EP:7 稲妻の芽、伸ばした手
――魔法の修行が始まった俺だが、
今回はいきなり実戦ではなく、まず講義らしい。
「ギル。畑横のテーブルで待っておれ」
「分かりました!」
今日は肌寒いが、空はよく晴れている。
前世でいうオータム【秋】と言った所だろう。
「風が冷たい...」
――やがて師匠が石盤を抱えて現れ、
木の枝に掛け、粉で文字を走らせる。
「魔法はな基礎知識がないと危険じゃ」
体術より厳しいとのことなので、
てっきりガルヴォルグかデモルグベア辺りを
討伐させられるのかと思っていた俺は少し安堵した。
「ギル、これを読むんじゃ」
「魔法には土、水、雷、炎、風、草の六大属性がある」
「なるほど...六つ」
そして俺は雷と炎の二属性だが、
普通よりも危険なのだろうか?
「ギル、一旦この枝に“炎”をイメージしてみろ」
「はい!」
言われるがままに差し出された枝先に手をかざした。
すると徐々に手が熱くなり、指先から火がこぼれる。
『パチッ』
風に煽られた影響で着火した炎が一段と強くなり、
熱気は頬をかすめ、焦げた臭いが鼻を刺激した。
(危なっ……)
「このとおり、小さな炎でも油断はならん。風は炎を育てる」
「なるほど」
すると何やら師匠は懐から棒を取り出し、
俺の手に渡した。
「慣れないうちはこれを使え」
「これは何ですか?」
「そいつは魔力のコントロールを楽にするモノじゃ」
補助道具か。
にしても随分と年季が入ったものだ。
「まあ、その導杖の先端に雷でもイメージしてみろ」
早速、試してみると小さなイナズマが飛び出て、
近くの陶碗の水へ誘導された。
『ビリッ』
「見ての通り、雷は水に導かれる。――覚えておけ」
満足げな顔の師匠は歩き始めた。
「師匠、どこ行くんですか?」
「ん?導杖で魔法を使えることを確認したんじゃ」
「デモルグベアに試し撃ちしに行くぞ」
「え?」
結局実戦らしい。
分かってたよ。うん。
――しばらくして毒の沼地についた。
相変わらず、濃い紫色の霧に強い臭気だ。
「ギル、今日は手前にヤツらは居らん」
「ちと奥の方まで行くぞ」
こうして、何だかんだ俺は初めて、
沼地の奥へと足を運んだ。
「ここが例の魔人の領土との境界付近ですか」
「そうじゃ。そして今日は見張りが居らんようじゃ」
やはり見張りとかも居るのか。
魔人ってどういう見た目なのだろうか。
「ギル、あのデモルグベアに炎か雷魔法を撃て」
「あと境界の向こうへは撃つな。魔人領は厳禁じゃ」
「分かりました」
俺は師匠が指さした先の個体を狙う。
「落ち着け、先端に魔力を集中させるんじゃ」
『ボフッ』
「うわっ」
瞬間、飛び出た炎が霧に引火。
目の前を巨大な火だるまが覆い、熱波が俺を襲った。
まさかここの霧が可燃性だとは思いもしなかった。
「ギル!導杖を捨てるんじゃ!」
俺はすかさず、土に投げ捨てた。
だが、デモルグベアが異変に気付いてしまった。
「仕方ない。ここはワシに任せるんじゃ」
「いえ、今回は僕も!――っ...」
次に手を見ると甲に大きな水膨れが出来ていた。
体術修行の成果をここでも確認したかったが、断念。
「どうした!ギル」
「すみません。火傷してしまいました...」
「仕方ないのう」
――師匠は難なくデモルグベアを撃退。
悔しいが仕方ない。
しかし魔法を侮っていた。本当に危険だ。
「見せてみ」
師匠は俺の手を取り確認した。
「うむ。マズイのう。しかし今回はワシも悪かった」
「ここの霧が引火するものだと思わんかったわい」
師匠は超人だが同時に人間だ。
ミスは誰にだってある。
「いえ、僕も調子に乗りすぎました...」
しかし、火傷が痛い。体術より厳しいとは本当だった。
