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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
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72.追憶 弍

 茨木童子が酒呑童子の右腕となり、半世紀が過ぎる頃。

 他の鬼たちは当初こそ茨木童子の出世に戸惑い、反発した者もいた。茨木童子に陰ながら当てこすりをする者も後を絶たなかった。

 今では千を超える鬼たちの半数が静かになったが、それでもまだ納得しない鬼は多かった。


 宇寺(うじ)の橋姫討伐。

 能途(のと)の猿鬼狩り。

 大江山(おおえやま)の山神との一騎討ち。

 酒呑童子は茨木童子の助言を基に各地の強大な敵をなぎ払い、その勢力を増していく。

 やがては日本で最も大きな鬼の一派へと成長を遂げた。

 それでも酒呑童子の振る舞いは以前と変わらず、ひたすら山の奥で酒を呑むばかり。

 茨木童子もそれに付き合いつつ、たまに抜け出しては独り修練に(はげ)んでいた。

 そして彼の隣には、いつの間にか、鬼童丸と呼ばれる寡黙(かもく)な鬼が控えるようにもなっていた。


『酒呑殿の力は既に美能(みの)紀井(きい)、西方では否幡(いなば)まで及んでいます。この国そのものが貴方に(ひざまづ)くまで、もはや秒読み。数を増やし隅々まで蔓延(はびこ)る人間も滅ぼし、やがてこの大地は鬼のものとなる』


 酒呑童子の目の前で地図を広げ、茨木童子は淡々と告げる。

 大江山に引きこもり、周辺の人里や都を襲撃し酒や金、女を(さら)って毎日宴会に興じる。そんな従来の鬼の有り様は、茨木童子が酒呑童子の右腕となってから変わり果てた。

 「力と強さが全て」。鬼の価値観は変わらず、むしろ苛烈(かれつ)さを増して勢力を広げつつあった。


()()()よ、人間がいなくなったら酒はどうするんだ。酒が無いと俺はやってられんぞ』


 酒呑童子は尋ねる。

 どこか無気力そうに、何かに対して気が乗っていないかのようにそう言う。


『造る技術を得ればよいだけです。人間から得られるものは全て得る。奪えるものは全て奪います』


『…………』


 茨木童子は変わった。

 否、始めからそうだった。

 他の鬼たちにいいように使われている時、彼は非常に静かだった。感情が死んでいるかのように、命令されたことを淡々と行う。殴られても、蹴られても、反撃どころか何のリアクションもしなかった。

 それはただひたすらに待っていたのだ。

 いつか必ず、自分が()()()()に立つことを。


 

 ──鬼の世界は『力と強さが全て』だ。なら、俺がその両方を得てやる。上に立つ資格の無いカス共は、俺がこの手で処刑する……!!



 酒呑童子は茨木童子の上昇志向を"誇り"として評価した。だがそれが、逆に茨木童子を暴走させるに至ったのだ。

 酒呑童子の右腕、一派の知将。そうして成り上がるだけに留まらず、茨木童子自身も着実に力をつけていた。

 自分を顎で使っていた鬼たち。彼らは皆、茨木童子の出世を快く思っていなかった。茨木童子はそうした鬼たちを半殺しにし、見せしめに(はりつけ)にしたのである。

 彼の隠された凶暴性、過激な思想を酒呑童子は見抜くことができなかった。


『……えらく熱心だな、お前は』


『何がでしょうか』


『橋姫とかいう女も猿鬼も、俺に倒させて何がしたいのかということだ。この山の神とは正当な果し合いだったが、わざわざ大江山を出て他の(あやかし)を狩らせる目的がわからん』


『鬼の世を、(ひら)くためです。力と強さが全ての我々の時代、我々の国を』


『それをして何になる』


『貴方を王として(いただ)くことで、我々はこうして山奥に身を隠す必要も無くなる。堂々と、陽の光を浴びて生きることができるのです。それが力を持った者の正しい権利であると、私は信じているのです』


