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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
47/50

46.潜入

 株式会社『フシテレビジョン』。

 主に東北から中部地方にかけてを放送対象としたテレビ放送事業者であり、本社は東饗都皆途(みなと)区にある。

 地上波テレビ放送事業を中心に映画事業、プラットフォーム事業、イベント事業など幅広く手がける総合エンターテイメント企業であり、最近はネット上での動画配信プラットフォームも独自のもので普及させ、日本のあらゆるメディアを牛耳っている。


 それを可能としているのは、株の53.7%を保有する『幻明芸能事務所』社長、月兎(げっと)の後ろ盾があるからであった。


「似合ってるじゃないか、加山」


「そ、そう? あんまりこういう服は仕事で着たことなかったんだけど……」


「仕事じゃなくてこれは作戦だ。だが、仕事のつもりでいるのも悪くない」


 『フシテレビ』本社の職員用玄関は数箇所ある。

 鴉と加山はそのうち、地下駐車場にあるものの(そば)に来て最後の打ち合わせを行っていた。

 加山はテレビ局スタッフに紛れるため、グレーのスウェットズボン、紺色の薄手のTシャツ、スニーカーという格好になっていた。



『加山さん、テレビ局の人間は制服やスーツは基本着ていない。ほぼ私服で、動きやすいものにしておいた方がいいだろう』


『私服みたいなのっていうのは何となくわかるけど、動きやすいものって?』


『フシテレビは月兎の領域だ。やつの部下が配置されている可能性もある。俺はアンタについて行けないし、鴉の護衛にも限界がある。アンタや、周りの人間を戦いに巻き込まないためにな……』


『自分で逃げられるように、ということね……』



 窮奇による東饗タワー破壊。それは東饗中を震撼させるのに十分すぎる出来事であり、玉藻たち『四大財閥』が火消しを行ってもメディアに対する猜疑心(せいぎしん)を助長させる部分も多く、完全に沈静化することはできなかった。

 加山たちもそうしたメディアの慌ただしさから、元々計画していたテレビ局への潜入捜査も延期せざるを得なくなっていた。


 あの一件から十日が経過し、ようやくニュースでも東饗タワー関連以外のニュースも取り上げるようになった。

 ほとぼりが冷めてきた今がチャンス。そう判断した三人は、ここぞとばかりに動き出した。

 加山の先輩である長濱にも掛け合い、職員として身分を偽装するための吊り下げ名札も作成してもらった。これを首から提げている限り、加山は簡単に警官とバレることはない。


月兎(げっと)の情報を得るという仕事と思え。そして……こいつもお前に渡しておく」


 鴉は加山に、自身の回転式拳銃(リボルバー)を手渡す。


「これは……黄泉の武器だから普通の人には見えないのよね?」


「ああ。それが見えるのはお前と同じぐらい霊力の高い人間か、もしくは妖怪だけだ。服のどこかにしまっておけ。俺も完璧にお前を守り切れるかはわからないからな……」


 鴉は近くの自動ドアの先へ目をやる。

 彼は感じ取っていたのだ。フシテレビの中に、微弱ながらも複数の妖力の存在を。


 鴉と加山は同時には動けない。鴉の存在が妖怪にバレることで、彼らの潜入捜査が月兎にバレる可能性があるため、別行動をとることに決めている。

 黄泉で作られたトランシーバーを使って連絡を取るため、周囲の人間にはできるだけ怪しまれない工夫は考えているものの、加山が自身の危機を鴉に伝えても彼が加山の元へ到着するのには時間が必要。