もう少し冷静に行動すべきだったと後悔した。
「しかしギルよ。炎じゃなくて雷使っておったら大変だったぞ」
「恐らく沼を伝って雷が境界線を越えたかもしれん」
「ですね...気を付けます」
そして気がつけば空は宵闇になっていた。
あわや大惨事になりかけたが、
導杖のおかげなのか、思いのほか魔法に手応えを感じた。
「今日はもう暗いし、帰るとするかの」
「はい!」
夜風で火傷痕が疼く。
明日からもっと頑張ろう。
――色々と濃かった魔法修行初日から4ヶ月経った。
森には雪が積もり、ウィンター【冬】の訪れを感じる。
「遅いぞ、ギル」
魔法も慣れてきたので、朝から見回りも兼ねて
師匠とランニングを始めた。
「ふぅ...」
「師匠が早すぎるだけですよ」
にしても足が重い。雨の日の比べ物にならない。
この雪の中、俺の師匠はゴリラなのか。
「ほっほっほ、まだまだじゃ」
これでも”まだまだ”ですか。
本当に勘弁してくれ。
――「こっちに来るなー!」
...!?奥から叫び声。
まさか魔獣にでも襲われた?
「師匠!」
「ギル、急いで行くぞ!」
――駆けつけると、
どこか見覚えがある子がヴァルクに威嚇されていた。
「師匠!ここは僕が!」
「よし、行ってこい!」
任された俺はヴァルクに向かって腕を突き出した。
(まずは稲妻で目を)
『ビリッ』
よし。当たった。
「そのまま仕留めるんじゃ!」
まだ技は使えないが、師匠のスパルタ教育もあって、
導杖を使わずに魔法を撃てるようになった。
「はい!」
『ドスッ』
俺の手刀はヴァルクの急所を確実に捉え、撃ち抜く。
そしてうずくまった子の肩に手を添える。
「大丈夫?」
「お前、儀式の時の...」
儀式の時?魔力発現儀式のことなのか?
修行が始まってから色々と過酷だったせいで、
以前の記憶が思い出せない。
「ごめん。誰だっけ?」
「ギルバート!忘れたのかよ!」
「俺の名前は”ロアン・リードフェン”!」
ロアン...?思い出した。
俺のことを”病弱野郎”と言ってた奴だ。
「あー思い出したよ。あの時はずいぶん言ってくれたよな」
「おい、ギル。落ち着くんじゃ」
まずい。俺としたことが頭に血が上ってしまった。
もう過ぎたことというのに情けない。
「師匠。すみません」
「おいギルバート。お前、ゼノン様が師匠!?」
しまった。両親以外、
俺の師匠がゼノン様だということを知らなかった。
「あはは。バレちゃった...」
「実はゼノン様は数ヶ月前から僕の師匠なんだよね」
「ロアン君、すまんがこのことは秘密にしておいてくれ」
そりゃ村の英雄でもあり、王都の元宮廷魔術師ゼノン様が、
弟子を取っているなんて知られたら大騒ぎだ。
「ごめん。僕からも頼むよ」
「わ、分かった。妹が家で待ってるし、帰るよ!」
「今日は助かった~。じゃあな~!」
「気をつけるんじゃぞ~」
ロアンは白い息を吐きながら、そそくさと帰っていった。
思わぬ事件があったが、どうしたものか。
「師匠、どうします?」
「さすがに冷え込んできたし、一旦帰るかのお」
「しかしさっきは良くやった。ちゃんと成長しててワシは嬉しいぞ」
しかし妹が待ってる、か。
守るべき“日常”はここにもあるんだな。
――という雪の中での事件と出会いから更に6ヶ月経った。
師匠と出会ってから約1年だ。そして9歳になった。
「なんか緊張するなぁ」
成長した姿を両親に見せてこいとのことなので、
こうして俺は家のドアの前に立っている。
『コンッコン』
本当に色々なことがあった。
「はーい」
「ギルちゃん...!」
「母さん」
最初に迎えてくれたのは母さんだった。
久々に受ける母からの抱擁。
俺はこの為に強くなって戻ってきたんだ。
