EP:4 修行は続く ~死にかけからのスタートライン~
――あれ...?
瞑っていた目をゆっくり開けると師匠が前に立っており、
デモルグベアが倒れていた。
「ワシが弟子を見殺しにするとでも?」
ニヤニヤした顔の師匠が俺の方を向く。
なんだよその顔は。こっちは走馬灯が見えたんだぞ。
贖罪も神の尻拭いもパーになるところだった。
「師匠!本当に死ぬかと思いましたよ!」
「こんなことは今...回...」
...?
視界に入った血を見て俺はふと思い出した。
――理不尽に目の前で大切なものが奪われる瞬間。
あの時、何も守れなかった俺の無力さ。
俺は目を反らした。
「ふむ?どうした。あぁ、血か」
「まぁ細かいことは気にするな。それより、そんな所で伏せてないで、早く立って薬草を渡してくれんか」
気に食わないことは山ほどあったが、
師匠の手に採取した薬草を渡した。
「ふむ、これじゃ。ギルよ、お主今日は疲れたろう?」
続けて師匠はしゃがみ俺に背を向けた。
「ほれ、背中に乗るんじゃ」
正直、立つのもやっとの俺は先ほどデモルグベアを一方的に
蹂躙した強者の背中に身を預けた。
「ありがとうございます師匠」
「お安い御用じゃ」
「また取り乱してオーバーフローを使われても困るでな」
今朝からここまで体感だが約4マイル(6.5km)ほど走ったんだ。
《ウィンドリベラ》を施してもらったとはいえ、俺には修行というより拷問。
師匠の背で揺らされていると、木漏れ日がさしこみ、木の間から夕日が見えた。
それが最後の記憶だった――
しばらくして目覚めると俺は知らない天井を眺めていた。
体を起こし、周りを見てみると無造作に床に散らばった本があり、
壁には使い古されたローブが掛けてある。
「随分と散らかった部屋だな...」
足元にものが落ちてないか、確認し、立ち上がってみる。
瞬間、俺はある違和感に気づいた。
「筋肉痛がない!」
このことに少々驚きはしたが俺は部屋のドアを開けた。
すると壁の向こうから、ボコボコと何やら沸騰しているような音が聞こえる。
覗いてみると、何やら怪しい色の液体を作っている、師匠が居た。
「師匠、おはようございます」
「それはなんですか?」
「おぉーギル、起きたのか」
師匠は液体を混ぜながらこちらに近づいてきた。
まさか、この“いかにも毒です”
と言わんばかりのものを飲ませる気じゃ?
「これはお主の体を活性化させる薬じゃ」
”薬”か。
そんな気はしていたが、やっぱり飲むのか。
「あの、副作用とかってないですよね?」
「ほっほっほ、まぁ騙されたと思い、飲んでみ」
本当に何を混ぜたらこんな色になるんだ。
まず匂いの方はどうだ。
「うわ!クッサ!」
息を止め、俺は一気に飲み干した。
シュワシュワしていて...意外と美味い。
「何だか体ポカポカしてきました」
師匠は俺をまじまじと観察するや、ドヤ顔で語りだした。
「そうじゃろう?」
「その薬には昨日お主が採った薬草が入っておる」
昨日、死に物狂いで採った、あの薬草のことか。
師匠は玄関の方に向かって歩き出した。
「ほれ、さっさと外に行って修行じゃ」
返事をしようとした、その時、
俺は重要なことを聞き忘れてたことに気づいた。
「師匠、筋肉痛にならなかったのは何故でしょうか」
ドアノブに手を掛け、外に出ようとしていた
師匠だが、それを聞き、振り返る。
「あーアレか」
「実はお主が寝ている間にヒールポーションを飲ませておいたんじゃ」
ポーション...?薬のことか。
