マコフシャン
ああ。またこの光景だ。もう回数など知らない。
わかっている。これはきっと夢なんだろう。
意識がはっきりしているのに言葉が出ない。
「――私の、せいだ…なにもかも。ああ。全部。自分のせいなんだ…」
呻くような、泣くような。何度もすりつぶされた喉。嘆きが地べたをはいずる。
愛する人がいるのに、その人が死んでしまうというのに。
なに一つ。なに一つとしてできない。
ああ。呼吸が苦しい。
私の身体なんてどうだっていいのに。
こんな時なのに胸が苦しい。ダメだ。
――今はそんな感情が大事なんじゃない。
なんとかしないと。なんとかしないと。
この人が。ダメだ…ダメだ…!!――死んじゃう!!
でも。これは夢だ。
…うん。そして。私は知っている。この後何が起こるのかを。
そう。わかっていたけれど。これはやっぱり夢だ。
だって。私は知っている。"今"の私を知っている。
――だってあの人は…
ここはちょっと地球とは違う星。でも環境だけは同じ星。
様々で多様な種族がいた。しかもこの星は自由で平和だった。
なにもかもを維持するための規則はとても厳しい。
でも。そんな規則など彼らに関係なんてないのだ。
誰一人だって違反するものはいないのだから。
いざこざは二人の問題。家族の問題。みんな自分達で解決できた。
だから誰もかれもその存在を許された。誰もかれも相手を尊重していた。
この世界ではあらゆる存在が、当たり前にそこにいる理由があり、
あらゆる存在が罪を背負うことなんかなく。
平和に。自由に。理想の国家で皆幸せに暮らしていた。
一部の犠牲を知らず。イケニエのような存在を知らずに。
皆幸せに暮らしていた。
ああ。うん。やっぱり私はみんなの笑顔が大好きだ。
笑う子供たち。手をつなぐ恋人。ただ歩くだけの人も。
まいどあり。ありがとう。また来るね。
そんなやりとりでさえも私はとてもとても愛おしい。
そうしてちょっとだけ。私は手を遠くにふる。
見えやしないのに。今までそうだったのに。
ちょっとの希望と、一緒に生きている感覚を求めて。
私は手を振るのだ。"今で言う"人間とおんなじ手で。
この建物には誰も近寄れない。
立ち入るのには資格がいる。
そうしてそんな建物の上の窓から。
「…誰か私に気がついてくれるといいな。」
淡い期待をいつも抱いて手を振っている。
少しだけの音で「そんなわけないか…」なんてつぶやいて。
私にはこの神殿の中にこの小さいスペースのみが与えられた。
そうしてほんとうに時々だけど、まわりの目を盗んでする。
わたしの小さな。わたしの反抗。ちょっとだけの悪い事。
改めて。ここを神殿と言う。
そしてそこに在籍して職責を負うもの。
これを神官という。
神官になるのは血縁者の子供か、初めから才能があった者だけだ。
後者の数は少ないが様々な神々と最初から交信できる。特別を持った者。
前者は小さい頃から無理やりいろんな神様と交信を試される。
後者にはギフトのような才能はない事が多く、壮絶な訓練を産まれた時から施される。
この星を守るために。この星を守るためだけに。
私は礼儀作法に始まり、踊りも。歌も。あらゆる事を仕込まれた。
私に才能がないことについては、私が一番知っていた。
だっていくら努力をしても。しても。しても。
どれだけ傷ついても。私にはなにもかも身につくのが遅い。
きっとこれより他に好きなことがあったんだと思う。
だから身につかないんだと思う。それでも。
私が長女だから。素質はあるから。
そういう傾向だから。そんな理由で英才教育が施される。
やっぱり…神様より人に必要とされる事のほうが私は好きだな。
どれだけ厳しく扱われても。
その人と一緒の世界に存在できたという感覚が人には必要で、
人と一緒に暮らせない命はやっぱり生きてはいけないから。
だから私はどれだけ何をされても。その人の良いところを探して。
それを好きになって。その人をたくさん許して。
…そういえば私にとっては当たり前だったんだけど。
今お話しを聞いてくれているみんなに言うと驚かれるのかしら。
