提出されなかった明日
その国では、昨日が存在しなかった。
あるのは明日だけで、人々はそこから今日を引き取って暮らしていた。
国の名は日本と呼ばれていたが、呼ばれ方に意味はなかった。
地図も歌もなく、季節も順番を守らなかった。
朝になる前に夕方が来ることもあり、雨は降る前に濡らした。
人はそれを不便だと思わなかった。
不便という言葉は、まだ起きていなかったからだ。
役所では、出来事の申請を受け付けていた。
結婚、失業、事故、死。すべて明日の欄に記入する。
係の者は、起きる予定の悲しみを淡々と受け取り、印を押す。
印はいつも少しずれていた。理由は誰も聞かなかった。
彼は毎日、帰宅してから食事をした。
味は食べる前に決まっていて、噛むたびにそれを思い出すだけだった。
満腹になるころには空腹の予定が書き換えられ、翌朝に回された。
彼はそれを健康だと思っていた。思う前に決まっていたからだ。
街では謝罪がよく行き交った。
まだ傷つけていない相手に頭を下げる。
受け取った側は、これから怒る準備をした。
準備が整うと、怒りはもう不要になった。
だから争いは起きなかった。起きる予定だけが、ずっと積まれていった。
ある日、彼は自分の明日を提出し忘れた。
理由はなかった。
忘れる予定が、どこにも書かれていなかったからだ。
役所は静かだった。
係の者は彼を見て、何も言わずに次の窓口を指した。
その先には窓口がなかった。
彼は外に出た。空は、後で曇る色をしていた。
足元には、さっき通ったはずの影が遅れて落ちてきた。
彼は立ち止まり、待った。
待つという行為だけが、唯一、申請のいらないものだった。
通り過ぎる人々は、彼を避けなかった。
ただ少し、先に避けた。
誰かが彼に声をかけたが、言葉は背中に届いてから口を離れた。
意味はなかった。意味は明日だった。
彼は家に戻らなかった。戻った予定がなかったからだ。
代わりに、靴を脱いだ。脱いだ先に玄関はなく、畳もなかった。
それでも、脱いだという事実だけが残った。残る予定ではなかったはずのものが。
夜になる前に、夜は終わった。
彼はそこで座った。座る理由はなかった。
理由はいつも、起きたあとに配られる。
遠くで、国の名が呼ばれた気がした。
呼ばれたあとで、名は決まるはずだった。
彼は振り返らなかった。
振り返る予定を、誰も提出していなかったからだ。