 茨木童子は曇りの無い言葉を紡ぐ。

 その目も真っ直ぐであり、一切の偽りは無かった。

 だが酒呑童子は、彼の言葉を聞いてため息を吐く。


『……俺が何者かに追いやられてここに居座り続けているとでも?』


『いえ、決してそのような……』


『俺は好きでここにいる。この場所が気に入らず、出て行きたいなら行けばよい。仲間たちも連れて行け』


『誤解です、酒呑殿。私は、人間などではなく我々鬼こそが支配者に相応しいと考えているのです! あのような矮小な存在が、どうして我々よりも堂々と生きていられるのか!? 鬼が人知れず、影に潜む必要があるとは私は思えないのです!』


『力を持たない者はこの世に相応しくないと?』


『少なくとも、堂々と生きていてよいはずが無いと考えています』


 茨木童子は酒呑童子を真っ直ぐ見つめ、そう言い切る。

 酒呑童子は理解していた。茨木童子はただ過激な思想家というわけでは決してない。

 ただ運悪く、この世に弱く産まれ落ちたばかりに。弱い鬼として産まれたばかりに、他の鬼たちに虐げられた過去が彼をこのように作り上げてしまった。

 酒呑童子は目の前の右腕の言葉にすぐに返答しなかった。太い指で地面に触れ、爪先から蟻が登ってくる様子を黙って見ていた。


『弱い者が、この世に堂々と生きていていいはずがない、か。お前が口にすると、鬼の価値観の()()()()を思い知らされる……』


『…………』


『天才・茨木童子。まだまだ鬼として若手だが、その生涯は過酷と呼ぶに相応しい。そんなお前の抱く憎しみにも似た野望は、確かに鬼にとって薬なのだろうな』


『酒呑殿──』


 茨木童子が言いかけると、酒呑童子は(かたわ)らに置いていた瓢箪を掴み、自分の盃にドボンドボンと酒を注ぐ。

 秋の装い。紅葉が散り、それが酒の水面に落ちるのを眺めてから一気にこれを煽った。


『王は、俺よりお前の方が相応しい』


『……! 酒呑殿、何を……』


『お前は確かに強くなった。この大江山では俺に次ぐ存在にもなったろう。だが、俺とは根本的に見てきた景色が違う。下から死ぬ気で這い上がったお前と、始めから山の頂にいた俺では、な』


『……』


『本当は、鬼の全てが憎いのだろう。ただ運が悪かっただけで、理不尽で耐え難い苦痛を何十年も味わってきた。力と強さを重んじる種族でなければ、そんな境遇にはならなかった……。だから今度は、自分が上に立とうとしている』


 低く笑いながら、再び酒を煽る酒呑童子。

 茨木童子は目を伏せ、彼の言葉に黙って耳を傾けている。


『言ってみれば復讐だ。だがそれが、最も鬼らしい生き方にもなった。俺はそうはいられない』


『……酒呑殿。貴方は……無いのですか。憎しみが。貴方は、人間から捨てられた過去をお持ちのはずです。だというのに、なぜ』


『……フフ』


 茨木童子の疑問に笑って返す。

 酒呑童子は鬼から産まれたわけではない。その昔、都の貴族の子に産まれた『人間』である。

 しかし彼は産まれた頃から髪が生え、牙があり、泣き声ひとつ上げなかった。赤い肌を持ち、産まれたばかりというのに三つにもなる子どものような大きさでもあった。

 それどころかしっかりと見開いた目で部屋中を見回し、自分を抱く者の手に噛みつき、その指を食いちぎってしまう。

 出産に立ち会った産婆は彼の異常性に恐れ慄き、母親も悲鳴を上げた。

 呪われた子。酒呑童子はそう恐れられ、殺されることが決定する。

 しかし彼はこうして生きており、今では鬼の長として君臨している。彼は殺されはせず、この大江山に赤子のまま捨てられたのだ。


『あの時のことはまだ覚えている。当時は人語を解せなかったが、今では誰が何を言っていたのかさえも理解できる』


『それでも、人間を憎まないのは』


『俺はなぁ、あの時死ぬはずだった。おそらく父親であろう、烏帽子(えぼし)を被った壮年の男。あれが命じて、斬り殺されるはずだったのだ。だが、母は俺をこの山に捨てた』


