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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
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91/110

90.野分

「鴉……!!」


「覚悟しろ、窮奇(きゅうき)。貴様を殺す」


 かつて斗島(としま)区が存在していた荒野のど真ん中。黒い炎と共に、(からす)が姿を現す。

 窮奇が放った最大の技、"風伯(フォンボー)飛廉(フェイリェン)"は都市のひと区画を消し飛ばした。そして確かに、鴉にも直撃したはずだった。

 暗い太陽の化身。もはや、それそのものと化した彼は、どれだけ体を傷つけられようとも炎のように揺らめき、立ち上がる。

 妖怪たちにとっての死、その像のように。

 

「あ、跡形もなく吹っ飛ばして……なんで立ってられんだ!? そんな力、いつから隠してやがったッ! ()()()()()()!?」

 

「……」


 上空から吠える窮奇。

 しかし、暗い太陽のように燃える鴉は答えない。

 正確には、答えられなかった。


(何者、か……。俺が一番知りたいんだがな)


 黒い炎をまとって燃え、頭部が火球そのものに。

 その上、本来『鴉』に無いはずの妖力まで発している。

 妖怪の仲間入りをしたのか。それとも違う何かに目覚めたのか。

 定義すらもままならない。鴉はもう、本来の黄泉(よみ)からの使者ですらなくなっていた。


「……なに、黙りこんでやがる……!」


 上空にいる窮奇からすれば、そんな鴉の沈黙は"余裕"にしか見えなかった。

 もはや言葉を交わすような存在でもないと見下された。窮奇はそう受け取ってしまう。

 誰よりも王座に固執し、誰よりも"獣"と呼ばれることを忌み嫌ってきた。

 そのプライドは逆に、窮奇を追い詰める棘付きの首輪のようであった。


「ッ……!?」


 窮奇はあることに気づく。

 否、彼の見ている世界が()()()()


「な、んだ……こりゃあ……!?」

(空が、赤く──)


