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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
63/69

62.赫津鬼会

「……茨木童子」


「うん?」


「さっき、俺の事情はもう知ってると言ってたな」


「ああ。言ったな」


「どうして知ってる? 二、三時間前のことだが、まさか月兎(げっと)から聞いたのか?」


 車の後部座席に座る鴉と茨木童子。

 加山と覚が月兎たちに殺されたという情報をどうして茨木童子が既に握っているのか。鴉は彼にそんな疑問をぶつける。

 茨木童子は左手で頬杖をつき、窓の外を流れていく街の明かりを眺めながら答える。


「玉藻から聞いた。奴の元に月兎が来たらしくてな。えらく慌てていたようだぞ、月兎は。それと覚も死んだんだろう? そっちは玉藻が殺したらしいが」


「そうか……。玉藻か…………!」


 覚を殺した犯人を知り、鴉は静かに拳に力を入れる。茨木童子はその様子を横目に見ながら続けた。


「玉藻は今、自分に匹敵するほどの強さを持つ妖を生み出そうとしている。それは鴉、お前が狩った妖たちをパーツに、()()ぎされて作られてる」


「何だと……!?」


「おそらく覚も、そのパーツに」


「…………」


 鴉は目を見開いて茨木童子の方を見やる。

 だがすぐに視線を自分の膝、その上に置かれた手に移す。握り拳の中で爪が皮膚に突き刺さり、血が細く流れ出ていた。

 仲間をただ殺されただけでなく、その尊厳すらも踏み(にじ)られた。その事実に鴉は完全に悲しみを失い、怒りだけが体を支配する。ブルブルと体の末端が震えていた。

 その時の感情は定かではないが、かつての自分も戦地で多くの味方を失い、絶望した記憶を持つ。まるでその再現を現代にてされているかのような、そんな感覚に襲われていた。


「そろそろ着くぞ。俺たちの本拠点にな」


 茨木童子は鴉が何を考えているのか、それは理解していた。

 しかしあえてそれに触れることはせず、車がいよいよ『赫津鬼会(あかつきかい)』の本部に到着することを告げる。

 黒い車体は夜の闇に紛れながら閑静な住宅街へと侵入。時刻は21時を回り、路地に人影はなく、ただ家々に柔らかい明かりが付いている。

 それから数分して車は停車した。

 鴉と茨木童子が降りると、そこには──


「これが……赫津鬼会の本部……!?」


 鴉は驚きを隠さなかった。

 茨木童子は彼を無視して、本部へと足を進める。

 鴉が目にした光景とは、城郭のような重厚な門構えのある伝統的和風建築の巨大な屋敷。車が停まった目の前にある正門には巨大な提灯や"鬼"を(かたど)った代紋が掲げられており、一目で極道組織の総本山だとわかる威圧感を放っていた。

 だが、鴉が驚いたのは建物の()()()そのものに対してではない。


「茨木童子!」


「ん?」


「お前たちの組織は表向きには存在しないことになっているんじゃないのか。こんな派手な建物を構えて、どうして存在を隠せる!?」


「……」


 鴉は以前に加山から聞いていた。

 茨木童子は表向きには四大財閥『暁グループ』の代表である。極道組織の長としての顔は、一般人の間ではあくまでも都市伝説や噂程度の信憑性であり、『四大財閥』に関係する妖怪や鴉、そして加山らしかその存在を知らない。

 この広大な敷地に建つ巨大な建物があるというのに、茨木童子が極道だという確証を社会に持たれないのは、明らかに無理がある。鴉はそう考えていた。


「……まあ、来い。話は中でだ」


 茨木童子は鴉の問いに答えず、本部の方へと再び歩き出す。

 鴉も彼に続いて、建物に続く石畳を進んでいくのだった。



───────────



 赫津鬼会本部は内部も広い。最初に足を踏み入れた玄関ホールから、磨き上げられた大理石の床が鴉たちを出迎えた。ホールのど真ん中には二階へ続く階段が二つあり、茨木童子は無造作に右側の階段を上る。

 階段を上がれば廊下へ。そこには黒スーツの男たちが勢揃いしており、通路を挟むように立って通り過ぎていく茨木童子と鴉の両サイドから「お疲れ様です」と頭を下げていく。

 

(いちいちこんな出迎えをされてるのか……?)


 男たちは人間。つまり、彼らには鴉が見えていない。

 男たちの目線では通路を歩いているのは茨木童子ただ一人だというのに、毎度のようにこうした仰々しい出迎えをされるのはかなり暑苦しいのではと鴉は呆れていた。

 しばらく進み、廊下の突き当たりに到着する二人。茨木童子は右手側にあるドアを開き、鴉も中へ招き入れる。その部屋は応接室、あるいは普段茨木童子がいる、会長室。鴉はそんな印象を受けた。

 置かれているものは全て豪華な代物で揃えられ、部屋の真ん中にはソファが対面するように二つ置かれ、その間には低いテーブル。壁側にはデスクと分厚い背もたれのついたチェアがあり、そして何より、その部屋にはあの男もいた。


鬼童丸(きどうまる)……!」


 鴉がそう口にすると、窓の近くで黄昏(たそがれ)ていた白シャツの大男、鬼童丸が振り返る。

 彼とはおよそ二週間ぶりの再会である。瑞子の治める『一目連龍水道』を襲撃した事件以来だ。

 鬼童丸は瑞子との戦闘でも少し傷を負い、その後も覚の読心から逃れるために顔面を自ら爆破するなど負傷が多かった。しかし鬼の再生力によってその時の傷は全て修復しており、二十代後半ほどのまだ瑞々しさが残る肌を見せている。


