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嘘の世界1

提出されなかった明日

作者: ハル

その国では、昨日が存在しなかった。

あるのは明日だけで、人々はそこから今日を引き取って暮らしていた。


国の名は日本と呼ばれていたが、呼ばれ方に意味はなかった。

地図も歌もなく、季節も順番を守らなかった。


朝になる前に夕方が来ることもあり、雨は降る前に濡らした。

人はそれを不便だと思わなかった。

不便という言葉は、まだ起きていなかったからだ。



役所では、出来事の申請を受け付けていた。


結婚、失業、事故、死。すべて明日の欄に記入する。


係の者は、起きる予定の悲しみを淡々と受け取り、印を押す。

印はいつも少しずれていた。理由は誰も聞かなかった。


彼は毎日、帰宅してから食事をした。

味は食べる前に決まっていて、噛むたびにそれを思い出すだけだった。


満腹になるころには空腹の予定が書き換えられ、翌朝に回された。

彼はそれを健康だと思っていた。思う前に決まっていたからだ。



街では謝罪がよく行き交った。

まだ傷つけていない相手に頭を下げる。


受け取った側は、これから怒る準備をした。

準備が整うと、怒りはもう不要になった。


だから争いは起きなかった。起きる予定だけが、ずっと積まれていった。



ある日、彼は自分の明日を提出し忘れた。


理由はなかった。

忘れる予定が、どこにも書かれていなかったからだ。


役所は静かだった。

係の者は彼を見て、何も言わずに次の窓口を指した。

その先には窓口がなかった。


彼は外に出た。空は、後で曇る色をしていた。

足元には、さっき通ったはずの影が遅れて落ちてきた。


彼は立ち止まり、待った。

待つという行為だけが、唯一、申請のいらないものだった。



通り過ぎる人々は、彼を避けなかった。

ただ少し、先に避けた。


誰かが彼に声をかけたが、言葉は背中に届いてから口を離れた。

意味はなかった。意味は明日だった。



彼は家に戻らなかった。戻った予定がなかったからだ。

代わりに、靴を脱いだ。脱いだ先に玄関はなく、畳もなかった。

それでも、脱いだという事実だけが残った。残る予定ではなかったはずのものが。


夜になる前に、夜は終わった。

彼はそこで座った。座る理由はなかった。

理由はいつも、起きたあとに配られる。


遠くで、国の名が呼ばれた気がした。

呼ばれたあとで、名は決まるはずだった。


彼は振り返らなかった。

振り返る予定を、誰も提出していなかったからだ。


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― 新着の感想 ―
不気味で訴えかけるものがありますね。現実ではないのに、どこか恐ろしく現実感を感じるところに引き込まれました。
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