63.鬼らしさ
「いよいよ本題に入るぞ。これから本腰を入れて、『四大財閥』を潰す」
茨木童子はオフィスチェアに腰掛けたまま、鴉と鬼童丸に宣言する。
「今の俺たちにとっての最大の脅威、それは依然として玉藻だ。そして玉藻の興味も変わらず鴉、お前に向いている」
「……」
玉藻が鴉に興味を持つ理由。鴉自身はそれを直接耳にしたわけではないが、月兎の言葉から何となく察することができていた。
鴉はこれまで、玉藻や月兎からの強力な刺客を何度か退けてきた。玉藻の部下で最強とされた祢々や、『四凶』の窮奇。フシテレビに配置された木端の妖怪たちから、百人分以上の死体の力を吸収してきた陰摩羅鬼にかけてまで。
「玉藻を楽しませられるのは鴉だけ」という言葉からして、玉藻は鴉を戦闘能力の面で高く評価している。
最終的な目標として、玉藻は自身との直接的な対決を望んでいるのではないか。鴉はそう考えていた。
「玉藻は俺たちには何も言ってこない。奴はまだ、俺たちと鴉の関係については知らないのだろう。いざとなればお前を盾にして、玉藻の手を止められるものだと考えている」
「そんな上手くいくものなのか? お前たち鬼だけ殺される可能性だってあるだろ」
「否定はできないな。だが玉藻は、この世界で今一番強いと言っても過言ではない。そして同時に、この世で最も慢心している。奴は俺たちと鴉が繋がっていると知れば、必ず、俺たちをまとめて標的とする」
茨木童子の主張には確証は無い。
だが彼には確信はある。
鴉がいれば真っ先に一網打尽にされることはないだろうという希望的観測だが、茨木童子はこれを前提に動くことを変えるつもりはなかった。
「強さ、行動。それらの点から、玉藻とぶつかるのは間違いなく最後になる。そして次に俺たちにとってとにかく邪魔な存在についてだ」
「邪魔な存在?」
「瑞子鳴河、そして『四凶』だ」
「……四凶」
「鴉。お前は以前、窮奇と交戦したな。どうだった」
「瑞子に比べれば大したことはなかったが……遠距離攻撃に対応した手段が無きゃ、やつを仕留めるのは難しい。それに今度戦うとなれば、確実に対策もしてくるだろう」
鴉は窮奇との戦闘を回想する。
風と斬撃を操る大妖怪、窮奇。その暴れようといえば、ビル群を両断し、周囲一帯を暴風と無数の斬撃で吹き飛ばす破壊の化身だった。
覚の狙撃による支援、加えて窮奇自身が自分と比肩する実力者との戦いに不慣れだったおかげで、当時の戦いでは鴉たちの勝利に終わった。
しかしその際、鴉は窮奇の弱点を堂々と突きつけ、挑発してしまった。激怒した窮奇は再び立ち上がり第二ラウンドを始めようとしたが、乱入した渾沌によって連れ去られ、勝負はお預けに。
つまり窮奇はこの時の戦いをバネに、強化あるいは鴉への対策をして再戦を挑んでくる可能性があるのである。
「奴らの一番厄介なところは、ただでさえ面倒なほど強いというのに四体もいるところだ。俺もいよいよ直々に動くつもりではあるが、それでも手が足りない。誰かが二体を一度に相手をする必要があるかもな」
「茨木童子、お前も『四大財閥』のトップの一角だろう? 『四凶』ぐらい蹴散らせないのか」
「窮奇を除いて能力が全く未知な以上、断言ができん。中でも檮杌は、一撃で倅殿の膝をつかせていたしな……。全く面倒な連中を引き寄せたものだ、玉藻……」
左手で頬杖をつき、恨めしそうに呟く茨木童子。
鴉を含む『赫津鬼会』の勢力で、四凶レベルの敵とまともに戦えるのは彼と鬼童丸、茨木童子だけである。つまり三対四の数的不利に見舞われることになる。
鴉がまた口を開く。
「一体を瑞子にぶつけるのはどうだ?」
「ああ、俺もそう考えている。問題はぶつけ方だ。単純そうな檮杌は楽に瑞子に食いつかせられそうだが、瑞子がどう動くかがわからん。奴の力があれば、俺たち全員を一度に相手することもできるだろう。乱戦だけは避けたい」
「じゃあ、どうすればいいんだ……」
「だから瑞子も邪魔なんだ。先にこいつを消すことはできるだろうが、その後にも四凶と玉藻の問題が残ってる」
