表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
PR
96/110

95.獣か人か


「くっ……!?」


『…………』


 窮奇の背中から現れ、(そび)える禺強(ユーチアン)

 塵を巻き込み権限した風の柱。その上部にある紫電色の妖力の塊で、地に立つ鴉を見下ろしている。

 無機質に。取るに足らない虫を見る、人間のように。


(一体、何なんだこいつは……!? 確かに妖力を感じるから、妖怪であることには違いないんだろうが……。だが、妖怪なのか? 本当に──)


 刀を構え、ただ警戒することしかできない鴉は何とか冷静に分析を試みる。

 禺強の根本にある窮奇は、苦悶の表情を浮かべ、虎のように四肢で力強く大地を掴んでいる。だが鴉からして、彼が動く気配は見られなかった。

 

「……まるで、冬虫夏草だ」


『………………!』


「ッ!?」


 鴉が窮奇へ視線を移した刹那。

 禺強から伸びる、風の触手たちがブワッと大きく広げられる。

 


 ──"禺強(ユーチアン)厲風(リーフォン)"



 触手の先端がブレ、消失する。

 高速で動かされた触手の先端は空気に溶け、そして周囲一帯に攻撃を行ったのだ。

 鴉の右半身が、縦に円筒状に抉れた。


「ぐああああッ!?」


 激痛に悶える鴉。暗い太陽の力は弱まり、痛みを彼に確かに感じさせるまでに至っていた。

 地面から風の槍が飛び出し、鴉の右足を貫いてそのまま右胸までを抉り取ってしまう。

 その攻撃は鴉に集中したものではなく、荒野一帯に無数の風の槍が噴き上がっていた。

 

「が、あああっ!」

(な、何だ!? 攻撃のタイミングがわからなかった……! 窮奇は妖力を放ってるってのに、地面から出てきた風には──妖力が……)


 無かった。

 禺強はそのまま触手を振るい、眼下の鴉へ直接攻撃をしかける。

 渦巻く極小の竜巻である、六本の触手。それをムチのようにして、鴉を切り刻まんと放つ。

 

「くそッ」


 鴉はその場から飛び退き、のたうち回る触手の攻撃を回避する。

 彼は意識していなかったが、黒い炎が穴の空いた右足を包み、優先的に負傷を癒していた。機動力を維持しようという鴉の意思に、炎は応えていたのだ。


(どうする……!? 本体は窮奇だ。やつにトドメを刺せば、この風の怪物と止まるはず……! だが近づくのは難しすぎるっ。強行突破も手だが、それまで俺の"炎"が保つのか……)


 鴉の頭部を覆っていた黒い炎も、今や顔半分も覆ってはいない。

 無敵とも言えた再生も、妖力も焼き尽くす燃焼の力も、残りわずかとなっている。

 禺強は感情を一切感じさせることはなく、ひたすら鴉に触手攻撃を放つ。

 鴉も回避に専念して、なんとか窮奇にトドメを刺す方法を考えようとした。


「くっ、とにかく禺強(こいつ)の攻撃が邪魔すぎる!」


 地面からは風の槍が飛び出し、大型フェリーを港に縛りつける巨大なワイヤーの如き触手が暴れる。

 そんな風の危険地帯を突き抜け、窮奇に迫るのはいくら鴉といえど至難の業であった。

 

(せめてリボルバーがあったら……)


 鴉の普段の装備として、日本刀以外にも回転式拳銃(リボルバー)を持っていた。

 他にも手榴弾など、妖怪との戦いを有利にするためにいくつも備えているが、窮奇との戦闘でそれらは(ことごと)く壊れてしまった。

 風に刻まれ、瓦礫に押し潰れ、残っているのは刀一本のみ。


「……やるしかねぇか……!」


 鴉は右手に握る刀に意識を集中させる。

 頭部に残っていた炎が首を伝い、肩を流れ、腕から刀身へと移り。赤黒い炎の剣となる。

 風の触手の群れをかいくぐりながら、ただひたすらに()()()を待つ。

 飛び退き、転がり、身を(ひるがえ)し、余計な負傷をしないように。

 そうして見つけた、風の群れの隙間──確実な隙。


「はあぁぁぁッ!」


 雄叫(おたけ)びを上げながら刀を振るい、炎を放つ。

 鴉の赤黒い炎は空気を駆け、風のムチの隙間を縫うように滑っていく。

 無防備な窮奇の元へと一直線に。


『ォォォ…………!!』


「!」


 風の音か、何かの唸り声か。

 尋常の耳では聞き分けられないほどの、低い音が響き渡る。

 それと共に、窮奇の体から目に見えない──しかしその存在は確実に察知できる──波動が放たれた。 

 黒い炎をかき消し、それは鴉の体も吹き飛ばす。


「うぐぅ!? なっ、く、空気の……壁っ!?」


 鴉はそう感じた。

 飛行機などの物体の移動速度が音速を超えた際に発生する、ソニックブーム。それは本来強い圧力を受け、押しのけられる空気が重なり合うことで生まれるものである。

 窮奇の能力は風。風とは、空気の流れ。

 彼の操る風刃は、空気の圧力を無自覚に操作して刃状に練り固めたものが正体である。

 つまり窮奇の根本的な能力とは、空気の圧力の操作であった。


「ッ……!?」

(まずっ──)



 ──"禺強(ユーチアン)不周風(ブゥジョウフォン)"