例えば訓練というのは、こんな感じ。これが私の"日常会話"。
「食事の時に音をたてるのは。はしたない事です。慎みなさい。」
「…あ、あの…私は。あなたの事が知りたいのです。…あの…少しでよいので。お話をさせてはいただけないでしょうか…。」
「……"ひつよう"があればお声がけください。今のは必要でしたか。」
「…あっ…。……」
「よろしい。今のは必要がありません。立場をお考えください。」
よく驚かれるのだけど。当たり前の事。
正しく生きないと。神様に嫌われるって。
私はたくさん聞かされた。どんな神様も嘘は嫌い。誠実を好む。
他には精神力を鍛えるために。瞑想を何時間も。気が遠くなるくらいの時間行う。
そうだった。
私には才能がないから。よく寝ては。よく叱られていたっけ。
そうして、教え込まれた事を維持するため。行動は全て制限されていた。
それでも少しの時間だけ。就寝時間の合間。部屋を抜け出す。
階段までこっそり。そしてすばやくかけあがる。
神殿の忘れ去られた場所。私みたいな場所。
ああ、私は本当にこの場所が好きだ。自然に生息する私の知る小さな森。
今日もこの場所で寝よう。そうして時間になったら、お部屋に戻ろう。
ふふ。今日も来てくれたのね。よく会いにきてくれる小鳥だ。言葉は話せないけれど。
この小鳥は人間とは違った方法で私に話しかけてくれている。
お互いの言葉は違うけど。
なんとなくお話しができている。
そんなやりとりに気持ちが高ぶる。
これは、とっても嬉しい気持ち。
ここの広さは…うん。地球のだいたい、日本の文化だと…こうだから
…。そうだね。
10畳っていうのかな。いまだに地球のいろんな数詞に戸惑うが。
"にんげん"さんもよく間違うから気にしない。
そこは緑が生い茂って崩れかけた。そんな場所。
立ち入り禁止の場所に入って。そうして遊ぶことは。
私の大きな。私の反抗。
どこからか来たであろう種が長い時間をかけて、
素敵なベッドとなった芝生に私は寝転ぶ。
天を仰ぐ。この星では夜。光る星は二つ。
ちょっとだけ淡い。赤の星と。月みたいな白い色をした星。
「…はぁー。とってもなんだか。今日は素敵な夜ね…」
誰も聞いていないのをいいことに。
"必要"ではないのだけれど。私にとっては必要だと感じた言葉を発した。
「うむ。そうだな。私もこんなに良い夜は久しぶりだ。」
「…!!あっ…!あっ!!…!!」
突然の声に驚き。身体はぎゅっと硬直した。動けない。
「ん。すまんな。私も仕事が一段落したのだ。少しくらいの休憩は。まぁ。なんだ。許せ。」
「あなたは…誰ですか!」
「なるほど。すまない。挨拶が遅れた。改めて。私はこの星の王をしているものだ。まあなんだ。あまり気を遣う必要も…」
「王様…!王様だったのですね!これは大変な無礼を。一生の恥でございます。どのような罰も…」
「まあまあ。話しを聞いてくれ。私はそなたに罰など与えない。だから気を遣う必要はない。そのままの君と話しがしたいのだ。」
「あっ…あっ…、わたしは。マウ。マウと申します。どうか先程の無礼をお詫び申し上げたく…」
「うーん。どうしたものか。これはなかなかどうして。女性はその。うん。なんだ。私にとっては政治よりも難しいな。会話をするのためには戦の鍛錬の時のような素早さと、そして柔軟さも必要か。」
王様はそう言ってすこし考えたあと、手を叩いた。
パン。という音は。一瞬の静寂を作った。私は改めて、この森の全体を見た。
星明かりだ。そして目に映るのは毛並みの良い艶やかな。
地球だと…例えば大きい猫?まぁ、こんなに大きい猫はたしかにいないがそんな手だ。
たしか…この方は。こちらの種族は。王族の血統。
手を叩いた音はそこまで大きくはなかったが。間を作った。
「うん。今のは良かった。うまくいった。私は君と話しがしたい。私はどうにも。人に嫌われているのか、ほとんど仕事の話ししかしたことがない。まして女性と会話らしい会話をするのは初めてなんだ。うまれて初めてのことだから。会話が下手なのは。今は。許せ。」
