67.『桂男』
「警察だあッ! 今すぐ放送を止めろォッ!」
T1スタジオに勢いよく飛び込んでくる長濱。彼に続いて、四人の部下たちも銃を構えて続々と突入してくる。
宙に浮かぶペンや一人でに動くカンペ。予期しない放送内容の変更まで強いられ、ただでさえ忙殺され混沌としている生放送中のスタジオ。そこへ銃を持った怪しい男たちが押し入ってきたのだ。当然、パニックになる。
「な、何だあんたたちは!? 今本番中だぞ!」
ディレクターの加藤が長濱へ言い寄る。
しかし長濱は間髪入れず、主調整室でやったように天井に向けて発砲。
スタッフたちはどよめき、数人の女性は悲鳴さえ上げた。
「いいか、今すぐ放送を中止しろ。さもなくばここから逃げろ! 今からここへ月兎がやって来る。お前たちも殺されるぞ!」
「何をワケのわからないことを……!! 警察呼びますよ!」
「俺たちがその警察だ、さっきも言っただろう! どっちも断るというなら俺たちがこの場でお前たちを──」
長濱は同時に銃を加藤に向けて脅迫。
他四名も同様に、自分たちに一番近い位置にいるスタッフに銃口を向ける。
直接口にされるよりも先に行動できる脅迫されたスタッフたち。「うわああああ」「きゃああああっ」と悲鳴を上げると共に、急いでスタジオを飛び出していった。ニュースキャスターさえ、目の前で起こっていることをカメラの向こうの視聴者たちに伝えるようなことはせず、椅子を立ってセットを後にする。
「おいっ、急いで電源を切れ! 月兎が来る前にカメラを落とすんだ」
長濱は部下たちに指示し、自らもセットに向けられたカメラに走り寄り電源ボタンを探す。
テレビ番組に使われる機器に疎い五人は、すぐにボタンを押すよりも先に電源に繋がるコードを引っ張ってコンセントから外す選択をとる。そうして番組を強制終了させた。
「なっ、なになに……? 警察?」
「なんか怒鳴り声とか聞こえたけど……これ何が起こってるんだ……!?」
「何なんだよ朝っぱらから……。四大財閥のことといい、テレビのことといい……。まだ天気予報見てないぞ?」
『おめざめテレビ』を観ていた視聴者たちは漏れなく困惑、混乱状態になっていた。
突如番組内が慌ただしくなったかと思えば、画面が切り替わって『四大財閥』のトップたちの不穏な音声が流れ。また画面が切り替わり元に戻ったかと思えば、ペンと紙が一人でに浮かんでキャスターたちもただならぬ驚き方をする様子を見せつけられ。挙げ句の果てには番組は強制終了。テレビには「ただ今番組のお送りを中断しております」というテロップが表示され、ピアノにより演奏される穏やかな音楽も流されていた。
一方で、この事態を最後まで観ていた『四大財閥』。
「……ガマ、どう見る」
「どう……とは?」
『一目連龍水道』の社長室で、番組が終わらされたのを見届けてテレビ画面の電源を落としながら瑞子は大蝦蟇に尋ねる。
「ハッキリ言って、これだけじゃ日本人はパニックにはならないだろう。妖怪の存在は進んだ科学力によって、連中に架空のものだも刷り込まされてる。鴉の行動も、演出だと後で言い張ればいい」
「しかし、社長方の音声は……」
「生成AIの仕業だっつっときゃ人間は黙らせられる。とは言え確実に放送事故ではあるんだがな。まあテレビ局に問い合わせの電話が殺到するのは自明だ……。問題は、鴉の目的だ」
「鴉はほぼ間違いなく月兎を誘き寄せ、仲間の復讐と決着をつけることが目的なのだろう。つまり我々の音声を流したのは、財閥の社会的地位の失墜を狙ったのではなく、月兎への挑発……」
『NTC』で玉藻も思考を巡らせる。
窮奇と檮杌、渾沌が暴れている後ろで、饕餮に自身の考えを話していた。まさかそうして話に耳を貸している者が、実はこの事態を招いた最大の要因だというのに。
饕餮はその事実に笑いをこらえながら玉藻に質問する。
「こんなわかりやすい挑発に乗るのですかねぇ〜〜、月兎さんは」
「……今のあいつはお目当ての人間を失い、ただでさえ未熟な精神が不安定になっていた。そんなところへこれだ。信じたくはないが、間違いなく鴉の誘いに乗ってフシテレビへ向かうだろう」
「……ふぅん。ところで玉藻さん、鴉と月兎さんがぶつかった場合どちらが勝つと思いますかぁ?」
「…………。二人の勝敗は問題じゃない。月兎がフシで何をしでかそうとしているか、その点だ。私と月兎はこれまで金に物を言わせて情報統制をしてきたが……事実を消せるわけじゃない。あのテレビ局には千を超える職員が所属している……。怒りに任せて全員を殺そうとしているのなら、この社会の平穏はいよいよ守れなくなる」
