのくらいの負債が家にあるのかを完全に可視化した。

 その最中、駄目押しとなる事項が発覚した。両親が賭博に手を出していたという事実だ。貴族ならば賭博くらいは嗜むとは言え、それはあくまで資金繰りに余裕のある家の話。俺の家が手を出すにはあまりにも不適格。

 しかも笑えないことに、貴家からの借金を使って賭博をしていたと言うのだから、知った瞬間に親子の情なんて消え失せた。小心者ほど、箍が外れた時に何をするかわからない。こればっかりは、君も覚えておいた方がいいかもしれない。

 結果として、長い目で見ても借金完済の目処は立っていないと判断せざるを得ないと俺は結論付け、それを王城に提出した。結果は知っての通り、我が家は返済能力を認められず、貴族としても認められないと判断され、平民になった。


 だから、俺が君に何かを伝えられるのは、これが最後だ。

 申し訳ない。我が家の全てを売却しても、借金全体の二割程度しか返済できなかった。貴家に、となると、割合としてはさらに減ってしまう。金の持ち逃げ以外の何者でもない。ただの泥棒だ。

 婚約の解消ではなく、婚約の白紙化、という最後の土産で、少しだけでも留飲を下げてくれると助かる。いや、これは図々しいか。

 俺が貴家からの借金を知った時に好機だと思ったのは、その借金の額次第で、この婚約自体を無かったことに出来るんじゃないかと思ったからだ。家がなくなれば、婚約もなかったことになる。

 それは解消よりも上の、絶対的な消滅。

 そもそもそんなものは無かったという、過去まで遡っての因果の拒絶。

 だからまあ、賭博に手を出していた両親には心底呆れたけれど、頑張っている家族への気遣い、みたいな良心を切り捨てる最後の一押しにはなったから、人でなしにも感謝するところはある、のかもしれない。

 君に付く瑕疵を最小限に抑えられて本当に良かったと思う。


 婚約期間中、君に割く時間が少なかったこと、今更ながら謝罪する。すまなかった。

 それでも、俺を見放さないでいてくれて、ありがとう。

 俺の家では碌にもてなしも出来ないから、会うのは殆どそちらの家だったけど、それを責めるでもなく、会うたび誠実に対応してくれたこと、正面から会話してくれたこと、なんて出来た人なんだろうと思った。申し訳なかった。俺なんかが相手で。二年間も拘束して。

 俺の大して面白くもない話に律儀に相槌を打ってくれてありがとう。本当に嬉しかった。


 最後だと思ってつい筆が乗ってしまった。ここまで読んでくれただろうか。冗長になってしまったので、飛ばして末尾だけ読んでいるのならそのまま中間部分は読まなくて構わない。大したことは書いてないから。

 二年間ありがとう。君と向かい合ってお茶を飲んだことは、俺の一生の思い出だ。』

 半年後、一組の夫婦がめでたく結婚式を挙げた。

 気まずそうにする新郎の脇腹を、鋭く小突く新婦の姿に苦笑する招待客。

 一生尻に敷かれることが確定した新郎は、泣きながら生涯の愛を誓ったという。

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― 新着の感想 ―
あ、読んだ瞬間に出る一言が読めてきた。 「あんのっ馬鹿! 何勝手に一人で完結しようとしてんの!」 だろうか。 まあ、こんな感じの発言はしてるのは間違いない。口調は穏やかか激しいか。後者かな? 「待…
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