「そんな…嫌われているだなんて!王は尊敬されています。王様は良き君主です。平和はあなたのおかげです。」
「それは違うな。マウよ。神々に愛されるための一族。そしてその長女よ。そなたのことは知識としてはある。神官には女しかなれぬ事。名をマウで間違いないのなら。最高の神官と聞く。ならばそなたのおかげで作物も良く育ち、嵐も起きない。いいや。いろんな神と話しをしているのだ。そなたの見聞は世の理と同じだ。是非話しを聞きたい。よいだろうか。私は君と話しがしたい。」
私は言われた内容が意外であった事。思いつきもしなかった事。少しのカルチャーショックに頭がくらくらした。だってあんまりにもこれは…。私は恐らくうまれて初めて人と会話ができるという事に。その期待に。人と接する事に。相手が私を。私を見て話しをしてくれているという事に。私には全てが新しく。とても新鮮だ。私はそんな強い刺激に勝てなくて、草むらへと顔をうずめる。私だって男性と話しをするのは初めてのことなのです。ああ、初めてが王様ですか。うん。もっと訓練をしておけばよかった…ん。それは、何を?いつ。どうやって?そんな機会。会話なんて今までしてこなかったではないか…私は。思考だけを巡らせる。私が今わかること。…それは頭が混乱しているということです…。
そうして草むらに顔をうずめていると。
頭になにかもふもふしたものがふれる。優しく優しく。頭をなでる。
小さな卵を割らないように、慎重に扱う時みたいな。
そんな丁寧な。とても誠実な。王様の心を感じる。
そうか今私は頭を撫でられているのだ。私は。あたまを。
…あたまを?誰に?
……私は今。王様に…頭をなでられている…!!
「…っ」
私が声を発する瞬間。
上からちょっとだけ私よりも大きく優しい声が重ねられた。
「そのままで。…うむ。良い。良いのだ。私は知っている。そなたはきっと辛かっただろうな。苦しかっただろうな。よく頑張ったな。よく孤独を耐え抜いたな。私の国のために。そなたは命を使って。身体を使って。酷使をしたな。全てこの星のために。この星の住人のために。…しかしそれではいけない。そなたは生きているのにずっと死んでいる。私はね…そんなそなたと話しがしたい。いいだろうか。…うむ。姿勢は好きにすると良い。緊張もしなくてよいのだ。それならば私も寝転ぼう。どうだ。そなたと同じだ。今は身分など良いのだ。言葉も崩してほしい。今はそうだな。私はただのマコフシャンでそなたはただのマウだ。同じ生き物ではないか。身分は忘れよ。良いではないか。少しくらい。な。こんなもの…"私の小さな私の反抗"だよ。」
「……!」
やってきた事を知りはしないだろうに。私の絶望と求めた奇跡をわかってくれた気がした。そして、私と同じ目線で、同じ事を考えてくれた王様。私の事を知らないけれどよく見てくれた。この人はきっと。たぶん。そうだ。
ああ――なんて優しい方なんだろう。
緊張の糸がほどける音が聞こえたような気がした。
その日から私がこの場所に来る理由が変わった。
王様。いや。マコフシャン王に会ってお話しをするために。
就寝時間の合間に。部屋を抜け出して。
階段までこっそり。そしてすばやくかけあがる。
彼に会うために。彼を知りたいから。私の。孤独を耐え抜く意義。
それはあなたがいるからです。王様。あなたはやっぱり王様です。
それは変わる事はないでしょう。
けれどあなたはわたしと同じいきもので。私と同じ血が流れていて。
同じく悲しんだり。喜んだりして。私はあなたと出会えて良かった。
とても心配していたんだ。
そう。うまれた時から悩んでいた。
ずっと一人っきりだったから。
もしかして私だけがみんなと違っていたらどうしよう。
たくさん一人で抱え込んでしまっていたのだ。
誰にも言えなかったけれど、私の大きな心配ごと。
もしかしたら。違うかもしれない。
でも何が?いいや。それもわからないのだ。
だって今まで誰ともお話しなんてトクベツな事。私はしたことないのだもの。
