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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
50/50

49.『屍気鳥』

 田枯と共にエレベーターに乗り、七階屋上庭園に向かう加山。

 共にテレビ局内に潜入していった相方が自らの身分を隠して敵を始末しようとしている中、鴉は逃走する絡新婦(じょろうぐも)を追って疾走していた。


「くっ、来るなっ、来るなぁっ!」


「親玉のために戦うよりも、逃げて生き延びる方が大事か」


 絡新婦はすれ違う人間を押し退けて走る。

 鴉にぶつけようとしているが、彼は高い霊力の持ち主でもなければ人間はすり抜けることができる。テレビ局内のスタッフは、鴉からして障害物ですらなかったのだ。


「ええい、震々っ! 狂骨(きょうこつ)共! こいつを足止めしろォッ!」


「!」


 絡新婦が叫ぶと壁から複数の震々、そして白装束を着た白骨死体という見た目の亡霊、狂骨が出現。一斉に鴉に襲いかかってくる。


「狂骨は面倒だな……。後で本体を破壊する必要がある」


 狂骨は放置された白骨死体から発生する亡霊。

 死体を見つけてもらえない怨みから発生した、人から妖怪へと変わった存在である。

 つまり発生源となっている死体を人間に見つけさせるか、破壊するしか狂骨を完全に無力化することはできない。狂骨自体を倒しても、いずれ復活するのだ。


 しかし鴉にそんな暇は無い。

 幸い、狂骨は自分の死体にまつわる怨みだけが行動原理でありその他の事象には対した興味を抱かず、その上知能も高くない。

 月兎に潜入調査のことを連絡されることはまずない以上、目の前の蜘蛛女を優先しなくてはならない。

 鴉はナイフをコート内から取り出し、魂灰(こんはい)を刃にサッと振りかけると、襲いくる幽体妖怪たちを迎撃した。


「ふっ、しぃッ──!」


 震々の背後に素早く回り込み、喉元を掻き切る。

 震々に触れられると体を悪寒が襲い、凄まじい震えから体を動かせなくなってしまう。彼女らに触れられるよりも先に、ナイフで手を破壊して胴体を切りつけ、喉を裂き、顔面に刃を突き刺す──

 狂骨相手にも同様に、拳で髑髏(しゃれこうべ)を叩き割り、背骨を肋骨と胸骨ごと破砕して戦闘不能にしていく。

 妖怪たちの群れをものの数秒で片付けると、再び絡新婦を追う。


「何よあの鴉は!? 普通じゃないっ、強すぎる!」


 悪魔じみた鴉の戦闘力に、絡新婦は戦慄する。

 走っている廊下に妖力のワイヤートラップを仕掛けるも、鴉にそれもナイフで切られ、あるいは壁や天井を蹴り、勢いに身を任せて疾走して回避される。

 絡新婦も別の鴉と戦ったことはあるが、ここまでの機動力、戦闘力を有してはいなかった。

 明らかな()()()()()()。それが彼女の、この鴉に対する評価だった。

 

