66.死が来る
『茨木童子さん、でしたっけぇ』
『うん……?』
財閥と災いの初めての顔合わせの日。解散と同時に、饕餮は茨木童子に声をかけた。
早く拠点に帰りたかった茨木童子はそれを主張するためにわざと面倒そうに振り返ったが、饕餮は気にも留めずある物を彼に手渡す。
コルクで蓋をされた三本の試験管。その中には黒い煙が渦巻いていた。
『差し上げますぅ、これ』
『……何だそれは』
『おや? 見覚えがありませんか? 先程一緒に目にしたではありませんか。玉藻さんが大切に育てられている、『あすこここ』の破片です』
『なに……!?』
『きっと役に立つでしょう……。私にはわかります。ウフフフ……』
(なるほど。まさか、こういう形で使われるとは。あなたに渡した選択は間違っていなかったようですねぇ〜〜。瑞子さんとどちらでも良かったのですが、器用だったのはやはり茨木童子の方だった……)
饕餮は心の中でほくそ笑む。
茨木童子に『あすこここ』を横流ししたのは彼であり、その目的は瑞子にも語っていたように玉藻への反逆。その楔であった。
彼は玉藻の側近的立場にいたために、玉藻本人の口から『あすこここ』の能力についても聞いていた。そして隙を突いて、例の破片を秘密裏に手に入れていたのである。
玉藻がいくら頭を捻ろうとも、すぐに答えを出せるわけもない。何故ならこの告発者は、時空を渡ってこの音声を手に入れたのだから。
「「……鴉!?」」
再び画面が切り替わる。
真っ白な背景に文字列だけだったモニターは、ニュースキャスターとその隣に佇む鴉を映し出した。
それを目にした檮杌と窮奇が声を上げる。
「鴉ぅぅッ! そんなとこにいやがったのかあッ」
「……そこで待ってろ、第二ラウンドだ……!」
一昨日の晩、念願の鴉に出会えたもののすぐに撒かれてしまい戦うことができなかった檮杌。彼はテレビに齧りつくかのような勢いで画面に迫る。
窮奇もまた、以前の戦いで受けた屈辱を思い出し、言葉に怒りを滲ませた。
そうして社長室を飛び出そうとする二人を、上から渾沌が押さえつけて制止した。彼の巨体の下で窮奇と檮杌はジタバタと暴れるが渾沌はビクともしない。
「鴉か……。無関係ではないと思っていたが…………!?」
玉藻はそう言いかけ、口をつぐむ。
なんと画面の中の鴉は、黒いペンを使ってキャスターの手元に置かれた紙に何かを書き始める。
特に高くもない霊力の持ち主であるキャスターや、その他裏方の人間たちからはその光景は勝手にペンが動き出し、文字を書いてるという異様な光景。慌てる彼らはカメラに向かって必死にその特異な状況を伝えようとしていた。
そして書き終えた鴉は、紙を持ち上げて書いたものをカメラに見せつける。
──決着をつけよう月兎。かかって来い
紙に書かれていたのは宣戦布告。
しかも、ピンポイントに月兎を指名した。
これに対し『四大財閥』のトップたちは──
「なるほど。復讐ということか。あの女、加山優香の仇討ちのために、月兎を誘き寄せようとした結果がこれか」
玉藻は納得する。
「月兎……。そういや玉藻が言ってたな。あいつが鴉に力を貸す人間を殺したってよ」
瑞子も同様に、出来事の因果を理解する。
「鴉…………!!」
月兎だけは、爆発寸前の怒りを抱いていた。
自分の領域であるメディアを使い、自分たち妖怪の本質を社会に暴露した。それは月兎の顔に泥を塗る、その表現だけでは済まない最上級の侮辱。
加山の復讐だということは彼も察していたが、月兎もまた目当ての加山が肉体的には死亡したという悲劇に見舞われ、まるで被害者かのような心持ちであった。
それは逆鱗でもあり、鴉はそれを堂々と、力強く刺激してきた。
「現在進行形で仲間がいないはずの鴉が、たった一人でここまでできるワケがねェ! 関わっているとしたら、確実にやつらだ……!」
「瑞子は以前に鴉からの攻撃を受けたというのは聞いている……。瑞子の性格を考えても、鴉を支援することはないだろう。かと言って、ここまでのことは『四大財閥』に直接関係する者でなくてはできない。ならば──」
「間違いない……! 瑞子が言っていた通りなら、このシナリオを描いたのは!」
「「「『赫津鬼会』か!!」」」
瑞子、玉藻、月兎。三者皆、同じ答えに行き着く。
鴉に挑戦状を叩きつけられた月兎はすぐに除外され、鴉と一度戦っている瑞子も彼と手を組むとは思えないと考えられ、鴉を目にかけているとしても都合が良いような動きはしない玉藻も疑われることはない。