でも。王様。あなたは。きっとそれを気づいくれて。でもそんな事は言わなくて。ただただ私にトクベツな時間をくれた。王様の仕事を考えたらきっと。寝る間を削ったんだろうな。私のために。ああ。ああ。嬉しい。本当に嬉しい。マコフシャン王。きっとそんなトクベツをくださった。王様に。私は恋心を抱いているのだと思います。この気持ちが、たぶん私の初恋なんだと思います。
毎日毎日二人でお話しをする。王様はときどきいないけど。それも大丈夫。手紙を置いてくれる。
「今日はいけぬのだ。本当にすまぬ。次に話しをするまで間、退屈にしないよう。"知恵の輪"というものをもってきた。嫌いだったら捨ててほしい。」
王様はたくさん外のものをもってきてくれた。見たことがないもの。触ったことがないもの。王様。王様。
知恵の輪は私には難しかったけれど。ピンクの星の砂や。珍しいお花。本当に。本当に。嬉しかったです。そしてある日にくれた金色の糸?私にはわからないけれど。金色の金属。とってもやわらかい。王様がしっぽにつけていた。金でできた糸。不思議な装飾品。
「見えないところに飾るといい。そなたに良く似合う」
そう王様はいってくださった。でもそんなの嫌だ。みんなの見えるところに。
…でも…少し考えたけどそれはやめておこう。没収されてしまっては元も子もない。その時は多分立ち直れないな。なので見えないようにしながら肌身離さず身に着けた。私の大きな私の反抗。
そんなある日の事。たくさんの神官が呼び出された。
神官長は私のお母様だ。会話らしい会話をしたことはないが私の大切なお母さま。久しぶりの声を聞く。
「この先。異星人による侵略があるかもしれないとの事。長老がご神託を授かりました。長老は優れた方であります。が、お歳を召されています。故に少しのことしか分かりませんでした。しかし。マウ。あなたならどうか。侵略を防ぐ方法を神々に尋ねる。神々への無礼を承知で人智を超えた力で神々の領域に触れる。あなたが無事、戻ってこれる保証はありません。ですが。このままでは星の者は全て滅びます。いいですか。マウよ。これはあなたの選択です。あなたの精神を神々のところに飛ばす大儀式。皆を殺すか。防ぐ方法を神々に尋ねるのか。どちらを選びますか。時間はありません。答えてまください。…本当に酷な質問をごめんなさいね。マウ…。」ふとお母様は涙を浮かべた。
そして私は考える。目をつむってみる、すっと思い浮かべることができる。その時間は一瞬でいい。
ふふっ。ああ。うん。そたうだ。やっぱりそうだ。
私はこんな事になっても。私はみんなの笑顔が大好きなのだ。
笑う子供たち。手をつなぐ恋人。行きかう人々。…王様。
みんなみんな。ずっと幸せに生きていて欲しい。
…そうだ。侵略なんて私が防げばいい。みんなこんなこと知らなくていいんだ。私が自由じゃなくとも。私が外に出れずとも。私はここにいて彼らはそこにいる。
それでいいんだ。それなら私はいい。私には皆生き物には同じ命があるという事を教えてくれた人がいる。その輪の中でやっぱり私は仲間はずれなんかじゃなかった。私にできることがあるというのに。可能性がまだあるというのに。みんなを死なせるなんてこと。私にはできない。
――なら。
「…はい。私にお任せください。お母さま。」
こんな簡単な二つ返事をする。その返事に対して、これから始まる事がどんなに大変かなんて。とうの昔に教えられていて。何をして。私の身体にどんなリスクがあるかという事も私は理解していて。二度と生きてこちらに戻って来ることがないかもしれないことをも。全部全部わかっていて。それでも。私はやらなきゃいけないし、私がやらなきゃいけない。
私はみんなを助けたいから。私にできることでみんなが救われるというのなら。私はやる。私には才能がなことはわかっていた。けれど誰よりも努力をしたはずた。だから私にはきっと…できます。できなければいけない。
儀式がはじまった。この儀式は寝る事は許されない。今日も王様はあの場所で私を待っているのかもしれない。ならばきっと私はうまくやれる。うまくいかなければ、この星は滅ぶんだ。