「くうっ、どきなさいよ!」


「きゃあっ」


 絡新婦は女性スタッフを押し退け、開いているエレベーターに駆け込む。

 閉鎖ボタンを指で連打し、開いているドアを何とか早く閉めようとする彼女だが、鴉がそれを簡単に許すわけがなかった。


「ふんっ!!」


 閉じゆくエレベーターのドアの隙間に向けて、鴉はナイフを思いきり投擲。

 走っている状態で、プロ野球選手顔負けの投擲スピードで投げつけた。


「〜〜〜〜ッ……!!」


 ナイフはドアの隙間を通過し、絡新婦の顔のすぐ横を通過。ナイフは壁に突き刺さり、絡新婦の右耳は切り落とされて鮮血と共に床に落下していた。

 ドアは閉じるも、絡新婦は初めて出会う"強者"に体の震えが止まらなかった。


「……仕方ない……アレを、やるしか……。まだ時間はある……。T2スタジオに行けば、()()が……!」




「……」


 一方、元のフロアに取り残された鴉。

 彼はエレベーター入り口の上部に目を向けていた。

 数字が羅列され、エレベーターが今どの階にいるかを示しているランプである。

 点灯しているランプの数字はどんどん下のフロアを示していき、やがて「3」でランプの点滅が止まると──


「三階か」


 エレベーターの閉じられた入り口をすり抜け、暗いシャントの中へ飛び降りる。

 自由落下に身を任せるだけでなく、壁を何度も蹴飛ばして七階分を一秒で降下。

 三階に止まるエレベーターの天井もすり抜け床に着地すると、開いたドアの先に駆けていく絡新婦の姿を発見した。


「どこに向かうつもりかは知らないが、逃がさないぞ」


 胴体、そして側頭部周りが血に濡れた絡新婦は、すれ違う人々の視線を誘い非常に目立っていた。

 しかし彼女は周囲の反応には一切目もくれず、ひたすらどこかへ向かい続けている。

 鴉はそんな彼女の様子を怪訝に思いながらも、エレベーターの壁に刺さったナイフを引き抜き、三階に足を踏み入れた。

 そしてまた投擲フォームを取ると、20メートル以上離れた絡新婦めがけて再びナイフを投げた。


「うあああッ!!」


 絡新婦の左肩にナイフが突き刺さる。

 骨を断ち、肉を裂き、刃が肩を貫通してしまう。


「うっ、ぐぅぅっ! くっ、うっ……」


 ナイフの投擲を喰らった衝撃で、絡新婦は前に倒れ込んでしまう。しかしまだ歩みを止めず、這ってでも目的地であるT2スタジオへ向かっていく。

 ドアの前まで辿り着くと、彼女はドアノブとドア時代に自分の体重をかけて重い鉄の塊を動かした。


「……良かった、ちょうどCM(コマーシャル)中だったのね……!」


「な、何だ君は! その傷はどうしたんだ!?」


「おいっ、誰か救急車! 手当てもしてやりなさい!」


 スタジオに何とか入った絡新婦。

 昼のバラエティ番組、『ショウゴデス!』の生放送が行われているT2スタジオは、CMを迎えて出演者の小休憩が挟まれていた最中だった。

 ドアにぶつかる音と共にスタジオに入ってきた絡新婦は、その血塗れの姿で裏方のスタッフや出演者たちの注目を浴びてしまう。

 彼女を介抱しようと数人が集まってくるが、絡新婦の目線は番組セットに座るとあるアイドルグループにあった。


「……悪いわね、『ルナーズBEST』……。緊急なのよ、月兎様のために死んでくれる……」


 絡新婦は妖力を捻出し、セットの椅子に腰掛けて自身の方へ心配そうな目を向ける七人組のアイドルグループへ糸を伸ばす。

 妖力でできた糸であるため、当然彼らには絡新婦がどんな行動をしているのかがわからない。

 そのまま糸は七人の首に絡みつき……


「絡新婦!」


 扉をすり抜け、鴉が追いつく。

 扉のすぐ前に倒れておりスタッフ数人に群がられている絡新婦は、鴉がスタジオに入ってきたことを察知すると、笑って彼の方へ振り向いた。


「遅かったわね……あと二秒でも早ければ、止められたかもしれないのに」


「何をする気か知らないが、お前はすぐに死ぬ」


 鴉は刀を抜き、スタッフたちの背後から絡新婦に迫る。


「無駄よ……。私の死が()()()()んだから……」


「何だと──」

 

 鴉が聞き返した瞬間、スタジオセットの方で何かが破裂するような音が発せられた。

 顔を上げてみれば、七人の若い男たちの首が弾け飛び、真っ赤な血を首の断面から噴き上げているのが鴉の目に入る。


「キャアアアアアアア!!」


「うわあああああああ!!?」


「なっ、何だぁぁぁ!!?」


 近くにいるスタッフや出演者たちは悲鳴を上げる。

 いきなり、何の予兆も無くアイドルたちの首が飛んだのだから。スタジオ中が大パニックとなる。

 だがそれだけでは終わらない。

 絡新婦は鴉に笑いかけ、妖力の糸を自分の首に巻きつける。


「『幻明芸能事務所』のアイドルはね、皆、月兎様や玉藻様の息がかかってる。それは彼らも妖で、戦力としての部下という意味じゃない……」


「何をする気だ!?」


「無駄よ、言ったじゃない。私の死がトリガーなんだから……ま、本当は誰でもいいんだけどね、妖なら。彼らは依代(よりしろ)。いざという時、貴方のような鴉を始末するためのね」


 そう言って絡新婦は、自身の首にかかった糸を指で引っ張る。

 その瞬間、アイドルたちと同じように破裂するように首が飛ぶ。

 周りにいたスタッフたちは絡新婦の返り血を浴びて、更に絶叫して恐怖した。

 だが、鴉だけは違った。彼だけは別のものに注目し、そして冷や汗を流していた。


「な、何だあれは…………!?」


 七人のアイドルの死体から、ドス黒い色の煙が立ち昇る。それは妖力だが、どこか異質であった。

 煙の妖力は絡新婦の死体からも昇り、スタジオの空中に集まっていく。

 一塊となった妖力は徐々に形を成していく。


「……鳥……まさか……」


 煙の妖力は黒い、翼を畳んだ(さぎ)のようなシルエットとなって宙に浮かんでいた。

 鷺の目は燃えるように真っ赤であり、鴉のことを睨みつけていた。

 

 これこそ絡新婦が言っていた()()の中身。

 アイドルたちは普通の人間だったのだが、月兎がプロデュースし世間に売り出す中で、彼と玉藻が妖力を込めたことである妖怪を生み出す"呼び水"に変化させられていたのである。

 それは死亡した『ルナーズBEST』だけでなく、他のグループたちも同様だった。


陰摩羅鬼(おんもらき)か……!!」


『ギュアアアアアアアアアッ!!』


 召喚されたのは陰摩羅鬼。

 屍から立ち昇る穢れや、霊力や妖力の残滓(ざんし)から発生する人面鳥の妖怪である。

 普通の人間たちは突然死亡した人間たちに注目し続けており、陰摩羅鬼の出現には気づいていない。視えていない。

 加山と覚が田枯を始末しようとする中で、鴉は秘匿された戦いに足を踏み入れるのだった。




 "月と狐の怨寵"

 陰摩羅鬼



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