65.共犯者
時は午前5時40分。
茨木童子から提示された、月兎を倒す期日その当日の朝。かつて加山と鴉が潜入作戦のために突入した『フシテレビ』地下駐車場の入り口前にて、五人分の人影があった。
そのうちの一人は長濱であり、残る四人は加山の後輩である貴島などの長濱の部下たちである。
「……今からでも帰っていいんだぞ。たしかに俺が誘ったが……これから、俺たちはほぼほぼ死ぬ作戦にあたるんだからな」
長濱は部下たちにそう話す。
彼らがここにいる理由は、昨日長濱のデスクに置かれていた鴉からの手紙、そこに書かれていた"依頼"によるものだった。
封筒の中には手紙以外にもSDカードとレコーダーが一つずつ入れられており、手紙の文章の後半ではこれを持ってこのテレビ局であることをしてほしいという要求が綴られていた。
それを遂行するために、鴉からはできれば仲間がいる方がいいだろうとも手紙の中で言われており。長濱はかつて祢々による惨劇に居合わせた自身の部下、その中でも信頼できる者に事情を話し、可能であれば共に来てほしいと持ちかけていたのだ。
「何言ってるんですか長濱さん……俺たち加山さんの仇を取るためにここに来たんですよ」
「それだけじゃないっす。相手が人を殺しまくってる化け物で、しかもいつの間にか社会に紛れ込んでたやつらときた。そいつらの鼻っ柱へし折れる機会ってことは、俺たちもヒーローの仲間入りってことじゃないすか」
「警察に入ったのは、無辜の市民を守るため。正義のために死ねるなら、本望です」
部下たちは口々に長濱へ反論する。
彼らは皆、守るべきものを背負ってここに集まった。一般人を守る、盾の一つとなるため。憧れたヒーロー像になるため。変人と思っていたとはいえ、世話になった先輩の無念を晴らすため。
長濱はあくまでも少しでも生きたいと思っているなら無理するべきではないと考え、彼らに引き返すよう促していた。それ以外にも、怖気ていて逃げ出したいと思っていてもそれは恥でも何でもないというフォローとしても。
だがそんな気遣いは不要だった。
「……悪いな。ありがとな、お前ら」
長濱は部下たちに聞こえるかどうかわからない、それほどの声量で呟く。
五十を目前とした長濱が最年長であり、残る四名も半数がまだ二十代。若者を死に導くかもしれないという、年長者としてはあり得ない選択をしてしまった。その罪悪感が、彼の心の中にしこりとして存在していた。
加山に振り回されたり、彼女の妖怪絡みの言葉を否定したりといった数々の思い出が長濱の脳裏に蘇ってくる。当時こそ彼女のことを鬱陶しく思っていたが、今にして思い返せば、どれだけ邪険にしてもどこにでもついて来る可愛い部下であった。
そんな部下の仇は、人ならざる妖怪。そして、そんな存在を討伐する機会に協力できるチャンスを得た。長濱だけ──人間だけでは、決して掴み得なかったチャンスである。
長濱はただ、鴉に対する感謝を抱き続けていた。
「……!」
突如、長濱の右肩に衝撃が走る。
何者かにドンっと手で叩かれた感触。
しかし周りを見回しても誰もいない。部下たちも動いていない。だが、それこそが"合図"だった。
「行くぞ、お前ら。作戦開始だ」
「「「「はい!!」」」」
地下駐車場に四人の力強い返事が響く。
五人とすれ違うようにフシテレビ内へと歩いていくのは、姿なき黄泉の使者。怒りと殺意を迸らせる、鴉だった。
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「おはようございます。午前6時、『おめざめテレビ』の時間です。今日は金曜日。いよいよ明日は週末ということで……皆さん、もう一踏ん張りです。今日を乗り越えて楽しい休日を過ごしましょう!」
フシテレビ三階、T1スタジオ。ここでは主にニュース番組が収録、放送される。
この『おめざめテレビ』は生放送のニュース番組であり、リアルタイムで同様に放送する他番組と比べても飛び抜けて視聴率が高い。朝の支度で忙しい人々にとって有用な番組構成が人気だった。
「……いよいよだな」
