第5話 誤解と真実
昼下がりのカフェ。
ランチのピークを越え、店内は少し落ち着いていた。
秋斗はカウンターで作業をしながら、
何度目か分からないため息を飲み込む。
優風とは、まだぎこちないままだ。
話しかければ返事はある。
でも、どこか壁がある。
(今日こそ、ちゃんと謝らないと)
そう思って、タイミングをうかがった、その時。
チリン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ――」
声を出しかけて、秋斗は固まる。
入り口に立っていたのは、
麻美だった。
一瞬、時間が止まったように感じた。
手が止まり、
持っていたカップが傾く。
「あっ……」
落としかけたそれを、なんとかカウンターに戻す。
優風が、秋斗の様子を見て、
視線だけで問いかけてくる。
――知り合い?
秋斗は、わずかに頷いた。
麻美の視線が秋斗に注がれる。
「……秋斗」
少し間があって、
ぽつりと言った。
「なんか、雰囲気変わったね」
髪型、服装、姿勢。
以前の“自信のない秋斗”とは違う。
麻美はそのまま秋斗の前に座った。
優風はカウンター奥で、その様子をじっと見ている。
***
「ねぇ、新しい彼女?」
麻美が、ちらっと奥の優風を見る。
「ち、ちがうよ」
「ふ〜ん」
麻美はメニューを手に取りながら、ぽつりと言った。
「……あの時は、私……言い過ぎた」
「え?」
「私ね、やっぱり、まだ秋斗のこと好きかもって思って」
秋斗の心臓が跳ねる。
「元に戻らないかな?」
(それって……)
「やり直せるなら、やり直したい!」
麻美が唐突に発した言葉に、秋斗は混乱した。
「麻美!?」
驚きと戸惑いが入り混じる。
だが、反射的に“優しさ”が口をついて出た。
「え、あ……その……ありがとう。
でも、ちょっと……」
曖昧な笑顔。
その瞬間──
ガシャン、とカウンターの奥から食器の音が強めに響いた。
秋斗が振り向く。
優風のこわばった表情が目に入る。
優風は顔をふせ、そのまま店の奥へと消えていった。
――優風さん。
声をかけようとしたが、言葉が出なかった。
沈黙が流れる。
***
優風がいなくなったタイミングで、麻美はため息をついた。
「やっぱり、秋斗は何も変わってないんだね」
「……え?」
一瞬、耳を疑う。
(変わってないって!?
もう、あの頃の自信のない俺じゃない。
……俺は、変わったはず。)
麻美は続けた。
「私ね、ずっと思ってた。
秋斗は何でも私に合わせてくれたけど……
それって、私だけが一方的に好きなだけみたいで、
すごく不安だった」
秋斗は反論する。
「違う。俺は……麻美にふさわしい彼氏になりたくて──」
麻美は首を振った。
「そういう“いい人”なところが、逆に苦しかった」
秋斗の言葉は、そこで止まった。
***
麻美は視線を落としながら話し始める。
「サークルの先輩に相談したの。
“別れを匂わせて本心を確かめろ”って言われて……
それで、あの日、別れ話をした」
秋斗は息を呑む。
「でも秋斗は、あっさり受け入れた。
“ああ、私のこと、そこまでだったんだ”って思った」
秋斗は言葉を失った。
あの日の“優しさ”が、麻美を傷つけていた。
(俺……あの時も、曖昧に笑って……)
胸が締め付けられる。
***
麻美は秋斗をまっすぐ見つめた。
「今もそう。
もう気持ちが変わっているのに、
傷つけるのが怖くて曖昧にする」
麻美は、コップの水を一気に飲む。
「いい人でいようとするの、もうやめなよ」
秋斗の心臓が掴まれたように痛む。
(変わってる?……俺の気持ちが……)
麻美は最後に、どこか吹っ切れたように微笑んだ。
「あ~あ、私、同じ人に二度もフラれたみたいね」
コップを縁を指でなぞる。
指先が少し震えている。
「秋斗は優しいよ。でもね、
その優しさで、自分をごまかすのはもうやめたら」
それだけ言うと、麻美は店を出ていった。
秋斗は追いかけることもできず、ただ立ち尽くした。
***
麻美が去った後、秋斗はしばらく動けなかった。
麻美の言葉が胸に刺さり続ける。
(俺……また同じことをしてたんだ)
(優風さんにも、誤解させた)
(麻美への気持ちは……もうない)
(俺が、今、好きなのは……)
ようやく、自分の恋心が完全に優風へ移っていることを自覚する。
優風の言葉を思い出す。
「『愛民は煩わさるべし』――行き過ぎた愛情は、みんなを不幸にする」
――このままではいられない。
秋斗は拳を握りしめた。