…長い時間。椅子の上。じっと瞑想をしている。まわりには装飾が。中心には私が。見張りも守りも完璧だ。私に心配することなどなにもない。これから神様のところに行く。大丈夫だ。私は戻ってこれる。意識だけを集中する。意識を束ねる。手のひらでぎゅっと握る金の糸。これがあるから私は一人じゃない…。
儀式が始まったのだ。時間の流れがわからないが。意識を無意識にしてたり。コツは神々の世界にアクセスするためのカギ探しにある。意識の調整は慣れであり、回数で決まる。ならば。私がどんな人よりも一番やってきた事だ。だからできる…意識をより精密に、落ち着かない心を統一して。気持ちを落ち着けて。ただただ意識を神々の世界に向け、カギを探す…。どれだけ時がたっただろう。けどそれは気にし
ない方が良いことだ。時間がない。あらゆる不満も幸福も。今は忘れなければならない。そうして意識をまとめ、練る最中。突然雰囲気が変わった。
異様な静けさだ。音が静かすぎる。身体がある感覚がしない。なんとなく意識さえ試せば。指の一本でも動かせそうなものだが。なぜかその感覚を忘れた。奇妙な感覚。神々の世界とは違った感覚。今はどこだ。神様は…。あれ。ここはどこだろう。神々の世界ってこんな感じだっただろうか。なんだか様子がおかしい。不安と混乱で意識がバラバラになりそうだ。王様…王様…。おかしいのです。いつもと違うのです。戻り方はどうするのだっけ。一度戻らなきゃ。これは変だ。なにか‥なにか…。これは…。
儀式は失敗に終わった。ベッドの上で中途半端な儀式であったために、意識がしっかりと身体に定着しなかったため、天井だけを見つめる。身体は動かない。目からは涙だけがこぼれた。この星の侵略は私のせいで始まるのだ。
「王様‥私は今。あなたに会いたい…」
それからはひどいものだった。侵略は一方的だった。建造物や農作物は全て焼かれた。彼らの目的は侵略戦争だ。前の星がだめだったから。新しい星に移り住む。移住が目的の侵略だ。先住民は全て殺されてしまう。
そうして、時間がたって身体の感覚を取り戻していく日々の中で毎日
毎日。人々の悲しみを聞いた。叫びを聞いた。嘆きを聞いた。これは。私のせいなのだろうか。私のせいだとしたら荷が重すぎるではないか。そんなに一人の身で背負えないよ。ああ。逃げ出したい。居場所なんかもうないというのに、私は逃げだすことなんて許されないのに。そんなことを思ってしまった。毎日毎日。怒声と罵声と。聞いたこともない声を聞く。恐怖におびえ。日増しに強くなる負の感情。自責の念。
…ああ。どうして…どうして…。なぜ儀式は失敗してしまったの。いいや。ちがう。これもぜんぶ私のせいだ。私が王様を好きになったから。なってしまったから。だってそうじゃないか。外の世界に触れずに。誰にも触れずに。籠の中で。私はなにも知らずにいれば良かった。誰にも知られないで、死んだように生かされて。そういうふうに神殿
はできていたし。そういう風に育てられた。そのために私がいるというのに。それなのに私は失敗した。
どれだけか、たくさんの時間がたったある日。人生で一番大きな音を聞く。強固な神殿の扉。中からも外からも入れないような堅い扉がなにか大きなものでうちつけられるような音がした。…この音はとても嫌だ。いやだ。いやだ。耳が。頭が痛い。眩暈がする。ああ。助けて
…王様。…ああ。王様。ベッドから身体をよじらせ、滑らせて落ちる。激痛が走る。でも私が痛みを負うのは当然だ。毎日責めたてられていたから。私には痛みがお似合いなんだ。今はただ、あの場所へ。あの
場所に行きたい。やっぱり最後はあの場所がいい。私の愛する場所へいこう。どうせならあそこで。最後の時間を迎えたい。