 酒呑童子は懐かしむように語る。

 揺らめく盃の酒に視線を落とし、反射する自分の顔と周囲の紅葉を視界に収めて。


『実際のところはわからぬ。だが俺は、その時の母の行動とは、あの時(あれ)にできた最善にして最大の"愛"だったと思っている。醜く、強大に産まれた俺を刃から生かしたことがだ。母は命に背いたことから首を()ねられたろう。だがそうした恐れを跳ね除け、俺を救ってくれた。憎むことなどできやしない』


『……』


『鬼の誰もが、これを理解することはできなかった。共感してもらえない、ということだ。どうだ? (さか)いお前になら、わかるのではないか?』


『……わかりません。わかりたくも』


 一瞬考える。だが、茨木童子は酒呑童子の思いを肯定することはできなかった。

 彼自身も言うように、したくなかったのだ。

 生まれは正反対。しかし、恵まれない境遇は同じ。だというのに、抱く考えはまるで違う。

 茨木童子の恐ろしくも落ち着いた(なぎ)のような心に、波紋が広がった。


『とはいえ、俺も人間を襲い酒や女を巻き上げてはいるんだがな。何にせよ、俺は今のままで十分だと思っている。人目につかない山の中で、ただ酒を呑むばかり。好きな時に寝て、好きな時に騒ぐ。それで良いではないか』


『…………』


『それにな、俺が王となったところで……『盛者必衰』は世の理。終わりの無い完璧な時代など、来ようはずも無いのだ』


 言い聞かせるように、茨木童子にそう優しく告げる。王たるを求める彼にとって、時代の終わりを始まる前から突きつけることは何より残酷であるとわかっていたから。

 茨木童子も、それ以上は何も言わなかった。

 ただ黙ってその様子を見ていた鬼童丸も、正座したまま何の反応もしない。

 

 この日から、酒呑童子一派の勢いは著しく落ちることになる。

 茨木童子は昔のようにただ主の側に控えるだけとなり。鬼たちはただ大江山に(こも)って、宴会に興じるばかりになった。

 たまに人里に降りては、軽く火を放ちつつ強盗をする。人間が数人命を落とすが、ただそれだけ。鬼たちは人間の少ない犠牲など、全く意に介してはいなかった。

 そして数ヶ月後、鬼たちは運命の時を迎える。

キャラクター紹介

長濱修(ながはまおさむ)

種族:人間 年齢:49歳

身長・体重:180cm・74kg

神宿警察署刑事部に所属する刑事。加山優香の先輩、上司にあたる。刑事になりたての頃、火災現場で消防の到着を待たずに取り残された子どもを救出しようと独断専行し結果的に子どもを死なせてしまった過去を持っている。このことから身の丈に合わない事柄に関わっても悪い結果しか生まないという教訓を抱くようになり、規律を重んじるようになった。

加山とはよくペアで動く間柄であり、妖怪という非科学的な存在を信じる彼女には辟易しながらも、放っておくことはできなかった。また、自身の信条や正義を重んじて動く彼女に嫉妬や羨望の入り混じる複雑な感情を抱いてもいた。

しかし加山の死を鴉の手紙から知った時、彼は誰よりも悲しんでいた。彼は過去の事件以来、初めて規律を捨てて彼女の仇を討つためにその命を捧げようと誓うことになる。たとえ死ぬと、分不相応な行動とわかっていても、後悔は無かった。

コーヒーを好み、日に5本以上の缶コーヒーを飲んでしまう。夜食も週5でラーメンであり、不摂生。バツイチで、別れた妻の元に大学生の娘がいる。


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