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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
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69.魂の坩堝

「く、うぅぅぅっ!」

(どうする……!? この状況……一体、どうやって切り抜ければ……!!)


 壁際に追い詰められている月兎(げっと)

 刀を手にした鴉がゆっくりと迫り来る中で、彼は必死に思考を巡らせていた。

 

(せめて、この魂灰とやらをどうにかしないと僕はずっと不利なままだ。となれば、この密閉空間になっているT1スタジオに()()()()()必要がある……!)


 月兎は視界の隅に見えるスタジオの出入り口に目線をやる。

 ドアの前にはカメラなどの機器が山積みになっており、バリケードが形成されていた。これをどかすには時間がかかり、鴉はそれを許しはしない。月兎はそう考える。

 出入り口はなにも一つだけではないが、他のドアも同様の状態になっている。

 そうなれば、月兎が取るべき行動は必然と一つに。


(空調……! あれをイジって、スタジオ内の空気を外に送り"入れ替え"を行えば、灰はスタジオの外へ漏れていくはずだ!)


 何をするべきか、答えを出した月兎。

 スタジオ内の空調管理はスタジオ内にある操作盤から行う。簡単なボタン操作であるため、近づけさえすればこの魂灰の(おり)を破ることができる。

 しかし、こちらも問題が一つだけあった。


(鴉の仲間──警察たちが見張っていないわけがない。僕が空調をどうにかしようと動くことは想定済みのはずだ。むしろ、鴉のカミングアウトはそれを狙っている可能性も高い……!)


 先程殺した斉藤のように、人間が操作盤の近くで守っていることが考えられた。

 月兎からして人間を殺すことは造作のないこと。しかし鴉がそれを許すかどうか。


(スタジオ内に限った短距離の転移(ワープ)ならできる……! 見張りの人間の目の前に一瞬だけ姿を現して顔を合わせ、殺すと同時に操作盤へ行けば──!)


「さっきから考えごとか。ボーーっとしてるが。お前の考えていることなんて手に取るようにわかるんだぜ」


「っ…………!?」


 鴉と月兎の距離は10mを切る。

 転移があるために月兎はギリギリまで鴉を引きつけることができ、余裕を持って考えられていた。脇腹の傷も、我慢できる範疇(はんちゅう)の痛みに留まっている。

 だが鴉の言葉が月兎を焦らせる。

 「わかっている」。この言葉は先程彼が行き着いたように、自分が今置かれている状況そのものが全て鴉の罠によるシナリオである可能性。それを裏づけているかのように感じてしまうのだ。


(や、やるしか──)


「フッ!」


 月兎は黒い靄に包まれる。それを目にした瞬間、鴉はコートに隠された腰部分から左手である物体を高速で投げつける。

 鴉が投げたのはナイフであった。月兎の部下である絡新婦(じょろうぐも)に対しても使用した暗器。

 ナイフの刃は壁に突き刺さり、標的は既に姿を消していた。

 月兎の向かった先はスタジオの奥にある、セットの裏側の空調機操作盤の前。それに背を向けるようにして、靄の中から姿を現した。


「どこだ、人間!」


 一瞬で警官たちの顔を視界に収めるため、眉間に(しわ)を寄せて睨みつけるように周囲を一瞥(いちべつ)する。


「あ、ああ……! げ、げっ」


 セットの真裏、転移してきた月兎を見て声を震わせる男が一人。

 小太りの彼は尻餅をついて、後退りしながら月兎を見上げていた。怯え切った表情、今にも泣き出しそうな目で。

 そして二人の目と目が合う。


「うッ──」


「見張りはこいつだけか。甘い守備で助かった、よ──」


 命を奪われ、後頭部から倒れる警官。

 見張りが彼一人だけだと判断した月兎はすぐに振り返って操作盤のスイッチに手を伸ばす。

 だが振り返る瞬間、月兎は不可解な物を目にした。ほんの一瞬の出来事に、月兎は行動しかけていた体を止めることができなかった。

 ただ少しだけ言葉が詰まっただけだった。



 キイィィィィィィィィィン──!



「う、ああああああっ!?」


 スタジオ内に響く大音量の高音。音源はなんと月兎から数メートルの位置である。

 音響兵器。音の正体はそれだった。

 月兎に殺された警官──豊永(とよなが)が手に握っていたのはスタングレネード。手榴弾とほぼ変わらない構造をしていたそれを、ピンを持った状態でずっと握り締めていたのである。

