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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗編
8/30

7.魃と姑獲鳥

「はあっ……はあっ……はあっ……!」


 階段を駆け上がる鴉。

 加山の言っていた屋上はもうすぐそこだ。

 乾燥と熱気で、普段なら何でもない駆け足も息が上がってしまう。

 だが近づくにつれ、黄泉の香りもさらに濃くなっていく。そして二種類の妖力も感じ取れた。

 魃と姑獲鳥は確かにいる。


「はあ……はあ……ここか……。最上階は」


 階段を上りきると、目の前には鉄扉が。

 上部についたすりガラスは夜の闇と火の明かりを鴉に見せつける。その先が確かに屋外であると。

 鴉はドアノブを掴み、戦いの舞台へと足を踏み入れた。


 広大な屋上はドクターヘリ用のヘリポート。

 鴉が入ってきた扉は患者を搬入するための出入り口ではなかったが、目の前にはHと書かれた円形の土台があった。

 そしてその上に……



「ぐっ、ふっふっふっふ……。ようこそ、鴉!」

「ギャァァアーーーース!!」



「魃……姑獲鳥」


 片腕の無い、一つ目の獣人。

 そして人間とほぼ同じ大きさの黒い鳥。

 魃と姑獲鳥だ。ついに相対した。


 変化を解き、人間の医師の姿から本来の姿に戻った魃は鴉へ薄気味悪い笑みを浮かべて口を開く。


「待って、いたぞ。近くでは、ここが一番広い。俺たちが、戦うに相応しい」


「そうは思わないがな……。俺とサシでやるならまだしも、姑獲鳥と共に俺にかかってくるというのなら、お前の力は姑獲鳥も巻き込むはずだ」


「ぐっふっふっふ……」


 魃は笑う。姑獲鳥もじっと鴉を見つめ、動かない。

 鴉は刀を握り直し、構える。

 注意すべきは姑獲鳥だ。あれを先に仕留めねば、魃を追い詰めても回収され、逃げられる。

 その前に魃を殺し切れば問題はないが、戦いの行方は何重にも想定しておかねばならない。


「姑獲鳥、伝えた通りだ。飛べ」


「グググッ」


 魃がそう言うと、姑獲鳥は夜空へと飛び立つ。

 何をするつもりなのかは今の鴉にもわからなかったが、彼を殺すための作戦の一つであることに間違いはない。


「確かに、お前の言う通りだ。俺の熱波はただ、俺を中心に、放出するだけ。姑獲鳥を、巻き込む、かもな。だが、巻き込むなら使わなければいいだけだ」


「それで俺に勝てるとでも」


「お前を殺す方法はいくらでも、ある。姑獲鳥と俺が組まされているのは、神がかりな、連携によること」


 魃は左手の爪をギラつかせ、腰を落として構えをとる。

 組まされているということは、彼らの意思によるタッグではなく、魃が言う"あのお方"の命令で今鴉と対峙していることを意味する。

 この戦いそのものが、鴉の死が、なぜその者にとって利益になるのか。

 鴉には理解できないが、それを解き明かさねばならないことに変わりはない。

 鴉を消そうとしている……おそらく魃たちのバックにいる者も黄泉から復活した妖怪の可能性が高い。


「さあ、始めようか──」



「鴉ゥッ!!」



「ぐっ!?」


 

 ガギィィィッ!



「ぐふっ、よく防いだ、な!」


 魃は一瞬で距離を詰め、その凶爪で鴉の心臓を狙う。

 何とか反応できた鴉は間一髪のところで刀で爪を防ぎ、鍔迫り合いの状態に。

 熱波は確かに恐ろしい武器だ。

 だが、魃からそれを取り上げたところで、風のように走ると言われるほどのスピードも、十二分に脅威であった。


「ふんッ」


「うぐっ……!」


 魃の腹部に鴉の蹴りが刺さる。

 そうして怯んだところをさらに追撃。魃の手を押し退け、刀の柄頭で頭部を殴打する。

 背中の毛皮を掴んで続けて腹に膝蹴りも加えた。


「掴んじまえばお前の速さは死んだも同然だな」


「ぐふぅぅっ……こ、姑獲ち……!」


「はりゃああッ!」


「うがァァッ」


 魃の頭頂部の毛を掴み、刀を握った右手で顔面を殴りつける。

 鼻血がぶしゃあっと噴水のように噴き出し、単眼からも堪らず涙が溢れている。

 しかし鴉は容赦しない。掴んでいる手も離さず、魃の目玉に刀の鋒を向ける。

 そのまま刺し貫くつもりで……


「ギャァァァァッ!!」


「!!」


 頭上から甲高い鳴き声が響く。

 上空へと目線を向けると、鴉に狙いをつけた姑獲鳥がその尖った嘴を槍の如く、一直線に突っ込んでくるのが目に入った。


「くっ!」


 鴉は掴んでいた魃を突き飛ばし、左手を刀の峰に添える。

 そして、降ってきた姑獲鳥の嘴を刃で滑らせながら受け流し、その勢いのまま全く別の方向へと吹っ飛ばした。


「ぐぅぅ……中々、やるな。判断のスピードも速い。やはりお前は、厄介、だ……!」


「最初に片腕を失ったのが大きかったな。両手が揃っていれば、今よりずっとお前たちに苦戦したはずだ」


「フン……!」


 魃は鼻血を指で拭い、再び構えをとる。

 すると、鴉の足元に何かが落下。

 雨か? と一瞬思う彼だったが、実際は違う。雨など降ってはいない。

 空から落ちてきたのは姑獲鳥の唾。触れた者をいとも簡単に溶かしてしまう、超強力な酸である。


(本気で来るつもりだな……)