「こんなにたくましい体になって!」
「母さんくすぐったいよ...」
そういえばアレも返すか。
「...前に借りっぱなしだったこれ」
俺はポケットからあのハンカチを出し、母の手に乗せた。
「ごめん、お母さん。返すの遅くなった」
「いいのよ。ちゃんと帰ってきてくれた方が嬉しいんだから」
「マリナッー!ギルが帰ってきたか!」
続いて父さんも来た。
この畑の土と青臭い匂いも久々だ。
全てが懐かしく感じる。
「父さんまで...」
早速家に入って、
両親にこの約一年のことを話していたら、
すぐに夜が訪れた。
「久々に家のベッドだあ~」
枕に顔をうずめた俺は一瞬で眠りに落ちた。
――しばらくして朝になった。
「ふぁ~...」
だめだ。こっちの家だと気が緩む。
にしても、清々しい日だ。
『パシャパシャ...』
「よし」
こうして俺は顔を洗い外に出た。
すると早速、見覚えがある顔が一人。
「ハロルドさん、おはようございます!」
「ギルバート君じゃないか!随分とたくましくなったね!」
「はい!この一年かなり鍛えました!」
「そうかい!じゃあねー!」
ハロルドさんは挨拶して通りすぎた。
久々の修行がない日常。
それはそうと師匠は今頃何してるんだろうか。
「うーん。今日は何しようか」
「まぁせっかくだし適当に歩いてみるか」
何となく村の中を歩いてると、
やけに人が多い露店があった。
「珍しい薬草だよ~」
珍しい薬草?少し気になる。
俺は人混みの中から恐る恐る覗いてみた。
「どれどれ」
「古代種”コンダクタ・ルート”」
これって初めての修行で採ったやつじゃ?
「値段”30000ヌーミア”」
おいちょっと待て、俺の数え間違いか?
いや、合ってる……
「高すぎるでしょ!」
衝撃のあまり、思わず声が出てしまった。
いや、でも30000ヌーミアって食費一ヶ月分だぞ!?
しかも1束で。
「知らなかった...」
薬草の値段で俺がフリーズしていると何やら
聞き覚えのある声がした。
「ギルバート?」
「はい。誰...」
振り向くと半年前に森で会った彼だった。
「ロアンか!」
「全く、また忘れられたのかと思ったぜ」
「ここは混んでるし、あっちで話でもしようぜ」
俺は案内された露店横のベンチに座った。
するとロアンは何やら思いつめた顔で話し始める。
「ギルバート、早速だが魔力発現儀式の時は...」
「時は...?」
「すまなかった!」
なんと、一年前のことを謝られたのだ。
「いや、過ぎたことだし...」
「で、でも!」
「それと、もう俺のことはギルで良いよ」
「ギル!これからよろしく!」
ロアンが笑いながら俺の名を呼んだ。
そして人混みの向こうから、小さな影が駆けてきた。
「兄ちゃん!」
「ミラ!」
ロアンの妹か。
「あなたがギルバート?」
「あの時は兄ちゃんを助けてくれてありがとう」
この言葉を聞いた俺は胸のどこかが温かくなった。
これが自分以外の”守るべき日常”。
「兄ちゃん家の手伝いがあるでしょ!帰るよ!」
「分かったって!じゃあな!ギル!」
「またねー!ギルバートお兄ちゃん!」
俺は手を振る二人の背を見送り、
振り返ると師匠がいた。
「うわ!」
びっくりした...。
少し気が緩むとダメだな。
「何で師匠がここに!?」
「なんじゃ?来ちゃ悪かったかのう?」
「帰るぞ、ギル。――明日からは修行再開じゃ」
夢のような日常は過ぎ去り、俺を一気に現実へと戻した。
明日からはまた修行漬けの毎日か。
――俺はもっと強くなる。必ず。みんなの日常を守れるようになる為に。
20時投稿予定でしたが、設定ミスにより遅れてしまいました。
申し訳ございません。




