48.怪しさ満点
田枯に連れられ、フシテレビのあらゆる場所を案内された加山。
収録スタジオに事務室、倉庫、番組で使う図やイラストを制作するアートセンター、スタッフルーム……早足でいくつもの階段を登り降りし、あっという間に見て回ってしまった。
そして現在は、二十五階展望台の近くにあるカフェテリアで彼にパフェをご馳走されてしまっており。
「はぁ〜〜、どうだぁ河山さん。フシテレビ、ええとこだろぉ?」
「え、ええ、まあ」
「河山さんはどうしてここに入ったんだ?」
「えっ……ああ、私お笑い好きなので、ぜひ芸人さんとかを生で観たいなぁ〜〜って思ったり、テレビに出るのを支えたりしたいなぁって感じですかね」
思ってもいないことを田枯に喋る加山。
そんな彼女を疑うようなこともせず、田枯は彼女の話した就職の動機を面白がっていた。
「はははっ、アンタ面白いなぁ。芸人が好きなんか」
「そういう田枯さんはどうしてフシに?」
「え、おれ? 俺は……ああ〜〜……」
加山が質問を返すと、田枯は困ったように唸る。
彼は自分の目の前に置かれたメロンパフェをバクバクとあっという間に食べ尽くしてしまうと、大きく息を吐いて落ち着く。
そんな行動と見た目を合わせてかなり不気味な男だと、加山は感じざるを得なかった。
「おれ、俺は〜〜……仕事……」
「仕事、ですか? フシテレビに就職することが、仕事……?」
「うう〜〜〜〜……」
田枯は頷く。
「あれだ、あのぉぉ……けっこぉ有名な芸能事務所の……月兎、様……って、わかるか?」
「……!!」
(今、月兎様って……!?)
「あ、わかるか?」
「え、ええっ! あの、『幻明芸能事務所』の社長ですよね。田枯さん、まさかあの事務所の社員さんなんですか?」
「ああ〜〜」
田枯は再び頷く。
加山は驚きを隠せない。まさか偶然ぶつかり、こうして話しているのが月兎の部下だったとは。
彼女は田枯が確かに「月兎様」と口にするのを聞き逃さず、また彼の明らかに異常な風体と合わせて、田枯が妖怪であると確信した。
だが、まだ謎は残る。
(この男、私を楽屋の並ぶあの廊下から遠ざけようとしていたように感じるわ。他のスタッフに話しかけられても無視して、二人きりになって私をここに……。まさか、私が潜入してることに気がついて……? でも、どうして月兎のことをこんなペラペラ話すのかしら……)
加山のことを月兎を探るスパイだと見抜いている。
これまでの言動からそう解釈することもできるが、それにしては田枯は彼女をすぐに始末するようなことはせず二人きりになってテレビ局内を歩き回るだけ。
カフェテリアも二人以外の利用者は何人もいる。
加山はまだ完全にバレきってはいないと踏み、慎重に田枯から情報を取り始める。
「月兎……社長からフシテレビに入るよう言われたんですか? 不思議なお仕事ですね」
「ああ〜〜、俺も最近入ったばかりだからあんまり仕事のことよぐわかってねんだけどよぉ。俺たちの敵が入り込んだら、追い出すようにって言われてんだ」
(敵……鴉のことかしら)
「敵って……不思議な表現ですね。ライバルの事務所のスタッフとかのことなんですかね? なんか、スパイに来てたりしたら追い出せ、みたいな?」
「おうおう! そう! それのことだなぁぁ。あとはまあ……人探しだ」
「人探し?」
「そぉだあ。ところで河山さん、アンタぁ、霊感とかあるかぁ?」
「…………!」
田枯はずいっと、加山に顔を寄せて尋ねる。
彼の仕事のうちの一つに人探しがあると言っているが、いきなりこんなことを加山に訊くということは。
おそらく彼は、彼女自身のように霊力の高い人物を何らかの目的のために捜索している。加山はそう推察する。
ここは一旦はぐらかそうと考え、加山は口を開いた。
「さあ……。でも幽霊は見たことないですね」
「へぇぇ、そうか。実は俺、幽霊見えるんだけどよ。河山さんも多分見えるぐらいの力はあるぜ。うん」
「そ、そうですか……。ところで、人探しって誰のことを探してるんですか?」
「ああ、アンタや俺みたいになぁぁ、幽霊が見えるっていう女の人を探せって言われてんだ。その人の名前は……河山さん、アンタにちょっと似ててな。『加山優香』って名前だ」
「…………!!?」
「ん? どうかしたかぁ?」
「い、いえ……」
今の加山は『河山優奈』という名前のテレビ局スタッフである。
こうして身分を偽った上で潜入しているわけだが、何故かテレビ局内の妖怪は加山のことを知っている。正確には、加山を探すように命令している月兎が、彼女のことを知っている。
その事実を理解した彼女は、一気に血の気が引くような感覚に襲われていた。
「どうして……その加山さんを探しているんですか?」
「さぁ〜〜。俺はわかんね。月兎様……社長が探せって。テレビ局の中は見て回ったけんど、そんな人はここにゃいねぇよ。どうして俺たちに頼んだんかなぁ〜〜」
「たち? 同じようにここで働くよう言われた人がもう何人かいるんですか?」
「おおう。そーだぞ。多分、みぃんな同じ命令を受けてる」
地下駐車場で作戦を練っている間、確かに鴉もそんなことを口にしていた。妖力を複数感じていると。
そして田枯も、同じような存在が複数いると言った。
妖怪は田枯だけではないと、加山もようやく自覚する。
彼に自分の正体が加山優香であるとバレれば、どうされるかわからない。加山は決してここで正体を破られるわけにはいかなかった。
(月兎の顔の秘密……ここで質問でもしようものなら、間違いなく怪しまれる……! 私が加山優香だって、一発気がつかれるかもしれない。でも、一旦距離をとって跡をつけようにも私の霊力も彼にバレてしまう……。どうすれば……!?)