そうなれば残るは、茨木童子率いる『赫津鬼会』しかないと。現に瑞子と月兎は、鴉と鬼たちが手を組んでいたことは知っていた。
そして当の茨木童子はというと。
「面白くなってきたな……倅殿」
応接室のソファに腰掛け、呑気に鬼童丸と共に鴉の作戦に魅入っていた。
『四大財閥』の均衡を崩し、いよいよ戦争を仕掛けようという茨木童子にとって、もはや自分たちの正体がバレようとどうでもよかった。
つまり彼からすれば、月兎を殺すためのこの作戦は見応えのあるショーでしかない。
鬼童丸にコーヒーを持ってくるように指示し、茨木童子はテレビを眺め続けるのだった。
───────────
「こ、これでいいんですか!?」
フシテレビ内の主調整室にて、怯えた様子でスタッフが声を上げる。裏返った声の向けられた先は、スタッフのすぐ真後ろにてその後頭部に拳銃を当てている長濱であった。
「これで俺が渡したデータ全てを放送できたんだな!?」
「しッ、しましたぁ! ちゃんと流しましたからぁ!!」
銃はおもちゃでは決してない。
警察として厳重に保管するべき実銃であり、長濱だけでなく他の四人の部下たちもそれをスタッフたちに向けて脅していた。警察としてあるまじき否、犯罪者としか言えない行動である。
本来なら正義感の塊である彼らがこんな行動を取るはずもない。しかし実際には、長濱たちはスタッフを脅迫して放送内容を無理やり変更させていたのだ。
『警察だぁ!! 言うことを聞けェッ!!』
警察と名乗りながらも、乗客を人質にするハイジャック、バスジャック犯さながらの振る舞いで主調整室へ突入した長濱。当然その直後に部屋の中では混乱が起こり、スタッフたちは長濱とその部下に仕事の邪魔をするなと抗議する。
ただ仕事をしていただけのスタッフを長濱は、天井に向けて実弾を発砲することで黙らせた。
正義感と罪悪感が混ざり合い、もはやバグを起こすほど暴走状態になってしまったために良心の呵責は無かった。
正義のために悪となるか。悪とならないために正義を抱くか。それを論じることは、五人の警察官にはもうできない。鴉の作戦に乗った、その時から。
「長濱さん、ここはもう大丈夫です」
「俺たちもT1スタジオへ!」
「ああっ! 鴉の元へ急ぐぞ! 行け行け行けぇ!」
ドアが外れるほどの勢いで開け放ち、長濱たちは銃を構えたまま鴉の待つT1スタジオへと急ぐ。
最後に主調整室を出ようとする貴島は、一瞬立ち止まって呆然とするスタッフたちへ言い放った。
怖かっただろうが、通報しても無駄だ。むしろ警察は増える、と。
邪魔をされるわけにはいかない。人間の彼らも、"戦い"の中に身を投じていた。もう誰も引き返せない。その覚悟は確かに決まっていた。
「〜〜〜〜ッ!!」
呑気に穏やかにテレビを楽しむ鬼、戦いに備えて奔走する警察たちとは裏腹に、唇を噛み、額に青筋が立つほどの怒りに燃え立ち尽くす月兎。
フシテレビの報道は既にほとんどの国民に知れ渡り、その視聴率は今の時点で91.3%に。しかしこれは本気で信じている者が多いということではなく、この理解できない状況が立て続けに起こっている、その異様さが数値として現れているだけ。情報統制と欲望を肯定される社会が育てた、野次馬の精神の表出である。
(クソっ……クソぉッ! 鬼どもめ、何を考えてる!? 鴉もだ! くっ……こんな……ここまで築き上げたものが、こんな一瞬で……!? 鴉はテレビ局にいるのか……放送させたという作業まで、やつ一人でできたとは思えない……。つまり、テレビ局にも鴉の関係者がいる!?)
「しゃ、社長……これは──うッ」
沼田の後釜となった新たな秘書が、いつの間にか社長室に入ってきており月兎の背後で声を漏らす。
怒りと混乱で極限まで精神が不安定になっていた月兎は、睨みつけるように勢いよく彼女の方へ振り返る。
顔と顔が合い、魂の強制徴収が発動。新たな秘書はその場で崩れ落ちてしまう。
「上等だッ……! これ以上僕に舐めた真似を働くというなら──!」
月兎の姿が靄の中へ消える。
社長室に一つの死体を残して彼が向かった先は──
「皆殺しだッ。この僕に刃向かうことがどういうことか、直接教えてくれるッ! あるべき場所に魂は還らない。この僕の手の中で、永遠に飼われるがいい!」
フシテレビのエントランスホール。
黒い靄から滲み出てくるようにそのど真ん中に転移してきた月兎は、顔に仮面を着けていない。
つまり今の彼は見る者全ての命を奪う、歩く"死"そのものである。
死の貴公子、堂々参戦──