玉藻は淡々と口にする。
その声色に焦りや苛立ちは無い。一切の感情が除去された、鳥籠の外の観察者の考察。想定される社会への影響は割り切り、その対処をどうしようかという段階に既に移っていた。
そして、彼の予想は当たっていた。
「うッ……」
「きゃああああああッ──あッ」
「お、おいっしっかりし──」
エントランスホールには既に数十人の死体が転がっていた。
鬼の形相を浮かべ、殺気を放ち歩みを進める月兎。すれ違う者の顔を睨みつけ、遠く離れた位置にいる者も手を振るって、魂を奪い尽くしていく。
二階の廊下へ差し掛かり、出会い頭に女性スタッフを殺害。その光景を見ていた廊下の奥の二人も、顔を彼らへ向けて殺害。廊下に生きている者がいなくなれば、転移で付近の部屋へと侵入。事務作業をしていた職員たちに向けて腕を大きく振るい、根こそぎ魂を徴収する。
歩みと転移を交互に使い、フシテレビ内にいる全ての命を刈っていく。月兎にとって、もう人間社会の生活などどうでもよかった。さんざん玉藻の真似をして混沌を楽しむジョーカーとして振る舞ってきたが、もはやそんな遊びも社長というロールプレイングもどうでもよく、ここで捨てていた。
(ホールで流されていた番組には、鴉と同じスタジオで警察を名乗る者の声が入っていた……。鬼たちが警察を騙っていた可能性も考えられる。だが、力ずくで人間を制圧できる連中がわざわざそんな嘘を吐いて、スタッフたちに逃げるよう言葉で促すとは……)
怒りに支配されていた月兎だが、冷静に考えられる能力を手放していたわけではない。
エントランスホールに設置されていた大画面。月兎がホールへ転移してきたばかりの時、番組が終了する数十秒前に「警察だ」と名乗る声がそのスピーカーから聞こえた。その声の主が何者なのか、月兎にとっては不可解だった。
自分たちの音声を入手する上で、鴉が鬼による協力を得たことは間違いない。だがそこから、鴉がテレビ局へそれらを持ち運び、主調整室から音声を流すために番組に組み込んだのは誰なのか。鴉以外の何者かの干渉があるのは確実である。
鬼以外に考えられるのはむしろ鬼より可能性が高い共犯者。鴉の存在を知る、加山の同胞。月兎はそう推測する。
「人間が相手なら、こっちは彼らの顔を知らない。この際構わない……このテレビ局の人間全員、魂をもらうとしようじゃないか……!」
月兎による徴収はより苛烈になる。
番組収録をしているスタジオに転移し、裏方、出演者全員の魂を腕の一振りで奪取。楽屋にいる芸能人たちも一人と残さず殺害。テレビ局の上階にいる小太りの役員たちも全員、鴉による番組ジャックの対処を考えようと会議室に集まったところへ月兎も参加。顔を一瞥するだけで物言わぬ肉塊へと変えた。
ものの10分で、月兎はテレビ局内の関係者700人以上を殺害した。本日出勤している者の九割弱を殺害したところで、彼はいよいよ鴉の待つT1スタジオへと向かった。
───────────
「……来たか」
ニュース番組のセットの中央に堂々と立っていた鴉。
精神を落ち着かせひたすらその時を待っていた彼の目の前に、月兎が転移する際に必ず見せるあの黒い靄が現れる。
靄が晴れると同時に、紺色のスーツを決めた美男子、鴉の憎き怨敵である月兎がついに姿を見せた。
「鴉……!!」
月兎は怒りに満ちた顔を鴉に向ける。
しかし、鴉には何も起こらない。
(……玉藻から聞いた通りだ──)
『どうやら鴉には、魂への直接的な干渉は通じないらしい。結界とかそういうので守られているというよりは、何故か触れられない。おそらくは、黄泉の神の使者として、神から与えられた"加護"によるものだろう』
(僕の能力も、黄泉の神の加護によって通じないということか……)
以前に玉藻が話していた。
鴉で遊ぶ彼は東饗にやって来た彼らのうちの数人を捕まえて、様々な実験や調査を行っていた。
そんな折、玉藻は月兎にその成果を教えてくれたことがある。玉藻が扱う魂への干渉、主に他の妖怪を手駒とするために使われる"洗脳"が鴉には通じなかった。魂に直接触れることができないという特異な現象に見舞われた彼は、これを黄泉の神による'加護"で守られているからと結論づけていた。
月兎はその話を聞いた時には、まさか自分の能力も通用しないことはあるまいとたかを括っていたが──実際には、その無敵と思われた能力は鴉に通じなかった。