そしてこの収録スタジオに、鴉はいた。
緊張と昂りによって目つきが自然と鋭くなり、まるでニュースキャスターを睨みつけているかのように、セットの真横のカメラの死角に突っ立っていた。
別行動を取っている長濱たちが引き起こす予定の"トラブル"。それを待ち侘びて。
「か、加藤さん!」
「何だ、吉崎。今本番中だぞ」
スタジオに小走りで入ってきた一人の男、吉崎は腕を組んで放送されている様子を見ていたディレクター、加藤に静かに呼びかける。
加藤は吉崎を注意するが、その後に彼から耳打ちされてから驚いた表情を浮かべ、周りに次々と指示を飛ばし始める。
番組の裏方たちは慌ただしく動き出し、ある者は納得のいかないような苦い顔をしながらカメラを動かしたり、身を屈めながらキャスターに資料を渡しに行く者の姿もあった。
「……? え、えーー……予定にはありませんでしたが、急遽入った情報です。『四大財閥』の関係者を名乗る、匿名の情報提供がありました。どうやら、不祥事にまつわるもののようです。これから、画面が切り替わります」
ニュースキャスターは混乱した様子を見せながらも、平静を保とうと努めて画面の向こうの視聴者へ説明を行っていた。
その光景を横から見ながら、鴉は組んでいた腕を解き、セットの方へと歩き出すのだった。
───────────
「ねぇーー、『四大財閥』の不祥事だってぇ。どこだろうねぇ? 珍しいーー」
「どうせまたデマだろ。一時期同じようなタレコミが山ほどされてたけど、全部でっち上げだってことで片付いてたし、告発者も裁判で全員負けてたしさーー」
「証拠もきちんと説明するし、やっぱ日本トップの企業は違うよねぇ」
『おめざめテレビ』を見ていた視聴者の反応は冷ややかなものだった。
財閥が完全には日本を牛耳ってると言えないほどの時は、このようなデマをふっかけて失脚させようとする者たちが多かった。そうでなくとも、裁判で有力な弁護士を連れて金をせびるという不届きものもチラホラ存在していた。
しかしその全員が、社会的、経済的に叩き潰されることになった。四つの財閥の真摯な対応と説明が世間を味方につけ、追い風となって日本のトップへと押し上げた。そうした側面もあったのだ。
そのため報道を見ていた多くの人間は、「また痛い目に遭いたい馬鹿か」と告発者を笑っていた。
キャスターが言っていたように、画面が切り替わるまでは。
「え、何これ……」
キャスターとセットを映していたテレビは、突如真っ白な画面を表示する。
この切り替わりに驚いていた視聴者の理解を待ちはせず、画面は「財閥の正体は妖怪である」という文章を映し出す。
「よ、妖怪……?」
「何だよこれ……いやほんとに何だよ」
「妖怪だってぇ? ははっ、いきなりだなそりゃ」
画面に表示されたその言葉を見た視聴者たちは、驚きの感情よりも戸惑いに襲われる者がほとんどだった。
2040年の発展した文明の中。妖怪という言葉を耳にするのはアニメやゲーム以外ではまずない。ましてや本気で妖怪の存在を信じる人間など、全国民に聞いて回っても出てくることはない。
日本の頂点に立つ者が人外であると、いきなり面白くもない突飛な冗談を突きつけられてはリアクションに困る。それが、今の日本に生きる人間の普通の考えであった。
だがそれは、あくまでも人間の話。
「しゃ、社長!」
『一目連龍水道』本社ビル。その社長室に、大蝦蟇が慌てて飛び込んでくる。
「何だガマ! 朝っぱらからうるせェぞ!」
出勤早々うるさい部下の相手をしなくてはならないのかと、怒鳴りながら頭を抱える瑞子。出勤すると同時に2L天然水を一気飲みするという日課を控えていたところであったため、余計苛立ちを見せる。
しかしそんな彼の言葉など耳に届いていないかのように、大蝦蟇は言葉を続けた。
「テレビを! フシテレビを点けてくださいっ」
「ああ? フシだと?」
普段なら「すみません!」とすぐに引き下がる大蝦蟇だが、今回は違った。
彼の様子を見てただならぬ事態を薄ら予感した瑞子は、催促に従って社長室の壁に掛けられているテレビ画面の電源を点ける。