 "風伯・飛廉"によって一切の雲が吹き飛ばされ、窮奇の頭上には青空が広がっていた──はずだった。

 突如として、彼の視界は赤黒く染まる。

 夕焼け空よりも暗く、しかし赤く。赤黒い光によって、空全体が照らされているかのような不気味な空に、窮奇に一瞬鳥肌が立つ。

 空は窮奇の視線の先──遠くの景色に向け、その暗さを増している。光源の方向はすぐにわかった。彼の背後である。

 窮奇は、ゆっくりと振り返った。


「……!? た、太陽が……」


 彼の背後に浮かんでいたのは、巨大な光球。

 赤黒く、燃え盛っているように、ゆっくりと模様が(うごめ)いているそれは、間違いなく天体。恒星(こうせい)であると、見る者に理解させる。

 この世に生まれ落ちて四千年が経つ窮奇でさえも、明らかにそれが自然現象の一つではないと察し、「太陽だ」と口走ってしまった。


「ッ!!? ぐ、ああアアアアァァッ!!?」


 赤黒い太陽を視界に入れた瞬間、ジュウウと音を立てて、窮奇の眼球が焼けてしまう。

 太陽を見つめていれば、人妖問わず目を痛めはする。

 しかし、暗く赤い光が目に入った瞬間に眼球の表面が沸騰(ふっとう)するなど、まずあり得ない現象である。

 目に火傷を負った窮奇は思わず怯んだ。顔を手で覆って、バランスを崩して地面へと真っ逆様に墜落していった。


「ガ、アァァ……! 目が、クソッ、あぁああああぁぁ!!」


「ようやく降りてきたな、地上に」


「!!」


 地面にぶつかった窮奇。その衝撃は周囲に土埃(つちぼこり)を巻き上げるほどだったが、彼は墜落の痛みなど意に介さず、目元を押さえてのたうち回っていた。

 そんなところへ歩み寄り、見下ろすのはもう一つの暗い太陽。

 頭部が暗い火球と化し、燃える鴉だった。


「今度こそ決着つけようぜ。これ以上、街を破壊させられねぇよ」


「か、鴉ゥ……!」


 窮奇はおもむろに立ち上がる。

 充血し、黒目が(にご)った眼球をあらわにし、彼は怒りに満ちた声で言った。


「調子乗ってんじゃあねぇぞ、ああ!? 俺を地面に落とせて、そんな気分が良いかよッ」


「……」


「ナメ腐りやがって……! あの太陽みてぇなのも、てめぇも! ムカつくんだよッ! その力は何だッ!? 今まで隠してきて……俺を油断させるためだったのか!?」


「そういうわけじゃねぇよ。俺もよくわかってねぇんだ、この力のことはな。だが少なくとも……」


「……!?」


「あの暗い太陽は、俺の味方だ」


 上空に浮かび、二人を見下ろす暗い太陽。

 それは、鴉が死に瀕するたびに現れる。

 祢々(ねね)との戦い。瑞子(みずこ)に敗北した際。過去の人間時代。

 そして、窮奇に追い詰められピンチになった時にも現れ、鴉を復活させた。今回は、あの太陽そのものとも言える力まで付け加えて。


「加山や(さとり)が死んで、鬼たちと本格的に手を組み、俺は正直、これからどうしたらいいのかがわからなかった」


「ああ……!?」


「『鴉』として、俺は黄泉から蘇った妖怪たちを狩り続けるべきだ。だが、『四凶(おまえたち)』や月兎(げっと)は俺の本来の敵じゃない。戦う理由も必要性も、無かった」


「……戦う必要性だと。そんなもん、俺との本当の決着があんだろうが。渾沌のやつに邪魔された前回はちげぇ、あんなもんは決着じゃねぇ!」


「お前との決着はどうでもいい」


 鴉はバッサリ切り捨てる。


「俺は、求められたかったんだ。ただ一人、ひたすら妖怪を殺す使命なんて誰にも喜ばれないし、誰にも感謝されない。だが、加山や覚はそんな俺を支えてくれてた。それが俺にとって、どれだけ重要なことだったか。二人を失って、ようやく理解できた」


「……てめぇの事情こそ、俺の知ったこっちゃねぇよ」


「いつまで自分が全ての中心だと思ってやがる。お前は、王にはなれない。ただ吠えるだけの獣にしかなれねぇんだ。今ここで、死ぬんだからな」


 鴉は腰の(さや)から刀を引き抜く。

 ゆっくりと引き抜かれ、刀身が外気に触れる。それは空気との摩擦によって発火するように、抜かれていくと共に黒い炎をまとう。


「決着、つけたいんだろ」


「ッッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 鴉の挑発に怒りを爆発させ、妖力を解き放つ。

 窮奇の最大の逆鱗、それは、"獣"として扱われることである。

 東饗タワー跡地での戦闘時にも、鴉から獣だと煽られて激昂した。

 それは、人間、次代の王として生まれたはずだというのに、その異形と力から疎まれた過去からくる、一種のトラウマでもあるのだ。


「死んだ連中にそこまで未練があンだったら、俺がてめぇを同じ場所に送ってやるよ……!!」


「望むところだ」


 窮奇は渦巻く風刃を両腕にまとわせる。

 鴉は炎をまとう刀を構え、カウンターを狙う。

 静寂(せいじゃく)が訪れ、二人だけの空間が生まれた。互いの一挙手一投足全てに神経を研ぎ澄ませ、"その時"に備えて──



「「はぁああああああああっ!!」」


 

 動き出しは同時。

 鴉が足を踏み出しかけた瞬間、窮奇の手刀が彼の両腕に振るわれる。

 斬撃の性質を帯びたその手で、まずは刀を操る腕を封じることを優先したのである。

 手刀は両腕の切断に成功する。これで、鴉の攻撃は遅れる。

 振り払った右手の手刀に続き、窮奇は握っていた左手を解放する。鴉の首元へ、螺旋状に渦巻く風刃を叩き込むために。

 完璧な不死身など存在しない。火球と体を切り離せば、鴉の再生も止まると窮奇は踏んでいたのだ。


「終わりだ」


 それは鴉の言葉だった。

 窮奇が両断したはずの腕は、何事もなかったかのように刀を振り下ろす。

 "風狸(フォンリー)"を放った左手も鴉の首元に突き刺さるが、彼は絶命するどころか炎の力も失わず。

 思考よりも早く、反射で窮奇は地面を蹴る。

 体は後方へ飛び退こうとするが、遅かった。

 

「ガッ──」


 鴉の刀は窮奇の頭にまっすぐ振り下ろされ、顎までを真っ二つにかち割った。

 ズルリ、ズルリと音を立てて、彼の右顔面が滑り落ち……

 窮奇の動きは、完全に停止した。


「……」


 決着は、あまりに早く。

 斗島(としま)区を消滅させた怪物の力は、その最期には発揮されることがなかった。


「……話の続きだ。俺は、あの太陽に生かされている。()()()()()()()()()……それなら使命も何も関係なく、突き進むまでだ──」



「──加山の意志は俺が継ぐ。妖怪は、俺が滅ぼす」



 倒れることなく、その場に(たたず)む窮奇の死体。

 鴉はそれにそう宣言すると、背を向けて立ち去っていく。

 『四凶』と他の妖怪の戦いも、既に始まっている。

 鴉に最も近いのは、瑞子と饕餮(とうてつ)が睨み合う西神宿(にししんじゅく)である。

 両者とも、彼が倒すべき敵。そこへ乱入するため、鴉は北へ向かい始めた。



「……グ、ゥゥ……」


 窮奇の体から発せられたその小さな(うめ)きは、鴉には届いていない。

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