この世界にはそんな万能なものがあるのか。
前世のド〇ターペッパーにもそんな効果はなかったぞ。
「ありがとうございます」
「って、寝てる間に何飲ませてるんですか!」
これが毒だったら普通に死んでた。
眉間にシワを寄せながら首をかしげる師匠。
「そのお蔭でこうやって、すぐ動けたんだからいいじゃろう?」
いや、昨日”信頼しすぎるな”と言った本人がそんな無神経でいいのか。
まぁ、助かったのは事実だ。
「なるほど、そういうことだったんですね!ありがとうございます」
「修行に行きましょう!」
「分かったなら良し!ほら、お主もさっさと来い!」
師匠は笑顔でドアから差し込む光の先へ消えていき、
俺もそれに着いていった。
「眩しい」
今日は一段と暑い。太陽の光がチクチクと刺す。
この陽の下で見落とした“ちいさな違和感”が、
後の土砂降りを連れてくるなんて——このときの俺はまだ知らない。
「今日は暑いですね~」
「ギル、水分補給を忘れるなよ」
そう言った師匠は家の前にある、
崖に向かって指をさした。
「あそこの崖を登れ。それが今日の修行じゃ」
段差こそあるものの、あんな垂直の壁をどうやって登らせる気だ。
大人ならともかく8歳の俺の体じゃ、いろいろと届かないだろう。
相変わらず容赦がないな。だが、俺には使命がある。
頑張ろう。
「あ、ちなみに今回は《ウィンドリベラ》なしじゃ」
やっぱりこの人はスパルタがデフォなのか?
もう考えるのをやめよう。
「純粋な筋肉を使い登るんじゃ」
「ほれ、行くぞ」
師匠は瞬く間に上まで登って行った。
相変わらず異常な身体能力だ。
そういえば師匠は何歳なんだろうか。
本当は老け顔なだけで、見た目より若かったりして。
「早すぎますよ!師匠!」
当然命綱なんてものはないが、
最初の段に足を引っ掛け、手を伸ばした。
ゴツゴツしていて手の平が痛い。
油断したらすぐにでも下に落ちそうだ。
「ふぅ...ふぅ...」
早速上から怒号が飛んできた。
「何故もう、息を乱しておる。まだ一段目ではないか!」
「頑張るんじゃ!」
正直、以前なら足を引っ掛けることすらできなかった。
昨日の修行で成長した?はたまた薬で活性化した効果か?
「あー...疲れた...」
何とか俺は師匠の下の段まで到達した。
最初は無理だと思ったが、やってみると意外とできるものだ。
続けざまに頭上から師匠が微笑みを浮かべながら覗いてきた。
「ほっほっほ、やればできるではないか!」
師匠の笑みに答えようと、力を振り絞り
頂上の段に手を伸ばし、掴んだ矢先、
嫌な感触が走った。
『パキッ!』
なんと掴んだ所が崩れたのだ。
――瞬間、落ちる....!
足元が抜け、視界がひっくり返った。
空気は凍り付き、時間が伸び始め、空間が歪んで見えた。
「ギル!」
すかさず、師匠が俺の腕を掴み、
引っ張り上げてくれた。
「師匠!」
助かった。
だが、痛い。
なんて握力。
師匠は深く息をついた。
「ふぅ...さすがにワシもヒヤヒヤしたぞ!」
「こういう自然の裏切りはさすがに分からんからの」
最後は本当にヒヤっとしたが、
こんな木よりも高い場所に登ったのは、初めてだ。
辺りを見渡すと、森の道、俺が吹き飛ばした跡、少し離れて湖が見える。
「俺、こんな高い所初めて登りました」
...ん?なんだあれ。
湖面の中央に、焦げのように色の抜けた“円”が薄く浮いていた。
風も波もそれだけを避けるみたいに、触れずに流れていく。
まぁいいか...それより体の活性化の効果は何だろうか?