チボタンを押し、本来なら朝のニュース番組を放送しているフシテレビのチャンネルへ切り替えた。
映し出された画面に、瑞子は思わず目を見開く。
「な……何だこりゃあ……!?」
「わ、我々の正体がバレています!」
財閥の正体は妖怪。今の社会はその巣窟。
そんな文言を目にした本物の妖怪たちは、人間とは打って変わって焦りと驚きを見せていた。
『一目連龍』だけではない。玉藻の『NTC』、月兎の『幻明芸能事務所』でも、同様の混乱を招いていた。尤も、月兎の会社だけは部下はただの人間だけで構成されているため、なぜ「バレた」と驚いていたのは社長だけであったのだが。
「……どういうことだ……!? 一体誰が!?」
月兎は社長室でただ一人、テレビを目にしながらそう発する。
テレビ局は自身の領域。陰摩羅鬼と鴉の戦いが起こってから、しばらく部下の妖怪たちは退かせていたが、それでも直接の支配地で予期せぬことが起こっては──しかもそれが自分たちの正体に関わることなのだから、普段飄々としている彼であっても思わず焦りを見せてしまう。
だが、妖怪たちに突きつけられるのは画面上の文字列だけではない。今度は、音声が。
『四大財閥の目的は、日本……いや、世界の掌握だ』
「「!?」」
テレビから流れたのは、やや荒い音質の茨木童子の声。覚が密かに録音していた、加山たちに向けた言葉の一部である。
それを耳にした瑞子と月兎に更に衝撃が走る。
『正確に言えば玉藻の目的といったところかな。──どうして妖がわざわざ人間の社会を支配せねばならない? 力で踏み潰せるものをわざわざ──。『四大財閥』は実際には四つとも玉藻によって生み出されたものだ──』
「待て待て待て……!」
「茨木童子の声……!? どういうことだ……何が起こっているんだ!?」
『鬼童丸ゥ、てめェらやっぱり組んでやがったんだな。舐めやがって……! 鴉と妖が組むなんざ、何考えてやがんだァ!』
「ッ!? 俺の──!?」
茨木童子が『四大財閥』の秘密を話す音声に理解が及ぶよりも先に、今度は瑞子の声が流される。
音声は鴉と『赫津鬼会』による『一目連龍』襲撃作戦の時のものである。鴉を戦闘不能にした後、天井を突き破って現れた鬼童丸に対する、瑞子の怒り。それが爆発していた場面の言葉だ。
テレビのスピーカーから流れる自身の声を聞いた瑞子は、さらなる混乱に陥れられた。あの状況で録音ができるわけがない。仮に鬼童丸か鴉のどちらかが録音機を持っていたとしても、腰まで水に浸かるあの戦場で機械の浸水を防ぐことなどできはしない。ましてや鬼火の炸裂まで起こっていたのだ。
あり得ない。その連続だった。
『彼らは私と同盟を組んだんだ! 見事私が君たちに勝利し、世界を掌握したら。彼らを私の支配する世界の王として君臨してもらう──』
「おやあ、今度は玉藻さんの声ですねぇ」
『NTC』本社、その三十七階にある広々とした社長室で、玉藻はデスクから、『四凶』たちはその前に置かれたソファに座ったままテレビに釘付けになっていた。
たった今流された音声は玉藻のものであり、初めて『四凶』が『四大財閥』と顔を合わせた時に口にしていた言葉である。
眉間に浅く皺を寄せながら画面に目をやる玉藻に対し、饕餮は神経を逆撫でするように投げかけた。
大陸からやってきたならず者たちからすれば、今の状況はハプニングというよりも面白いコメディのようなもの。危機感も何も無かった。
「…………」
(どういうことだ……。あの場で何者かが録音を行っていた、ということだろうが……。犯人はおろか、目的すらも読めん。『四凶』はそもそも器用に文明の産物を扱えた頃ではない。『四大財閥』だとしても……こんなことをして何の得が……)
玉藻はひたすらに考えを巡らせていた。しかし納得のいく答えも仮定も思いつかない。
ただただ腕を組んで、自分たちが妖怪であり、社会を奪い合う"悪者"としての証拠を垂れ流されるのを黙って見届けるしかなかった。
「ウフフフ……」
そんな玉藻を横目に、饕餮はニタリと口角を吊り上げて笑っていた。
彼だけが、全てを知っていたから。