「シャアァァァァッ!」


 空からは姑獲鳥が唾を垂らし、目の前からは魃が迫り来る。

 再び風のように駆け、右へ左へと跳ねながら鴉の視線を翻弄し接近してくる。

 姑獲鳥の唾に臆していれば魃の攻撃をもらう。

 今反撃に出れば酸に襲われるが、それでも魃を仕留められるチャンスを手にすることはできる。

 鴉は前へ出た。


「はぁぁぁっ!」


「うがぁああああッ」


 繰り広げられるのは剣と爪の高速の攻防。

 攻撃が掠り、頰が裂け、髪の先が切られ、放たれる乾いた風で目や口腔内の粘膜も痛め……。

 それでも鴉は剣を振る手を緩めない。


 降ってくる酸も何とか視界に入れて回避する。体に当たりはしないが、それでもコートには付着し、穴を空ける。

 そうして千切れた裾の一部が宙に舞い、鴉の視界を一瞬遮る。

 その隙を魃は見逃さない。


「もらっ、たァァァァ!!」



 ザシュゥゥッ!



 魃の左手が鴉の右頬に迫り、そして突き刺さった。

 何度も何度も刀と打ち合い、傷と疲労の溜まった爪だったが、それでも鴉の右目を潰し頰を貫くには十分。そのまま更に奥へと爪を押し込もうとする。

 しかし……


「おおぉおオオォォッ!!」


「んなっ」


 再び鴉の前蹴りが魃の腹部に炸裂。

 そしてすかさず左腕に刀を打ち当てる。

 刃ではなく峰で当て、腕の骨を粉砕した。


「うあッ、ガァッ……! かぁっ」


 魃は苦痛に悶える。

 鴉は刀を左手側で構え、折れた魃の左腕を斬り上げようと姿勢を落とす。魃の回避は敵わない。

 だが当然それを妨げようとする者がいる。


 姑獲鳥だ。

 今度は鳴き声を上げず、鴉の背後から弾丸のように飛んでくる。

 攻防は仕切り直し。魃は姑獲鳥のカバーによって危機を脱する……



 はずだった。



「はぁりやァァッ!!」



 ズバァァァァン!!



「こっ、姑獲鳥!?」


 姑獲鳥の嘴が鴉を貫かんとする瞬間、彼は身を翻し、姑獲鳥へと刃を振るう。

 突っ込んでくる姑獲鳥はそれを避けきることがでぎず、嘴から頭、首、胴体まで上下に真っ二つに斬られてしまう。

 斬られても飛んできた勢いは死なず、下側の嘴はそのまま鴉の肩を抉り、魃の体へと……


「ぐあぁアアアアアアッ!!!」


 胴体を貫かれ、巨体に押されるがまま魃は吹っ飛んでいった。


「…………ふぅ」


 鴉は肩と顔の激痛に耐えながら立ち上がる。

 吹き飛ばされ、十数メートルほど離れた位置で落ち着いた魃にトドメを刺すため、刀を握りしめて歩んでいく。

 魃はかろうじて一命を取り留めていた。

 しかし姑獲鳥の死体の下敷きとなり、左腕と胸の負傷もあって、放っておけば絶命するような状態である。

 脚は無事だが、それでも逃げられないのは俊足な彼に対する皮肉のようだ。


「うぅ……ああ……」


「終わりだな。魃」


 魃の喉元に鋒を当て、少しでも力を入れれば刺し貫けるようにする鴉。

 反撃も逃走も敵わないまでにされ、息も絶え絶え。

 今の魃にとって、問答すらも難しい。


「熱波を放つか? 悪あがきにしかならん。お前の命は延びないし、むしろ縮めるだろうさ……。諦めろ」


「……そう、しよ、う……ぐふっ」


 魃は血を吐きつつも口角を上げ、笑った。


「ええ、と……俺、の……主……か。聞きたい、のは……」


「喋れるか?」


「ぐふっふふ……話さ……ない」


「……もうじき死ぬっていうのに、いらん苦しみは受けたくないだろ」


「拷問して、吐かせる、つも……りか? 無駄、だ……。俺が、あのお方、を……喋れ、ば……あのお方は、離れた位置からでも……俺を……始末できる」


 魃は笑みを絶やさず、鴉を煽るように言った。

 遠くからでも始末できる。

 そんな妖怪がいるとは。

 鴉は一瞬思考を巡らせるが、それだけの情報では思い当たる妖怪は浮かばなかった。


「あのお方は……()()()()()()()()()()……。この国の……王、いや……世界、の王、に…………」


「! 魃、話せ。お前の主は誰だ、どこにいる!?」


「すぐ、そこ……だ。探さず……とも、あのお方は……お前、を、気に入り……そして殺す、さ!」

 

 そう言うと魃は自ら頭を上げ、喉を貫いた。

 自決。最後まで相手の思い通りにならず、嘲笑いながら死んでいく。彼が"あのお方"と呼び慕う者のためだけでなく、鴉への悪あがきである。

 まさしく妖怪だ。

 他者を害する、悪しき存在……


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