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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
76/86

75.火蓋

『まったく……よくやってくれたよね。茨木童子』


「なんの話でしょうか? 玉藻殿」


 『赫津鬼会(あかつきかい)』の会長室。

 窓一つないその部屋で、茨木童子はパソコンを開き玉藻、瑞子とテレビ通話を行っていた。

 玉藻が画面越しに面白くなさそうな表情で言うのに対し、隻腕(せきわん)の鬼はニヒルな笑みを浮かべならとぼけて見せる。


(からす)に協力したのは君だろう? 鴉だけで、朝のニュース番組をジャックできるものか。協力者と思われる者の声も生放送に入っていたしね』


「……私は入れ知恵をしただけだ。今回の鴉の一件、そして月兎殿の死亡。それらに赫津鬼会(われら)は一切関与していない。これはまぎれもない事実」


『その月兎から聞いているよ。君は以前、『一目連龍(はじめれんりゅう)水道』を()()()()襲撃しているね』


「ああ……知っていたんですか」


 茨木童子はわざとらしく答える。


『……瑞子も。どうして私に言わなかったんだ? このことを』


『…………』


 矛先(ほこさき)が瑞子にも向く。

 彼は画面から(にら)みつけてくる玉藻から視線を外し、苦い表情をうっすらと浮かべた。

 瑞子が玉藻に鴉と鬼の共闘を報告しなかったのは、彼のプライドが理由だった。

 自らより強い玉藻に()()()()()ことは、誇りの無い弱者のすることだと思い直したからである。


『まあ、いい。とにかく、これで『四大財閥』の均衡(バランス)は完全に崩壊した……。東饗(とうきょう)も、もううわべだけの平和というのも保てないだろう。月兎がやってくれたからね』


 『幻明芸能事務所』社長、月兎は鴉により殺害された。

 彼は鴉の挑発によりテレビ局に乗り込み、七百を超えるスタッフの命を奪っている。

 妖怪が暴れた事件の経緯を捏造(ねつぞう)することは玉藻にとって造作もないことだが、起きてしまった事実を覆すことはできない。

 ましてや死者を蘇らせることなど。

 実際、鴉らによる『おめざめテレビ』のジャックから二時間が経過した現在、午前九時。

 SNSでは番組内で起こった現象や『四大財閥』の暴露について論争が巻き起こっていた。


 ──四大財閥の正体が妖怪って……マジどゆこと? なんかのドッキリ?


 ──AIだろ。か、映画かなんかの宣伝。これに振り回されてるやつバカすぎ。


 ──フシテレビ電話通じないんだけど……。え? なんで? 流石に電話は出てよ。きちんと番組に関して説明をするべき。報道番組でふざけるな。


 ──この前皆途(みなと)区で人力車? 昔の貴族が乗る車みたいなのの上に人が乗って爆走してる動画あったじゃん。え、あれとか妖怪なんちゃう?


 ネット上では『四大財閥』のトップが妖怪だという話や、放送にのせられた音声が本物であるかどうか。これらに対しては否定意見の方が多かった。

 これは玉藻や瑞子の予想通りであるが、テレビ局の惨状が明るみになるまで秒読みであることは自明。

 都内の数百人規模の殺戮(さつりく)までは、いすら玉藻であっても隠すことはできない。


『私はもう情報統制も行わない。『四大財閥』は終わりだ。茨木童子……()()()()()()()()()()()? 理解していないわけじゃあないだろう? その覚悟はできているんだろうね』


 玉藻は茨木童子を睨みつける。

 これに対し茨木童子。決して(おく)することなく、挑発するように笑みを浮かべながら答えた。


「──もちろん。望むところだ。百年の時を超え、この国は再び戦乱の渦に呑まれる。我々の手で、な。この世の王座を、奪い合おう。玉藻草司」


『……言うようになったじゃないか……』


『茨木童子……』


 玉藻は口角を上げながらも、目は笑っておらず額に青筋も浮かべており。

 今まで自分に従うばかりであった、見下していた茨木童子に反旗を(ひるがえ)されたことが彼のプライドを傷つけていた。

 瑞子も、明確に反逆の意思を示した茨木童子に驚きを見せている。

 一方で、敵意と怒りを上回るほどの()()を抱いており、多くの言葉を口にできぬほど複雑な感情に支配されていた。


『ならば、ここからが前奏(プレリュード)だ。『四大財閥』という土台を失った日本社会は崩壊を始める。それを加速させるのは──大陸からの災い、『四凶』だ』


『「…………!」』


『王座を奪うと言ったね。ならば、彼らぐらいは切り抜けられないとなあ。彼らも王座に飢えており、最初の刺客にもなろうさ。何より『四凶』は今、暴れたくてウズウズしている』