 魂を奪われ絶命することで体の力が抜け、グレネードが炸裂。月兎の動きを止める。それも警官と鴉の作戦の一つだった。


「ばっ、バカなッ……!」


 耳を押さえて悶絶する月兎。

 いくら大妖怪の一角と言えど、至近距離でくらう音響弾には流石に(こた)えてしまう。

 だがスタングレネードの目的は月兎の動きを止めることだけではない。問題は場所。

 鴉が月兎の居場所を突き止めるための、合図でもあった。


「はぁぁぁっ!!」


 間髪入れず番組セットをすり抜け、飛び込んでくる鴉。

 振りかぶった刀の標的は月兎の首。セットを通過すると同時に思いきり振り抜かれ、刃は彼の白い肌までわずか数センチというところまで迫る。

 しかし月兎は鴉の姿を視界に入れたことで、間一髪のところで転移を発動。鴉の一撃を回避する。


「ぐッ、ううううっ!! クソぉっ! 人間如きが、味な真似をぉ!!」


 スタジオのど真ん中へ再び戻ってきた月兎は、手持ち無沙汰な左手で首の右側を押さえていた。

 手と首の皮膚の間からは細く血液が伝い流れていく。鴉の攻撃を完全に回避することはできていなかったのだ。

 月兎が息をつく暇も無く、鴉は再びセットをすり抜けて月兎の元へ飛び込んでいく。

 今度は転移が間に合わない。そう判断した月兎は、手に持つ柳葉刀で応戦する。


「フン! ハァッ」


「くッ、ぐぅぅ!?」


 鴉による力強い日本刀の連撃。それを何とか自身の獲物で受けながらも押されていく月兎。

 ただでさえ思い刀剣を軽々と振り回す鴉の膂力(りょりょく)は凄まじく、軽々と振るうために重さを犠牲にした柳葉刀では完全には(さば)ききれない。

 何度も何度も激しく鴉から武器を打ちすえられ、刀を握る月兎の手は限界を迎えていた。


「ううッ!?」


 ついに月兎は柳葉刀を手放してしまう。

 下から思いきり打ち上げられ、頭上へ吹き飛ばされる柳葉刀。

 回転しながらまだ滞空する獲物を再び手にするため、月兎は床を蹴って跳び上がる。鴉もそれを阻止するために跳び上がる。

 ジャンプ力は互角。しかし二人には決定的な差があった。

 鴉はまだ刀を握っているということだ。


「悪いな」


「えっ……うがああアアっ!?」


 鴉は月兎の脇腹の傷に再び刀を突き刺す。

 宙に浮いている状態で傷をほじくり返され、当然月兎は平静を保っていられるわけもなく。絶叫しながら体勢を崩してしまう。

 鴉は跳び上がったまま跳躍に使った左脚を屈曲させており、月兎の体がガクッと空中で揺れたその瞬間、待ってましたと言わんばかりに彼を蹴飛ばしてしまう。


「ううぅッ! あ、ああああ〜〜〜〜っ……!!」


「もう諦めろ。お前は終わりだ」


 柳葉刀を奪い、鴉は二刀流に。

 蹴飛ばされて床に墜落した月兎は、うずくまりながら痛みと苦しみそのものの唸り声を上げていた。

 アウェイな戦場、開いている実力差、何重かもわからない作戦。月兎の勝機は絶望的なまでに見込めなくなっている。

 鴉に言われたままではいられないと、月兎はそれでも立ち上がろうとする。


「お、お前なんかにぃ……殺されて、たまるかぁ……! 僕は……『四大財閥』……誰よりも、上に立つ存在だぞ……!」


「…………」


 汗と涙に濡れそぼった顔は見るに堪えない。

 鴉は月兎にかける言葉を思いつくことはできなかった。

 だが全ては自業自得。彼が鴉を怒らせなければ、加山に手を出さなければこんなことにはならなかった。それは厳然たる事実。

 彼がどれだけ自身の善性を掲げたところで、これまで数え切れないほどの魂を奪って"殺人"をしてきたことに変わりない。そのツケを今、払っているに過ぎなかった。


「ハァーー……ハァーー…………鴉、よく見ておけ……!」


「まだ何かする気か。苦しむ時間が増えるだけだぞ」


「僕は……お前を絶対に許さない。絶対に、お前を苦しめてやる!! ()()()()()()()()()()()()ッ! 刻みつけてやるッ!!」


 月兎はそう叫ぶと、鴉に向けて手を伸ばす。

 向けられた(てのひら)には妖力が集束し始めていた。


「……? こんな土壇場でそんな──」


「"重貌多魂葬(ちょうぼうたこんそう)"!!」


「っ!!」


 月兎が始める攻撃の準備。鴉は遅れてその正体に気がつく。

 掌に集められている妖力はそれ自体が鴉を攻撃するエネルギーではない。集まる妖力は、更に()()()()を集める布石に過ぎなかった。

 鴉の目には映っていた。

 月兎がこれまで奪ってきた数々の魂。光る玉のようなそれらが掌へと集まっていき、ひしめきながら合体を繰り返していく様子が。

 そして、莫大な妖力へと変換されていく過程が。


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