「鴉……ここまで派手にやられたのは、初めてだよ……。君のことを一目置いているとこの前話したが、やっぱり特別視するに値する『鴉』だ」
「……」
「君の目的はわかってる……。加山優香の敵討ちだろう? ハッ……君たちは二人揃って……なんて愚かな連中なんだい」
月兎は怒りをこらえながら平静を保ち、余裕を見せびらかすように鴉を挑発し始める。
その声はやや震えており、今すぐにでも目の前の男をぶち殺したい、その欲求を無理やり押さえつけている証左となっていた。
「君たちが相手にしようとしているのは、人間社会の土台。『四大財閥』だぞ。万が一にもあり得ないが、僕たちが消えるようなことがあれば今の社会は確実に崩壊する。僕らの手で富と幸福を享受してきた人間たちは、確実に苦しんで死んでいく! 君たちがやろうとしていることは、多くの人間を地獄へ堕とす"悪事"に他ならない」
月兎は力強く主張する。
一昨日の夜、加山にも言った言葉を鴉にも。
「加山優香は本当に愚かだった。彼女は最期に、自分個人の感情を優先して自ら死を選んだんだ! 僕が殺したわけじゃない。自分が僕の能力を利用して死ねば、鴉が復讐のために必ず動くと言ってね!」
「そうか」
「いいか!? お前たちは我々妖が悪だという独善的な価値観によって、厚顔無恥にも社会を引っかき回すテロリストなんだ! お前たちの無駄な戦いによってどれだけの人間が幸せになれるんだ!? お前たちより、我々の方がよっぽど社会にとって有益なんだ! そのために死する役立たずどもがッ、僕たちの邪魔をどうしてできるんだぁっ!?」
凄まじい剣幕でまくし立てる月兎。
加山にも言ったように、彼は本気で彼ら二人をテロリストだと思っている。
文明人に富を与え、幸せも授けた自分がなぜ悪、倒されるべき敵でなければならないのか。月兎は心の底から納得することができなかったのだ。
その及ばない理解力が、月兎を月兎たらしめていた。
人間の感情から生まれた彼が、人間を見下し支配する。それを望み、楽しんだ所以こそがそれだった。
「……お前は、俺がお前を悪だと思って戦いを挑んでると思ってるのか?」
「……!? 何だと」
月兎とは対照的に、鴉は静かに言う。
「加山は俺にとって大切な存在だった。だから、あいつを殺したお前は憎い。お前を殺したい理由はそれだけ、単純だ。俺の鴉としての使命さえ、今は関係ない。ただ、お前が気に食わないから」
「…………!!」
「俺はただ、うさ晴らしのために貴様を殺すのだ」
冷徹に。力強く。鴉の宣言は月兎を突き刺す。
鴉が戦う理由はいつだって単純だった。そして、大義など無い薄いものだった。
人間が死ぬ場面を見るのに、心が痛まないわけではない。しかしそれ以上に鴉は鴉、黄泉の神の使い。人間を捨て置いてでも、使命を優先しなくてはならない。何の罰が無いとしても、それは呪いのように鴉を突き動かす。
そして今も。鴉は口では加山の復讐だと嘯いて、茨木童子たちの協力を受けた。だが実際には、自分の心の蟠りを解消するための儀式に過ぎなかった。
それを復讐と言うのなら、彼は高潔な存在なのだろう。少なくとも、鴉自身はそう思っていないが。
「たかが妖怪が……自分が人間を幸せにしているだの、善の存在だのと。くだらん妄言も大概にしろ。お前は妖怪、それ以上でも以下でもない。穢らわしい、神のなりそこないだろうが」
「黙れェッ!!」
「黄泉の壁が破られてから、現世の夜には穢れが溜まった……。お前もそのうちの一つ。見るにたえない汚物は──」
「俺が殺す。それが俺の使命だ」
「鴉ゥゥ……!!」
鞘から刀を引き抜き、月兎へその鋒を向ける。
自分の言葉を全て否定された。屈辱は留まるところを知らず、月兎の怒りを増幅させていく。
鴉が獲物を構えたところで、月兎もいよいよ臨戦態勢に。靄の中から黄金に輝く柳葉刀を引き抜き、自分がされたように鴉へその刃先を向けた。
「だったらその使命ごと斬り捨ててくれるッ。お前を殺すのは瑞子でも玉藻でもない、この月兎だァ!!」
吠える月兎。
鴉は静かに腰を落とし、来たる衝突に備える。
魂灰がスタジオ内の陰圧の空調により、閉鎖空間の中を飛び交い始めている。この現象は鴉の仕掛け。既に戦場は鴉の支配を受けていた。
そんなことに気づきもしない月兎は、獲物を掲げて鴉に飛びかかる。鴉もまた、霞崩しの構えから鋭い刺突を繰り出し迎撃する。
いざ、開戦──
四大財閥・幻明芸能事務所社長"麗しき月桂"
月兎