 玉藻が今テレビ電話をしているのは彼の社長室であり、500平米を超える広さのその空間には、かの四匹の獣たちもいた。

 檮杌(とうこつ)饕餮(とうてつ)は彼の言葉を聞きながらニタニタと笑っており、窮奇(きゅうき)渾沌(こんとん)は静かにソファに座っている。

 暴れられるのなら存分に。四者全員が、それをたたずまいだけで主張していた。


『彼らを超えて、私を引きずり下ろしに来るといい。楽しみにしているよ、茨木童子。瑞子鳴河。そして、鴉よ──』


 プツリ、と画面の玉藻の枠が暗転する。

 茨木童子と瑞子は、宣戦布告に対する玉藻の煽りを受けて無言のままルームに二人残されていた。

 何も話すつもりがなく、ルームから抜けない瑞子をずっと眺めている茨木童子。

 彼の視線に耐えかねた瑞子は、不機嫌そうに口を開いた。


『……茨木童子』


「なんだ、瑞子鳴河」


『……。膠着(こうちゃく)状態だった『四大財閥』に、一石を投じたこと……感謝する』


「いきなりどうした……?」


『俺は玉藻に屈していた。俺より明確に強いあいつにな……。ずっと殺したいと思っていたが、俺にはこれまで何もできなかった。だから……自分(てめェ)が情けなくもあり、戦争を始めたお前にある種の借りを感じている』


 目を伏せながら淡々と話す瑞子。

 茨木童子がよく知る彼と違い、()()()()()振る舞いをしていた。

 やや困惑する茨木童子に、瑞子はさらに続ける。

 しかし今度は、その目に確かな意志が宿っていた。


『だが、それを返す返さないは全くの別問題だ。俺たちはもはや肩を並べる財閥ではなくなったんだからな』


「……」


『玉藻を殺すのは俺だ。そしてお前も、鴉も、この俺の手で始末する!』


「そうか。まあ、せいぜい頑張れ」


 力強く言い放つ瑞子に、茨木童子は冷たくあしらう。だが彼は内心では、現代の好敵手(ライバル)として瑞子を認めていた。

 瑞子もまた、玉藻という絶対の強者に立ち向かわんとする、鬼の世で讃えるべき存在であったから。

 画面から瑞子も消え、ルームは解散。

 残された茨木童子は、会長室の目の前に音もなく立っていた鬼童丸に気がつき顔を上げた。

 鬼童丸はその手に、大量の桃が入ったビニール袋を()げていた。



───────────



「社長、終わりましたか」


「ああ」


 『一目連龍水道はじめれんりゅうすいどう』社長室。パソコンを閉じた瑞子に、同室していた大蝦蟇(おおがま)が声をかける。

 戦闘用の衣装ではなく、会社員としてのスーツ姿をしている彼は、右手に三叉槍(さんさそう)を持ったまま何かを瑞子に教えたがっていた。

 どもっている彼に、瑞子は尋ねる。


「……なんだ」


「社長、先ほどの放送により、話を聞かせろと役員や社員がオフィスに押しかけてきておりまして……。今、私が社長にかけ合うと言って落ち着かせておりますが、いかがいたしましょう」


 『四大財閥』は今日この日をもって、完全に崩壊した。

 社会的には倒産でも解散でも、合併による消滅でもないが、妖怪たちはもう人間社会には(くみ)しない。

 瑞子は大蝦蟇の話を聞き、一瞬考える。

 だが彼は、すぐにその考えをかき消した。人間として振る舞う必要が無くなったのなら、説明も話し合いも不要であると。


「ガマ、お前に任せる」


「──御意!」


 瑞子の許可を受けた大蝦蟇は、意気揚々とスーツを脱ぎ捨てる。

 そして社長室から、三叉槍を手にしたまま出て行った。

 



「ああっ、川油(かわゆ)さん!」


 社長室から出てきた大蝦蟇を目にして、廊下の先で待たされていた大勢の社員のうちの一人が声を上げる。

 川油という名前は、大蝦蟇が人間として振る舞う中で使っていた偽名である。

 社員たちは大蝦蟇の元へ駆け寄ろうとするが、すぐに足を止め、言葉を失う。

 なぜなら大蝦蟇は指貫(さしぬき)足袋(たび)、草履だけを身につけた上裸姿であり、凶器も持っていたのだから。


「か、川油さん……その、姿、は……」


「よく聞きたまえ、人間諸君! 今日で『一目連龍水道』は解散となった!」


「「「な、なんだって……!?」」」


 大蝦蟇の言葉にどよめきが起こる。

 そして彼は、三叉槍を構えて社長室までの廊下を遮断するように立ち塞がった。


「これまでの労働、ご苦労だったな。さようならだ、旧時代の霊長類」


 大蝦蟇の左目の瞳孔が歪み始める。

 横長に広がっていくその黒い穴は、彼が人外であるということを証明していた。

 三叉槍を振り回す大蝦蟇。逃げ惑う社員たち。

 復興が進んでいた本社ビルは、再び血に染め上げられんとしていた。

 

 

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