茨木童子のため息が止まらない。
それとは対照的に、鬼童丸は何も考えていないのか全く表情を動かさず、立ったままただただ茨木童子の顔を見ているばかり。
だがここで、鴉はあることに気がつく。
茨木童子の話題に全く出てこない名前があった。それは自身と今、最も因縁のある男。
「……そういえばだが、茨木童子。月兎はどうするんだ?」
「月兎?」
茨木童子は外していた視線を鴉に戻し、訊き返す。
「加山はあいつに拐われて死んだ。その時、俺と覚は一瞬であいつにやられた……。あいつも強い。お前だって無視できない存在のはずだ」
鴉は実際、左腕を斬り落とされ胴体にも斜め一文字に傷を刻まれて、一時は反撃さえ難しい状態にされてしまった。
覚も不意打ちによって胸を貫かれてしまい、それが致命傷となった。
転移、霧状化。鴉が観測できた能力はこれらだけだが、それでも月兎は一瞬で鴉たちを追い詰めたのは事実である。
鴉の言葉を耳にした茨木童子と鬼童丸は、揃って顔を見合わせる。そしてすぐに、また鴉を見やり──
「あいつは……特に何も考えてなかったが」
「……なに?」
予想外の答えに、鴉は間抜けな声を出す。
「や、やつは強かった。俺だって一瞬で傷を受けるほどだったんだぞ!」
「自惚れるな。お前が弱かっただけだ。確かに奴の"能力"は厄介だ……だが、厄介なのはそこだけだ。大した奴じゃない」
「な、何だと……!?」
茨木童子曰く「月兎は大したことはない」。
鴉はその言葉を信じられなかった。自分と覚を即座に戦闘不能にできる戦闘能力、部下の妖怪たちの数、そして加山と覚を死に追いやった事実。
どれをとっても、鴉からすれば月兎は決して無視できない存在であった。
落ち着かない様子が再び現れてきた鴉に対して、茨木童子は毅然とした態度で言った。
「部下たちを蹂躙される可能性は確かにある。だが……本来なら、月兎は俺と倅殿はおろかお前の敵ですらないと思ってるがな」
「……!」
「お前の気持ちはわかるつもりだ。復讐したいんだろう? 月兎の奴に」
目を真っ直ぐ向けられそう言われた鴉は、動きを止めて固まってしまう。
まさに図星という反応を見せる。
自分にとっていつの間にか仲間と認めていた二人を無惨に殺された。
その原因になった月兎は、自分の手で絶対に殺してやりたいと実際に考えていたのだ。
四凶や瑞子の話をしている間もずっと、「どうでもいい」と思い続けていた。それほどまでに、鴉は月兎のことをひたすらに恨んでいたのだ。
「…………ああ」
しばらくして、鴉は観念して絞り出すように肯定した。
自分の本心を吐露するのにはエネルギーを要する。鴉の声は弱々しく、視線も落ちていた。
一度も死んだことのない妖怪は標的ではない。神より賜った使命を後回しにしてまで、自分の気に入った者たちの敵討ちを望む。鴉としては失格である。
だが、それでも──
「二日だけ猶予をやる」
「!」
「明後日までだ。二日以内で、月兎を殺してこい」
茨木童子は再び煙草を取り出し、鬼童丸にライターを要求。煙を吐きながら、なんと鴉の背中を押した。
「……いいのか」
「事を起こすには、楔が必要だ。月兎の死がそれになるなら俺からは文句は無い。それに、復讐というのは大きな力を生む。お前の中にある怒りだとか、悲しみだとか……まあ認めずとも結構だが、それが俺たちにとって意味のあるトリガーになればいい。投資ってやつだな」
「茨木童子……」
「条件はさっきも言ったように二日以内でやること。そして俺たちの関係を一切悟られないようにすること。最後に、必ず殺すことだ」
茨木童子はかすかに口角を上げていた。
静かに復讐に燃える鴉に、どこか見覚え、懐かしさを感じていた。
同胞たちを皆殺しにし、屍の山を築き上げた。復讐と言うにはその対象は的外れであり、鴉よりも怒りに燃えていた、数百年前の自分。
感情に任せた行動を肯定するのは、かつての自分もそうだったからである。それこそが、最も"鬼"らしいと信じていた。