規則的に響く大きな音で頭がくらくらする。やめて。やめてください。お願いです。私たちは静かに暮らしていただけなのに。ああ。そうか。これも私のせいだね。私たちのなかに私はやっぱりいらなかったんだ。そんなこと大昔に。最初の最初に教えられたのに…。這いずって階段のところにようやくたどりついた。身体は地面に擦れて血だらけだ。痛みはいい。ちょうどいい。私にはちょうどいい。階段をのぼる。こんなに階段をのぼるのに時間がかかったか。そんなに高い階段ではないのに。永遠の距離に感じるほど終わりの見えない階段を無理やりよじ上る。そうして大きな音は破裂に変わった。悲鳴。ああ。時間がない。もう少し。もう少し。…あとちょっとだ。私はあそこで死のう。私はいつもの場所で死ぬんだ。それならほんの少しだけど。ほんの少しだけ死ぬのが怖くないような気がするんだ。
階段を上るのにしばらくの時間をかけ、ようやく入口についた時。私は目に映る光景が信じられなかった。王様。王様。王様がいる。
「王様!いらっしゃったのですか?どうして。なんでここに!」
「うむ。今日はずいぶん質問ばかりだな。マウよ。まぁ。そんなことより。こんな時だ。ここでいつものように寝転ぼう。なあ。マウ?」
王様はじっとしている。少しの距離だ。ならばと力を振り絞り王様のところに行く。王様はなぜか動こうとしない。嫌な予感がする。
「うん。よく来たなマウよ。そなたはよくやった。どうやら相手も神々と交信できたらしい。妨害されてしまったようだ。だからそなたは…うっ…ぐぅ…」
「王様!!血が!!」
「ぐっ…ふっ…ふう…。すまぬな見苦しいところを見せてしまって。」
「そんなこといいんです。どうして!!どうしてここに来たのですか!!どうして…」
「なに。マウと同じだよ。どうせなら…どうせ死ぬならここで死にたい。そう思ったのだ。私はな。最後にそなたに伝えたいことが――」
「聞きたくなんかありません!!」
王様の言葉を遮る。
ああ。やめて。やめて。今はやめて。今の状況で一番聞きたくない言葉。
すると王様はゆっくり目を細めた。今まで見た事がない一番優しい顔になった。
ゆっくりと手が伸びる。あの時と同じだ。初めて会った時。王様は私の頭をなでてくれた。褒めてくれた。多分。この手もそうなんだろう。私によく頑張ったなと。よく耐えたなと。ほめてくれる。あの時と。最初の時と同じだ。それでも…。
私はその手を振り払った。…ああ。本当に。本当に。どうしてこんなことになってしまったのだろう。私たちはなにも望まなかったのに。神様。あなたはこんなことも許してはくれないのですが。
「どうしたマウ。そなた。怒っているのか?泣いているのか?うん。ならば全て私が背負うことにしよう。そなたの悲しみもなにもかも全て私が背負う。罪も後悔も私が全て背負う。そうして死ぬ。だから約束をしてほしい。そなたは誰も呪わないでほしい。本当はそんな罪。はじめからなかったのだ。だからそなたに約束をしてほしい。なにも呪ったりすることはないと。」
「……!そんなこと!どうして!まして罪を背負うだなんて…罪は私のものです‥」
「しかし聞いてほしいのだ。答えてほしいのだ。私はずっとそなたといたい。死んだ後も。ずっと。だからそなたの罪を背負おう。だから答えてほしい。そなたに問う。私はそなたが好きだ。そなたは私が好きか?」
今一番言われたくなかった言葉だった。大事な言葉だ。息がつまる。けれど私はできる限りの誠実さを取り戻し。少しだけ息を整えて。整えて。まっすぐな視線を彼に向け私は大事な言葉を大切に扱う。
「私もあなたの事が好きです。」
王様はゆっくりと息をついて。それから言った。
「良かった。良かった。そなたに会えて私は本当によかった。私の孤独はそなたのおかげで救われたのだ。だから安心してあちらにいける…すまぬな…さきに…いく…。ああ…よかった…本当に良かった…。ありがとう…マウ…」
「えっ…王様…王様…?どうして…どうして…。」
王様が倒れかかる。これでは…私はまた一人ぼっちになる。そんなのはもう嫌だ…生きながら死んでいた私に、たくさんの生きる理由をくれたのは王様だ。ならばこの命。王様のためになら。いくらでも燃やそう。今度は失敗なんかしない。
「…神様…神様…!!」