「積もる話もあるだろうが俺との話が先だろう、鴉。座れ」


 鬼童丸と顔を合わせたままの鴉に、茨木童子は皮肉を混ぜながらそう促す。

 鴉は言われたようにソファに腰掛ける。が、茨木童子は彼の真正面に座るかと思いきや堂々と自身のチェアに腰を埋めた。

 唯一残された左腕で煙草(たばこ)を取り出すと、鬼童丸が静かに歩み寄って代わりにライターで火をつける。


「……フゥーー。それで、何だったか。この本部のことだったな。どうしてあまり人間たちに知られていないのか」


「ああ。こんな堂々と牙城を構えて、よくお前がヤクザだとバレていないなってことからだ」


 まずは一服、と茨木童子は煙を吐き出す。

 真面目に取り合うつもりが無いのかと鴉は一瞬思ってしまうが、その心配は杞憂(きゆう)に終わる。


()()()()()だ」


「……何だと?」


「言った通りだ。お前は、あの一緒にいた人間(加山)のような高い霊力のある人間にしか見えないだろう? 霊体だからな。そしてそれは、お前の武器も同じ……」


「……! まさか……!? お前からもらったスマートフォンも、他の人間たちには見えなかった。()()()()()()なのか? この本部も、霊体だっていうのか!?」


 『赫津鬼会』が衆目に触れず、実在していることを悟られもしない理由。それは、この本部そのものが選ばれた者にしか見えない存在だったからだ。

 鴉にあげたスマートフォンや、この建物も、鴉や彼が扱う武器と同じように霊体だった。

 どのようにしてそれを実現しているのか、鴉にはわからなかった。だが、霊体であることによる隠匿(いんとく)だったとして謎はむしろ増えていた。


「だとしても、外から見たらお前たちは浮いて見えるはずだ。あくまで見えなくなってるのは建物自体のはずだからな。それに、中の黒服たちは人間だろう! 妖力は感じ取れなかった。鬼や他の妖怪でもなかったはずだ」


「親切に、順番に教えてやるとしよう。まず一つ目の疑問、俺たち自体の隠し方だな。この本部は敷地全てを囲むように"結界"も張っている。これは他者の侵入を阻むものではなく、外から見た時の景観を弄るためのもの。外からウチを見れば、普通の人間には建築現場に見えるようにしてある。尤も、何年経っても終わらない作業場って感じだがな……」


「結界だと? お前たちに、そんなことが──」


 鴉は言いかけ、言葉を止めた。

 一つだけ心当たりがあったのだ。覚の言葉である。

 彼は以前まで、この『赫津鬼会』で奴隷として働かされていたと話していた。

 そして覚はそれまで一度も死んだことのない妖怪を選んで捕まえ、働かせていた鬼たちに怒りを抱いていた。多くの同胞たちを使い潰され、殺されてきたから。

 心当たりはこの部分にあった。


「……他の妖怪の力を借りたのか」


「御名答。よくわかったな」


「そういう結界を張れる妖怪を利用した、と。だがこれほどの規模と年月を耐える"幻"の力、お前たちが利用したのは一体だけの妖怪じゃないだろう」


「そうだな。確か、そうだ」


 茨木童子は興味無さそうに答える。


「で、二つ目の疑問だな。うちの部下たちのこと。『赫津鬼会』の構成員は人間と鬼が混在しているというのは以前伝えたな」


 『一目連龍』襲撃作戦の際、鴉はスマホ越しから茨木童子からそのことは確かに聞いていた。

 本社ビルに突入する部隊は、鬼と人間の二種族で構成されていた。鬼童丸を含めて総勢46名の突撃部隊。鬼童丸を除き、皆瑞子に殺されてしまったが。

 それでも構成員はまだまだ残っている。茨木童子と鴉を出迎えた者たちだけで百人は超えているのだ。


「知っているかもしれんが、人間というのは長い間妖の近くにいるとその影響を受ける。妖力を当てられ続けることによって、魂の変質を遂げる。あの人間たちは元々は別の極道組織にいたが、俺たちが力ずくで従えてしばらく近くに置いてたのさ」


「……つまり、あいつらも加山のように高い霊力を手に入れたってことか」


「そうだ。だからさっきも、お前の姿はちゃんとあいつらに見えていた……。その加山と違って、俺の部下たちは後天的に手に入れた霊力だがな。それに最初は手間取ったさ。妖力を当てる加減がわからず、何人丸焦げにしてきたか」


 茨木童子は鬼童丸に笑いかける。

 鬼の妖力は多くの場合、火や高熱にまつわる性質を持つ。加減を間違えれば、当然周囲のものは焼けてしまう。

 加減を覚える前はいたずらに命を奪っていたと自白する茨木童子だが、それでも妖力を当てられ続けるというのはある種の試練(または拷問)である。今いる部下たちはそれをくぐり抜けてきた精鋭と言い換えられる。


「──さて、質問コーナーは終わりだ。そろそろ本題に入るとしよう。ここから本気で、俺たちは『四大財閥』を潰しにいく」


 茨木童子は灰皿に煙草を押し付ける。

 彼の目には()が灯り、静かに妖力を放ち始めていた。

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