田枯は加山の高い霊力を察知している。
一度別れて尾行することはできない。バレてしまうからだ。
自分だけではどうすればいいかわからない。ならば、取るべき行動は一つ。
「……ごめんなさい、田枯さん。ちょっとだけ席外してもいいかしら、トイレに……」
「んん? おぉう。いいぞぉ」
加山はわざと焦ったように席を立ち、田枯を置いてトイレへと小走りで向かっていった。
個室に入り、鍵をかける。
そして手に取ったのは、鴉から渡されていた黄泉のトランシーバーだった。
「もしもし……聞こえる?」
『ああ、聞こえるぞ加山さん』
『加山か。どうした』
「……私、妖怪に出会ったわ。今二十五階のカフェテリア……窓の近くのテーブルに、男が座ってるはず」
『覚』
『ああ、確認する』
加山のやや震えた声を聞き、鴉と覚はすぐさま行動を移す。
鴉の声は走っているような足音が、覚は風の吹きつける音がノイズとなってスピーカー部分から聞こえている。
『……それっぽい奴は見つけたぞ。壮年の男か? 手元にパフェが──』
覚はそう言いかける。
彼が覗く狙撃銃のスコープの先で、なんと田枯はパフェのグラスを持ち上げてその中身を飲み込んだ。
ただ口の中に流し込んだだけではない。なんと彼の頬に大きな穴が空き、パフェのスポンジや生クリームを一気に吸い込んでしまったのだ。
『確定だな。奴は妖だ』
『そこから狙えそうか?』
「待って! 彼、月兎の情報を握ってるわ。それに何故か……私のことを知ってて、探してるみたい……」
『どういうことだ?』
「月兎は、何故か私のことを知っている。部下の妖怪に私のことを探らせているようなのよ。私は今身分を偽装してるから、加山優香だってことはバレてないけど……!」
切羽詰まった様子で、加山は早口で喋る。
彼女の焦りを察した鴉は、ひとまず「落ち着け」と彼女を宥めた。
『……狙えないわけじゃないが、窓ガラスが邪魔だ。間違いなく周囲に気づかれる』
『俺も今妖怪と出くわしてな、加山の方へ加勢に行くのは難しい。だが、ここの構造は何となく理解できた。七階だ、そこに屋上庭園がある。そこに例の男を連れ出せば、覚が撃ち抜ける』
『即死させていいのか? 情報が取れるなら、動きを止めるだけでもいいだろう』
『直接加山の正体がバレずとも、テレビ局内の妖怪たちが騒げば月兎にも話が向かう。それだけは防がなくてはいけない。情報は俺が取る。加山はとにかく正体を隠し、覚が狙える場所にそいつを誘き寄せろ』
「……わかった」
『加山さん、無理はするな。いざとなれば、俺が直接向かおう』
「大丈夫。誘き寄せるだけなら、何とかできるわ。ありがとう覚」
本当は目立たない場所に田枯を誘い、鴉が人知れず殺すのが一番良い。
しかし鴉もまた妖怪と出くわしており、今追跡している絡新婦を見逃せば、月兎に潜入捜査のことが知られてしまいかねない。ましてや加山が狙われているというのなら、尚更逃すことはできない。
屋上庭園で殺すのは目立つが、加山が死んだり正体がバレることに比べればまだマシである。
トランシーバーのボタンから手を離し、再び独りとなった加山。
しかし彼女はもう怖けるわけにはいかない。
トイレから出て、再び田枯の元へ向かった。
「お待たせ、田枯さん。私、屋上庭園にもう一度行ってみたいわ」
加山は田枯と共にカフェテリアを後にする。
覚は隣のビルの中を移動し、七階を狙える位置へと移動を始める。そして絶好の狙撃ポイントを見つけると、ケースからまた銃を組み立て直し、弾丸を込め始めるのだった。