 加山が自ら自分の身を守る術が無くてはいけなかった。


「わかったわ」


「よし。……(さとり)も、準備はできてるな?」


『ああ。既に()()()には着いている』


「平時は妖力を抑えて消しておけよ。外でお前のことがバレても厄介だからな。何より、お前の身が危険だ」


『……俺が危なくなってもアンタは来てくれないものな。狙撃銃以外に近接戦用の武器ももらっていないし、加山さんが羨ましいものだ』


 トランシーバーを通して、鴉は覚に話しかける。

 覚はフシテレビ本社には来ていない。

 彼は狙撃役であり、フシを()()()()()()()()に身を隠している。

 鴉や加山が社内で妖怪に襲われたり、戦闘が始まった際に窓の外から弾丸を撃ち込んでサポートするのが彼の役割だった。


「お前は加山どころかそこらの妖怪たちよりも殴り合いは強いだろ。何度か撃ったら、時期を見て場所を変えろ」


『了解した』


「……では、いよいよ始めるぞ。社会の掃除を」


「『ええ(ああ)』」


 覚はフシ本社周囲の建物に潜伏。

 加山と鴉は本社内を別行動し、中に潜む妖怪の殲滅。そして月兎についての情報収集を開始する。

 (かす)かに漂う妖力と葦の香りを追って、鴉は黄泉から舞い戻った死者たちを殺しに。

 加山はスタッフに成りすまし、明らかな人外を探しつつ月兎の情報を知り得そうな人物も探しに向かった。



───────────



「テレビ局の中って、初めて入ったけど結構一般化してるのね」


 鴉と分かれてから数分、加山はフシテレビの一階を歩いていた。

 一般人に向けて番組で使われたスタジオの展示をしていたり、アニメのグッズなどを販売していたりと、局内の一部は誰でも自由に出入りできるようになっていた。

 ここまでは彼女も堂々と歩くことができ、職員用の出入り口を探すのに苦労しなかった。


(鴉はエレベーターを使って先に上に行った……。さっき使い方を教えはしたけど、使えてるかしら……)


 鴉は黄泉の存在であり、現代の機器には疎い。

 エレベーターの使い方を別行動前に彼に教えた加山だったが、高い霊力もしくは妖力の込められたものでなければ意図的にすり抜けることができる鴉としては、わざわざ操作せずにエレベーターの縦穴を跳び上がっていった方が早い。

 案の定、彼はエレベーターをすり抜けて壁を蹴りながら上の階を目指していったのだった。


「……あった。職員用通路」


 鴉のことを考えながら歩いていると、展示スペースの隅の方に『関係者以外立ち入り禁止』と張り紙のされた扉を見つける。

 加山は一度背後を振り返り、自身を尾行してきている者がいないかを確認。怪しい人物がいないと判断すると、ドアノブを回してするりと通路へと侵入した。


 職員用通路は一般人の入れるグッズ販売・展示スペースとは違い、天井に付いた暗い蛍光灯のみで照らされる狭く淋しい通路だった。

 気味の悪さを感じさせる雰囲気だが、加山は息を呑み込み、意を決して足を踏み出す。

 途中誰ともすれ違うこともなく、すぐ目の前に現れた階段を登っていく。

 全二十五階中三階に到着すると、フロアへの入り口の壁にスタジオの案内図を確認することができた。


「三階にはT1スタジオ、T2スタジオ……T5スタジオまであるのね。一番大きいのはT4。300坪ってことは、大体990平方メートル。かなり広いわね……」


 フシテレビのスタジオは基本、三階ごとにスタジオが入っている。三階の次は六階にスタジオが集まっており、その次は九階、十二階……というように。

 十二階以上のフロアにあるスタジオはメディア専用となっており、バラエティ番組はそれよりも下のフロアのスタジオが使われる。

 しかし必ずしも報道番組は上の階とは決まっておらず、『めざまスイッチ!』といったニュース番組は三階で撮影されている。


 しかし案内図にはそこまで詳細な情報は無く、各スタジオが何に使われているのか。今使われているか否かなどは加山にはわからない。

 それらを確かめるには実際にスタジオを訪れるしかないが、スタジオの無いフロアには一般の企業にもあるような部屋があることは把握できた。


「散策するとしたら三の倍数のフロア以外、ということね。お偉いさんはきっと上の方にいるでしょうから、まだまだ上がっていかないと……!」

 

 加山はスマホで案内図の写真を撮ると、再び歩き出す。

 月兎の情報を持つ上層部の人間を求めて。





 加山が四階を目指し始めたのとほぼ同時刻、あるフロアの暗室にて。ギュッポ、ギュッポという水音の混ざった、何かを吸い上げるような音が響いていた。

 年齢が三十代程度の容姿の男が部屋の真ん中で、目の前に倒れている女性職員の胴体に粘液にまみれた触手を突き刺している。

 蠕動運動(ぜんどううんどう)を繰り返す触手は、女性の体液を吸っていた。


「ああ〜〜、うめぇなぁ〜〜。人間の水ぅぅ……けっこー美味い。月兎様も玉藻様も、エエとこ紹介してくれたなぁ〜〜……。仕事はよぐわかんねけど」


 そんなことを呟きながら、男は女性の体液を吸い続ける。

 やがて女性の体はパリパリに乾燥していき、ミイラどころか紙のように(しお)れていく。

 もう十分体液を吸えたと満足した男は、彼女から触手を引き抜くと思いきりその体を踏んづける。

 枯葉のような脆さになった女性は、たったひと踏みで破壊されてしまった。

 

 男は妖怪。

 玉藻に拾われ、月兎によってフシテレビに配置された妖怪のうちの一体。新入りでありながら、フシテレビの妖怪たちを統括する存在である。


 


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