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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗編
9/30

8.巣食う者

「鴉!」


「ん……」


 バンと扉を開け、加山が屋上に駆け込んで来た。

 彼女は座り込んで煙草を吸う鴉と、離れた位置に放置された妖怪たちの死骸を一瞥する。

 中でも彼女の目に入ったのは、顔の右半分と肩からの出血が著しい鴉の姿だった。


 加山は彼の元へと駆け寄ってくる。


「鴉、その怪我……!」


「すぐ治る。人間からしたら重症かもしれんが、鴉はお前たちよりも頑丈だ」


「そう……。無理はしちゃダメよ」


 鴉は鼻を鳴らして応える。

 加山はそんな彼の隣に座り、妖怪の死骸を見つめながら口を開いた。


「勝ったのね」


「……ああ」


「強かった?」


「不完全燃焼だ」


 ふぅっと口から煙を吐き出し、鴉は言う。


(ひでりがみ)の奴は、ここをこんなにした熱波は放たなかった。何かおかしい……。加減していたように見えたが、それがわからん」


「そうなの……。でも、勝てたなら良かったじゃない。下でも負傷者のほとんどが救出されてるわ。死亡者も、多いけれどね」


「……妊婦はいたか?」


「妊婦?」


「腹を守って死んだ妊婦がいた。死人ばっかりの、広い部屋があったはずだ。あそこの壁際で死んでた」


「さあ、わからないわ。私は行ってないし」


「そうか」


 鴉は煙草を吸い直す。

 畳のような匂いが辺りに満ち、加山の鼻もくすぐる。

 黄泉の国の煙草は人間のものとはまた違うらしい。

 しばらくして、鴉は再び口を開く。


「あの妖怪ども、別の妖怪の下っ端のようだ」


「えっ……そうなの?」


「魃はあのお方だとか呼んでたな。俺と戦ったのも、そいつの命令らしい」


「妖怪を支配する、妖怪……。そんな存在が……」


「お前は何か知らないのか? たしか……四体いる中で一番強いとか言っていた。四体、この東饗に強力な妖怪がいるってことらしい」


「四体? まさか……きゃっ」


 加山がそう言いかけると、突如二人は強風に煽られる。

 思わず体勢を崩しそうになった彼女を鴉が負傷している腕で支え、自らは周囲を警戒。


 すると、魃と真っ二つになった姑獲鳥の亡骸の近くで何かが動いているのが目に入った。

 それは妖怪……というよりは、人影だった。


「誰だッ!」


「…………フフ」


 強風が止む。

 視界がクリアになり、死骸の近くで蠢いていた者の正体が明らかになる。

 それはボロ布を纏った若い黒髪の美青年であった。

 

「お前は……!?」


「いやぁ、見事だったよ鴉。魃の力は敢えてセーブさせたが、それでも天晴れな戦いだった。あんなに呆気なく、魃と姑獲鳥がやられるとはね」


「……!? まさか、お前が」


「ああ。こいつらのご主人サマ……ということになるね」


 鴉からすれば彼の正体は全くの謎であり、今まで出会ってきた何よりも不気味に感じられた。


 彼の言葉を信じるなら、間違いなく妖怪ではあるのだろう。

 だが、妖力を一切感じられない。黄泉の香りもしない。

 煙草で鼻が誤魔化されているのを加味しても、一切匂わないなんてことはあり得ないのだ。


 青年は魃の死体を抱え、姑獲鳥の死体ももう片方の手で掴んで立ち上がる。

 その様子を目にした加山は、拳銃を取り出して青年へと向けた。


「止まりなさい! あなた、何をするつもり!?」


「何って、見ての通り死体を回収するだけさ。メディアはいくらでも操作できる。警察もな。だが、()()()に痕跡を残すと面倒になりそうなんだよ。楽しいのは好きだが、まずは君らを知っておきたい。招くのはその後だ」


「何ですって? あなたは、一体……」


「招くだと? どういう意味だ」


「そのうちわかるよ……」


 振り返ってみれば、姑獲鳥のもう片方の死骸はとうに消えていた。

 既に回収されていたのだ。


 二人に背を向ける青年。

 来た時のように、風と共に去るつもりだろうか。

 しかしそれを加山は許しはしない。


「待ちなさい!」


「っ! 待て!」



 ビギュンッ!!