――神様。私は神様にお話しがあります。無理やり交信を試み。いいや違う。一時的に神の身体をのっとるのだ、その力ならば王様を延命させることもこの星ほ修復することもたやすい。宇宙の法則を私の力で捻じ曲げる。私は一瞬で神々の領域に達する。それも土足のような形で無理やり聖域にふれた。
……ここが星であるならば。そこは地面のない宇宙。
けれどここは宇宙でもない。神々の住む所。神域。私は闇の中で強力な精神体をたくさん感じる。神々はそこにもここにもいた。無数の気配を私は感じる。そうか。私は神様の意識をのっとることに失敗したんだ…。また失敗したのか…また…。希望は断たれてしまったんだ。わけがわからなくなりそうだった。すると方向なんてなく。ただ頭に響くように声が。音がする。
「問う…。」
重苦しい声。複数の声が同時に鳴る。私の意識が消え飛びそうになるほど強力な別次元の力の声。「問う…。お前の望みはなんだ…一度のみ問う…ただ答えよ…」
そんなもの迷うまでもない。王様を助けてください。どうか。助けてください。そう心で念じた。そして…
「良い。わかった。そなたは答えた。そなたは自然の摂理を曲げる願いをした。星流しの刑とする。」
「どうして…どうして…。星流しなんかどうだっていい!!それじゃあ王様は生き返らないではないですか!!」
「そなた…わかっていないな…そなたは神の力を使ってもう今。自然の摂理を曲げたのだ…あの男は死んでいない…そなたは叶えてはいけない事を叶えたのだ。もう結果はでた。これよりそなたに星流しの刑を執行する。もし…次があるならば。刑を終えた時に。自由になった時に次の願いを聞いてやろう。」
「何を……――」
一瞬、意識が途切れた。
気が付くと見た事が場所にたっていた。
ここはどこなんだろう。知らない生き物がいる。見たことがない姿だ…。でも…。みんな何かを言って。何かを叫んで逃げていく…ばけもの…ばけものと…
「ばけ…もの…?」
逃げていく者たちをしり目に、近くの川へ向かう。とても喉がかわいた。
「……!!」
川面に映る姿が信じられなかった。見た事がない姿だ、半人半獣。王様の身体と私の身体が…混ざって…ああ…ばけ…もの…か。私が決めた事が。こんな結果に。それでも…それでも少し安心した。
神の力にせよ。なんにせよ。私の罪に、今の私はちょうどいい。
川を見つめる。毛並みのつややかケモノの手。
「これ…王様が撫でてくれた手だ…」
すると涙がぽたぽたと川に落ちる。落ちたところから波紋が広がる。
しばらく泣いていると。しゃらしゃら何かが鳴っているのに気が付いた。
ずっと手を握りしめていたから気が付かなかった。手の中にあったのは。
金色の金属だった。これは…これは…。
「うっ…うぐ…うっ…」
これは王様がくれたもの。大切なもの。金の糸。
涙は止まらない。いつまでもいつまでも涙は止まらない。ばけものと呼ばれたこの身をとても愛していてる。それをよく知っている、だから私は泣くのだ。泣いて。泣いて泣いて。どれだけ泣いても。涙がやむ事はなかった。
それからの事はみんなの知っての通りだ。見つけられ。働かされて。逃げてを繰り返す
生きるために知らない土地で。
そして"いま"は…。そうよね。みんなもう知っているわね。
私は"マコフシャン・マウ"として生きる。
新しい名前を足して。
そしてこれからの私は救いと。みんなの希望になるような。
奇跡と読んでも差し支えない。そんな"物語"を作ろうと思う。
この星で。みんなの知る世界で。これからの事。未来がはじまる。お話しは続いていく
続く未来を私は生きていく。この身が朽ちるまで。そうしてその時がきたら。改めて、今度は王様と一緒に次の願いを、神様にちゃんとした形で聞いてもらおう。次は失敗なんかしたりしない。
だから私は生きる。生をまっとうするために。
今日もこの身体で、一緒に同じ時間を過ごす事ができる場所で生きている。
そうして私はみんなのオアシスとなるような。
砂漠の希望になれるような。そんな一輪の花のように。
――このお話しは続く。世界の中で今も続いている。