 禺強は触手で、風の柱のような体を自ら締めつけるようにして巻いていくと、一気に触手を逆回転させる。

 解き放たれるは圧倒的空気の質量爆弾。

 そして触れるもの全てを断つ、一閃の斬撃が付与されていた。


「ッ────!!!」


 ソニックブームに吹き飛ばされた鴉の体は、空中にあった。

 飛翔する力のない彼は空中では身動きがとれず、回避は不可能。

 そのまま空中で、禺強の風に飲み込まれてしまった。




「うッ…………あ、がッ……」


 数十秒後、鴉は荒野の土を踏んで立ち上がる。

 彼はまだ死んではいなかった。

 胸に横一文字に走る激痛。傷は消えているが、その感覚が一度は禺強の技で真っ二つにされたことを示していた。

 

「はぁ……はぁ……。まずい……炎が……」


 鴉の顔に燃ゆる、赤黒い炎はもはや風前の灯火。

 左側の額に、小さく揺れているばかりだった。

 それに対して、窮奇。背中に顕現している禺強は、相変わらず鴉を見下ろしていた。


「……どうすれば」


 鴉の頭の中は焦りでいっぱいだった。

 刀で地面を突き、肩で息をする。満身創痍(まんしんそうい)の状態かつ、弱体化が進む中、今の窮奇にトドメを刺す方法はゼロである。

 斗島(としま)区と至端(いたばし)区は消し飛び、他の街にも窮奇の攻撃は及んでいる。

 鬼たちの増援を期待するのは手だが、遠距離攻撃も可能とする窮奇では、いずれにせよ分が悪い。

 鴉の脳内に、"万事休す"の文字が色濃く浮かび上がっていた。


「グウッ、ゥゥゥウウッ」


「……! 窮奇」


 禺強を(にら)みつける鴉の耳に、窮奇のうなり声が飛び込んでくる。


「ハァッ、ハァッ、ガ、アアアアアァアッ!!」


『…………!』


 天に向けて咆哮する窮奇。

 そんな彼の行動に、背中から伸びる禺強は狼狽(うろた)えるように揺らぐ。


「窮奇、お前……」


「ガアァアアッ、アァアァアアアアッ!!」


(あらが)ってるのか」


 地面を掴んでいた手は、土の塊を握りつぶし。

 足は四つ這いのまま、地団駄を踏む。

 上に乗っている人間を振り落とそうとする暴れ馬のように、窮奇は禺強を振り払おうと体を大きく揺すっていた。


『…………!!』


 禺強はなすすべ無く、揺らされるだけ。

 本体である窮奇に、()()()拒絶されている。その事実を呑み込もうとするも、全く理解できない。その混乱に支配されているように、鴉の目に映っていた。


「いいぞ、窮奇……!」


「アアアアアアアアアアアァァァッッ!!!」


 窮奇の咆哮が空気を揺らす。

 天に轟くその咆哮に、禺強は完全におののいてしまい。渦巻く風の体は、やがて霧散して消え果ててしまった。

 周囲に破壊力のない強風を放ち、窮奇は禺強の力を手放す。

 天を仰ぐ今の彼は、獣のような四つ這いではなく、二本の足で大地を踏み締めていた。


「……」


「グウゥゥゥゥ……!!」


 正気ではない。

 窮奇はいまだ暴走状態である。

 だが、鴉の目には今の彼は狩るべき獣としては映っていなかった。


「俺は以前、お前のことを獣だって言ったな。ひたすらに破壊と暴力を振り撒く姿、俺には、獣にしか見えなかった」


「ウゥゥゥ」


「撤回する。お前は、"王"ではないが──」


 窮奇は風刃を全身に纏い、鴉へと突進する。

 鴉は刀を手放すと、頭部にわずかに残った黒い炎を右足へと集約した。

 突っ込んでくる窮奇にタイミングを合わせて、左腕で彼の突進を受け流す。

 風刃により斬り刻まれる左半身を捨て置き、鴉は、黒い炎の燃える右脚で──


「確かに、人間だったよ」


 振り向きざまに上段まわし蹴り(カウンターハイキック)

 黒い炎を直接、窮奇の頭部の断面、脳に叩き込む。

 頭を真っ二つにされて尚動けるとしても、魂の宿る脳を直接焼かれては、一瞬のうちに全ての傷を癒すほどの再生力が無ければ耐えることはできない。

 断末魔も上げることなく、窮奇は頭から炎に包まれる。

 よろけながら、地面に倒れる。

 やがて全身に広がった黒い炎が、数千年間血の匂いが消えなかった肉体を火葬していく。


「──じゃあな、窮奇。ゆっくり眠れ」


 黒い炎が消え果てた鴉は、戦いの疲労によってその場で倒れ込む。

 気絶した彼だったが、人知れず数多の人命を救っていた。

 日本に近づく巨大竜巻は、窮奇の絶命とともに消失。

 そして一切の住人が死んだと、窮奇が思っていた斗島区だが。鴉によって地面に掘られた穴に逃れていた、たった二人の親子だけは、生存していたのだった。



キャラクター紹介

窮奇(きゅうき)

種族:半人半妖 年齢:3000歳以上

身長・体重:174cm・67kg

古代中国を支配していた、三皇五帝の末裔たる人間である。しかし生まれながらに持っていた異形と異能を理由に、捨てられた過去を持つ。

非常に短気で粗野な性格をしており、戦いを楽しむ戦闘狂でもある。しかし勝利することに執念を燃やしており、ただ戦えればいいという檮杌とは方向性が違う。

妖力によって風を操り、目に見えない斬撃"風刃"を攻撃に用いる。『四凶』たちは生まれながらに異能を持っていたが、その源には"大きな意志"があった。窮奇の場合、それが禺強である。

東饗に集められてから、誰の言うことも聞かずにひたすら都外に出て殺戮を行うか、玉藻の元で屈辱に耐えながら大人しくしているばかりであった。そのため、『四凶』の中では最も日本社会に適応できていなかった。

その出生に加え、時を超えて異国に招かれ。永遠に埋められることがないと思われた孤独は、好敵手との出会いにより紛らわされることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