第4話 揺れる気持ち
昼のカフェ。
ランチタイムが始まり、店内は一気に騒がしくなる。
秋斗は、気づけば自然と中心で動いていた。
注文を受け、配膳し、レジを回す。
優風に言われ、しぶしぶ続けた頃はぎこちなかったが、
今はもう流れが読める。
(優風さんには感謝だな)
そう思って視線を送ると、優風は、慌てて目をそらす。
秋斗がカウンターに戻ると、そそくさとテーブルに向かう。
「お待たせしました」
「……え?」
読書中の客が驚いて顔を上げる。
「えっと……こちら、ホットでしたよね?」
「いや、何も頼んでないよ」
優風が珍しく、言葉に詰まった。
「す、すみません……!」
急いで戻ってくる。
完全に、焦っている。
「ちょっと勢いがつきすぎたかな、逆にブレたってやつ」
(なんか、苦しい言い訳)
「“能なるも不能を示す”ですか」
「もう、うるさいなあ」
秋斗が突っ込むと、頬を赤らめてバックヤードに消えた。
(優風さんでも、失敗することあるんだ……)
秋斗は、少しだけ優風を身近に感じた。
***
夕方。
ピークを越えた店内で、秋斗は動き続けていた。
その分、優風は少し距離を取っている。
以前なら、すぐ横で指示が飛んできた。
今は、少し離れた場所から様子を見るだけ。
「ここ、どうですか?」
秋斗が聞くと、
「うん、まあ……大丈夫でしょ」
素っ気ない返事。
(あれ、まだ怒ってる……?)
理由が分からないのが、一番落ち着かなかった。
***
あれ以来、優風とは、どことなくぎこちない。
普通に挨拶を交わし、仕事も滞りなく済ませる。
でも、以前のような助言は無くなっていた。
目が合っても、避けられることが多くなった。
(まあ、俺も一人立ちしたってことかな)
秋斗は、そう言って自分自身を納得させるが、
さみしさは隠せなかった。
***
そんなことが続いたある日。
優風の学部仲間らしいグループが入ってくる。
優風は、いつもの明るい声で対応する。
「あっ、みんな、いらっしゃい」
笑顔。
軽い冗談。
その中の一人が、優風に言った。
「今度さ、フィールドワークしようよ、二人っきりでさ」
優風がちらりと秋斗の方を見た。
「それって、デートの誘い?」
「そうとも言う」
優風は、笑って返す。
「あはは。私、ハードル高いよ」
「お願い」
「孫子を十三篇暗唱できたら、考えてあげなくもないかな」
店内に笑いが起きる。
秋斗の胸が、ざわついた。
(……あれは接客だ)
(優風さんは、そういう人だ)
(俺には関係ない)
そう言い聞かせる。
それなのに。
優風が男性客の肩を、軽く叩いて笑った瞬間。
胸の奥が、チクリと痛んだ。
(……なんだよ、これ)
***
休憩室。
秋斗は、抑えきれずに声をかけた。
「さっきの……ああいう接客、必要なんですか?」
優風が振り返る。
「え?」
「お客さんに合わせただけでしょ?」
秋斗は止まれなかった。
「なんか、安い居酒屋みたいに振る舞うの……
やめた方が……」
言った瞬間、後悔した。
優風の表情が、固まる。
「じゃあ、気をつけるわ」
それだけ言って、バックヤードに消えた。
背中が、遠い。
(なんで俺、あんな言い方……)
自己嫌悪が、波のように押し寄せた。
***
閉店後。
片付けの最中。
マスターが秋斗を見て言う。
「お前、今日なんかあったな」
秋斗は、ぽつぽつと話した。
「優風さんの今日の態度……
お店の雰囲気に合わないというか……」
マスターは、ニヤリとする。
「それ、嫉妬だな」
「ち、違います」
「いや、嫉妬だ」
「失恋した直後は、そんな感情すらなかっただろ」
言葉が、刺さる。
優風が笑っていた光景。
胸の痛み。
(……あ)
輪郭が、はっきりする。
***
帰り道。
夜の商店街。
街灯の光が、少し眩しい。
(俺……優風さんのこと、気にしてた)
(仕事じゃなくて……もっと、別の意味で)
立ち止まり、深呼吸する。
失恋で止まっていた心が、別の方向へ、動き始めている。
同時に、不安も湧く。
(優風さん……怒ってるよな)
夜風が、背中を押す。
(俺は、認められたかったんじゃない)
(特別になりたかったんだ)
「明日……なんて謝ろう」
その言葉が、胸に重く沈んだ。