「なっ……!」


「ああ、惜しいな。よく気づいたもんだ」


 青年を追おうとする加山だったが、鴉に肩を掴まれて制止される。

 そして次の瞬間、超高密度の妖力の光線が天から加山の足元に撃ち込まれた。

 彼女はその撃ち込まれた痕を見て戦慄する。

 病院の、おそらく一階まで……いや、それよりももっと下まで貫かれていた。底が見えないほど下まで。


「妖力を隠す技術が洗練されている……。お前、ずいぶん長く生きている……いや、生きていたな」


「まあねぇ」


「やはり黄泉から生き返った妖怪か」


「フフ……」


 青年の周りに旋風が巻き起こる。

 塵が舞い、青年の姿を隠すように風は渦巻く。


「いやいや、本当に楽しみだよ。これから先がね。君みたいにタフな鴉は滅多にお目にかかれない。できるだけ長く、楽しませてくれ。私の生涯を彩ってくれ、ね?」


「逃すと思うか」


「ああ、私は確実に逃げられるとも。君たちからね……。チャオ!」


 そう言い残すと、青年の姿は再び吹き荒れる暴風と共に消えてなくなってしまった。

 魃と姑獲鳥の死骸も跡形もなく無くなり、青年の正体を探る手がかりも失った。

 既に夜明けを迎え始めている空を見つめ、鴉は拳を握る。


「……おい」


「……? なに?」


「手を組もう」


「えっ」


「人を守りたいんだろう? 俺は妖怪を殺すことしかできないが、お前は…………。だから、頼む」



───────────



 四大財閥、Nined Tailer Corporation本社。

 誰も知らないその部屋に妖怪の骸を無造作に置いて、青年はデスクに向かって歩く。

 纏っていた布を脱ぎ去ると、それと同時に髪色までも変わっていく。


 頭頂部からゆっくりと、稲のように華麗な金髪へと変わっていく。

 ボロ布の下にはスーツを着ており、ネクタイを直し、彼はデスクチェアに腰を沈めた。


「んっんん……。やあ、諸君。楽しんでいただけたかな?」


 彼、玉藻草司は虚空へ問いかける。

 デスクの真正面には巨大なスクリーンがあり、問いかけに呼応して明かりがついた。

 スクリーンに映ったのは三つ分の画面と、それら一つ一つに姿を見せた謎の人物たち。

 東饗を、いや日本を裏から支配する四名による秘匿された会合であった。


『ずいぶん……簡単にやられたもんだな、魃は。屋上でもあいつに旱魃と熱波の力を使わせときゃ、鴉にやられずには済んだはずだ。使わなかったのはお前の命令だろ、玉藻!』


 スピーカーから苛ついた男の声が響く。

 

「まぁまぁ落ち着いて。そもそも魃に屋外でその力を使わせたら君はいつも怒るじゃないか。だから配慮して……」


『嘘をつけ! 毎度毎度当てつけのように使わせてた癖に、今回だけ使わずに負けるとは舐められたもんだな……!』


『…………』


 玉藻と男の言い合いに、深いため息を吐く者が一人。

 わざとらしいそれに対して、男の矛先はそちらへと変わる。


『何だ、おい。お前も俺に文句あんのか?』


『失敬』


『言っとくがな、魃は元々()()()なんだよ。玉藻が勝手に引き抜いた上に、雑に扱われて死んだ!』


「心外だなぁ」


『……引き抜かれたのは、魃の貴公への忠誠が無かったからだろう。元々信頼されていなかったなら仕方ない、瑞子(みずこ)殿』


『何だと……』


『それに、魃の力を危惧していた貴公のことだ。そこはむしろ、死んだことを嬉しがるものだろう』


 瑞子と呼ばれた男の苛つきは増す。


 魃は本来彼の部下であり、乾燥や高熱に弱い瑞子はその力を制御し支配していた。

 放っておいたり、敵にしておいては自身に害となる可能性があったからだ。

 しかし、それ以上に瑞子は魃に同郷の者としての情もあった。

 数少ない大陸からの妖怪だったから。


 それを玉藻は引き抜いた。

 他の者には信じられてはいないが、瑞子はそれを玉藻の妖力によって洗脳されたのだと言い張る。

 だがその証拠は無い。


「まあ、落ち着いて! 瑞子も熱くなり過ぎだし、君も調子に乗り過ぎだ。力関係をもっとよく理解しておきなさい。特に君は、一番下なんだから」


『チッ』


『フン……』


「今回の鴉バーサス姑獲鳥と魃の感想を語ってもらいたいのに……。いつも喧嘩するんだからなぁ、君らはさ」


 瑞子は舌打ち。

 玉藻に「君」と呼ばれる、隻腕の男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 力関係。

 それは妖力や財力など一つの力によるものではなく、総合的なものだ。

 すぐにでも彼らが戦争を起こせば、真っ先に陥ちる。四者の中では最も脆弱な組織だ。


「……で、相変わらずダンマリな貴方は如何だったかな?」


 玉藻は一言も喋っていない三人目の男に問う。

 一拍置いて、彼は答えた。


『ああ……良かったよ。とても』


 スクリーンの画面の奥……男はパソコンに映し出された画像を見ながら呟く。

 その画面には病院の監視カメラの映像の一部を切り抜いた写真が。そこに映っていたのは、患者たちを誘導する加山の姿であった。


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