聞いてみよう。
「師匠、朝飲ませてくれた薬の活性化って何ですか?」
まるで意外な質問だ。
といわんばかりの顔を師匠は俺に向けた。
「活性化の効果?言葉通りじゃが、その前に...ほれ、これ」
おっと、水筒か。ありがたい。
危うく水分補給を忘れて倒れる所だった。
「ありがとうございます。師匠」
『グビ...』
喉を潤した途端、風向きが変わった。
森の匂いが重くなる——遠くの空で、まだ見えない雲が生まれている気配。
師匠は俺が水を飲むのを確認すると、続けざまに喋った。
「あえて説明すると、アレを飲むと身体の発達が促進されるのじゃ。」
なるほど。
成長を急かす薬か。
「そんな効果が!つまり筋肉もつきやすくなるということですか?」
「そうじゃ。では、下に戻るぞ!」
「はい!」
――登るのに比べたら、かなり楽だった。
陽もまだ高い位置にいる。
無事に師匠と俺は下りて、家の方へ戻る。
「師匠、今日はまだ明るいですが次は何をやりますか?」
俺の言葉に耳をピクっとし、
ドアに手をかけようとした師匠が立ち止まる。
「ん?まだやるんか?」
え?今日はあれで終わりだったの?
この人の基準が本当にイマイチ分からない。
「そうじゃな~...あっ!湖まで走るか!」
ランニングか。
確かに、今なら行けそうだ。
「分かりました」
「行きましょう!」
師匠はというと、気がつけばもう走り出していた。
俺もすかさず追いかける。
って...
「早いですよ!師匠!」
――森を抜けて草原に出た。
そして、足がまだ軽い。
呼吸も大丈夫。これは嬉しい。
先行する師匠はというと、こちらに向かって手を振っている。
本当に見た目に反して、どこか無邪気さを感じる人だ。
「ギル~もっと早く走れ~」
追いつこうと足を速めていたら、
間もなく湖の端に着いた。
「ふぅ....」
呼吸も前より安定している。
実は《ステータス》の体力も上がってたりするのか?
「ギル!昨日より息が安定しているではないか!」
なんだか、今日は師匠がやたら俺のことを褒めてる気がする。
嬉しい反面、何やらまた良からぬ予感が...。
何もなければいいのだが...。
「はい!これも師匠のおかげです!」
師匠は上を向き高らかに笑った。
「ほっほっほ!では帰るとするか!」
こうして俺と師匠は、湖に浮かぶ鳥達の鳴き声を聞きながら帰宅。
――それからというもの、
毎日、薬を飲み、ランニング、崖登りの連続だった。
気がつけば、1ヶ月が経過。
そのおかげがあってか俺の体はまるで別物に進化。
実家の両親は何をしているんだろう。いろいろ考えてた。
そして今日、いつものランニング中、
師匠は突然とんでもない言葉を口にした。
「ギルよ、一旦体はいいだろう」
「師匠、どうしましたか?」
「明日から体術の修行じゃ」
...は?俺の思考が完全に止まった。
確かに一ヶ月経った。それに成長の感覚もある。
だがこの魔獣を一撃で倒すような強者と体術の修行?
さすがに命がいくつあっても足りないだろう。
「体術ですか?」
「そうじゃ。ヴァルハイト式近接格闘の修行じゃ」
どうやら師匠は本気らしい。
「師匠!確かに体は強くなりましたがそれは...!」
師匠は初めて会ったあの日と同じニヤニヤした顔で
語り始めた。
「まぁ、死なん程度にはしてやるから、安心せい!」
この人が本気で元宮廷魔術師か怪しくなってきた。
一体俺はいつになったら本題の魔法の修行に入れるのだろうか。
「いや!全然安心できないですよ!」
夕陽に照らされて、映し出される師匠の陰に
笑みが浮かんでいた。
嵐の前の静けさといった所だ。
――次の日、俺は本当に泣きを見ることになった。いや、泣くだけじゃ済まなかった。




